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訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第3節 滅亡へのカウントダウン
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10.ロゼール

私――ロゼールはいま、畑を見回っている。もともとメンタルに耐えられるだけの体力が欲しいと思って始めたけど、今ではこの畑を管理するおじいさんの負担を減らしたいと思っている。

南側を向く丘の斜面の村の東側にあるこの畑には、小さいキャベツたちに囲まれて、すでにおいしそうなほど大きくなったものもいくつかできている。畑全体が鮮やかな緑に染まるのももうすぐだろう。快晴と風が心地良い。

さすがにいつもの水色のワンピースではなく、作業用の動きやすい薄着に着替えていた私は、手首で額の汗を拭く。こんな生活はセレナの時に少ししかしていなかったのだが、だからこそ幸せを感じる。自然とのふれあいは、精霊との対話でもある。


「もうすぐ収穫ですね、おじいさん」


この白髪が後退したおじいさんにはベルトランという名前があるけど、おじいさんと呼んでくれと言われたから私はそう呼んでいる。なんても、孫娘ができたみたいで嬉しいのだとか。

おじいさんは白いシャツの上にタオルを首に巻いて、麦わら帽子をかぶっている。


「収穫は‥‥おっと、日曜日くらいになりそうじゃのう」

「あ‥‥ごめんなさい、私、日曜日は‥」

「わかっておる、わかっておる。できたもんはしっかりやるぞい」

「えへへ、ありがとうございます」


私はキャベツの頭を撫でた。初々しい葉の香りがした。


「そろそろ昼食にするかの」

「はい!」

「そのあとは帰ってもいいぞ」

「え?」

「疲れておるじゃろう」


森の瘴気を祓いに行ったのが今日の未明だったので、私はあまり寝ていない。さとられないよう気をつけたつもりだったけど、ばれていたのかな。私、おじいさん好きだから午後も苦じゃないと思ったんだけど、寝たくないわけではない。我慢していたあくびを一回してから、丘の上の方にあるおじいさんの家に戻った。


おじいさんの家も、もれなく平屋に2部屋だった。広めのリビング、そして狭い寝室。でも村にある家はどれも同じというわけでもなく、家によって例えば寝室の方向が違ったり、家全体が角が斜めになっている五角形だったりと、微妙に違う。内装の違いも、家の違いを感じさせる。このおじいさんの家は、亡くなったおばあさんの似顔絵が壁に飾り付けられている。


「食事の前に祈りますね」

「ああ、いつもありがとうな」

「言っとくけどミルクは私が飲んでますから」

「はいはい」


私はその壁のところへ行って、もらったコップ一杯のミルクを棚の上に置く。手を合わせて「精霊さん、おばあさんの来世に幸せを。おじいさんの残りの人生にも幸せを」と祈る。いつもおじいさんは私に小遣いと称して報酬をくれるのだが、私はここにいて幸せだ。どんな形でもいいからお礼をしたかったので、3年くらい前からおじいさんの家に来るたびにやらせてもらっている。

あっ、「この村のみんなにも幸せを」と付け加えておく。これはおじいさんから去年もらったリクエストだ。


「今日の昼食は豪華ですね」

「ああ、今日のわしは機嫌がいいからのう」

「何かいいことがあったんですか?」

「森に瘴気が出た話は知っているかね」

「はい」


その時のおじいさんはなぜか、向かいに座る私と目を合わせずスープを飲んでいた。このおじいさん、今回は嬉しい顔を人に見せたくないのかな。


「わしの孫があの森の瘴気にやられてな」

「メル市にいたんじゃなかったですか?」

「この前の休みはたまたま早く帰れてな、森に入ったのが土曜日の夕方だったんだ。わしに鹿肉を食べさせたいとね。話を聞いた時は絶望したよ」


一度瘴気に取り憑かれると、聖女が助けるまでそれは増殖し続けることが多い。少量多量にかかわらず、死が約束されたようなものだ。瘴気という言葉は、絶望そのものであった。おじいさんは一度言葉を止めると、首をかすかに振って続けた。


「だが今朝、なぜか治っていたんだ」

「治っていた、のですか?」

「ああ」


私はまるで今初めて知ったかのような反応を意識している。おじいさんには悪いけど、私の人生がかかっているから譲れない。


「聖女にしか治せないはずだったのに、なぜか治っていたんだ。まるで奇跡のようだった。ロゼールがいつも祈ってくれたおかげかもしれんね」

「大袈裟ですよ、おじいさん。治ってよかったです」

「ああ、これでまた一緒に畑を見ていられるよ、ありがとう」

「私は祈っただけで何もしてないですよ」

「それでもじゃ。ほら、食べとくれ、食べとくれ」


治したのは私だけど、そのことはおじいさんに伝えていない。おじいさんも喜びのお裾分けのつもりだろう。それでも私は、目の前の人を幸せにできたことに喜びを感じていた。


   ◇


家の近くまで着いたところで、後ろから私を呼び止める声がした。おじいさんの家の近くに住んでいる青年からだった。


「どうしたの?」

「ほらこれ、ベルトランじいさんから君にってさ」


もらったのはカゴいっぱいにトマト、とうもろこし、パンなどなど。あれ、おじいさんってとうもろこし作っていたっけ。

毎週月曜日にもらうようなものより量が多い。おじいさん、私にそこまで感謝しなくていいから。私は祈っただけだから。でも、‥‥ふふふ。内緒にしているとはいえ、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ありがとうございます。いただきます!」

「ああ。君がこの村にいて、本当によかったよ」


青年は私の頭をぽんと叩いて、そして去っていった。私は家の中に入って、あらためて野菜を見て‥‥「あっ」と声を出してしまう。あの青年も確か農作業をしていた。栽培しているものは、トマト、とうもろこし。

これは‥‥あのおじいさんではなく、青年自身からの贈り物? なぜ? ‥‥しばらく考えて、おじいさんが青年に代配を頼んだのだという結論を出した。私が森を浄化したの、ばれてるわけではないよね。よかった。


さて、寝るか。今日の未明、浄化した疲れが残っている。私はベッドに飛び込んだ。

浄化って聖女の仕事の1つだったよね。久しぶりにやった。なつかしかった。家族に会ったり恋人を作ったりすることさえできれば、一生聖女でも良かったのに。どうして聖女ってあれだけ締め付けがきついんだろう。聖女のことを人間だと思っていないのかな。奴隷か物かなにかだと思っているのかな。そんなのは二度と嫌だ。

同時に、メル市で瘴気で苦しんでいる人達の顔が浮かぶ。私が毎週治療に行っているけど、そもそもたった1週間であれだけの病人が恒常的に出ること自体が異常なのだ。そんな異常事態が、少なくとも4年以上続いている。訪問聖女を始めたてのころはあんなにひどくなかったけど、年を追うことに悪化しているのを感じている。

そして、一時しのぎに物理的に詰め物をされた裂け目が思い浮かぶ。イザベラが死んでもう15年くらい。あんなものが国のあちこちにあるのは危険だ。でもあれを何とかするには、私が聖女にならなければいけない。私くらい強い聖女が他にいるとは思えない。さもないと、この国の人全員が死ぬ。それでも聖女になるのは嫌だ。


「この国、これからどうなるのかなあ‥‥」


私のせいで国が滅ぶかもしれない。聖女として働いていた経験から、容易に先が見えてしまう。この国には、イザベラとして生きていた頃、いい友達がたくさんできた。いい人がたくさんいることも知っている。もし国が滅んだら、その時はあの騎士たちを見殺しにしたときよりも、何倍も何倍も悲しいのかな‥‥つらいのかな‥‥‥‥いや、もう考えたくない。現実逃避だということは分かっている。それでも、私は聖女として生きていける自信がなかった。「助けてください、父上‥‥」とつぶやきながら、布団をぎゅっと抱いた。

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