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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
後日譚

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明るい世界

 祥吾が気持ち良く眠っていると、スマートフォンから目覚ましの音楽が流れてくる。デフォルトで設定されているものを使っているのでなんと言うタイトルなのかは知らない。


 それが鳴り始めると祥吾は目が覚めた。何かあればすぐに起きられるようになっておくのは冒険者として当然のことである。


「冒険者?」


 布団の上で上半身を起こした祥吾は周囲に目を向けた。窓、壁、本棚、勉強机、鞄、制服、押し入れ、扉、そして1周回って再び窓。自分の部屋である。


「自分の部屋?」


 首を傾げた祥吾は自分自身に目を向けた。ティーシャツに短パン、手足は少し日焼けしている。ティーシャツをまくり上げて見た腹は弛んでいた。冒険者としてどころか、肉体労働者としてまったく役に立ちそうにない体つきである。


 自分が一体何を考えているのか祥吾には次第にわからなくなってきた。冒険者とは何か。それは、冒険者ギルドで登録し、依頼を引き受けてこなす者の総称だ。自分の部屋とは何か。それは正木祥吾の自宅にある専用の部屋だ。宿の個室ではない。


 そこまで考えて祥吾は目を見開いた。ここは転移後の異世界じゃない。転移前の現代日本だ。


 呆然としたまま祥吾がつぶやく。


「帰ってきた。本当に、元の世界に帰ってきたのか」


 散々元の世界に帰る方法を探して回ったが手がかりひとつ見つからなかったというのに、異世界に転移したときと同じく突然帰ってこられたことに動揺した。体を触っても、頬をつねっても、立ち上がっても夢から覚めない。ようやく実感が追いついてくる。


 喜びに打ち震えていた祥吾はスマートフォンが震えたことに気付いた。体感で約10年ぶりの操作なので多少もたついたが、母からの電話に出る。


「祥吾、朝ご飯ができてるわよ。食べに来なさい」


「あ、ああ」


「どうしたの? 何か変よ?」


「いや、何でもない」


 本当に久しぶりに聞いた母の声に祥吾は再び驚いた。どうしようとむしろうろたえる。再びスマートフォンの画面に目を移した祥吾はその年月日を見て驚いた。そこから計算すると今の自分は中学2年生である。


年齢(とし)が半分くらいになっただと? 嘘だろう?」


 机の上にあった手鏡を手に取った祥吾は自分の顔を覗いてみた。すると、確かに若い、というか少し幼さが残る顔が映っている。ハンガーに掛かっている制服に目を向けると校章は確かに中学校のものだ。更に鞄を開けると中学校の教科書が入っている。


 異世界に転移したのは高校1年の夏休み直後だったと祥吾は記憶していた。スマートフォンの年月日によると今は二学期の初日である。中学2年のだが。


 なぜこんなにずれているのか、しかも過去に戻っているのかわからない。祥吾としては転移だから20台半ばの状態で戻ってくると思っていたのだ。あの状態で戻ってきてどうするのかという問題はあるものの、これはいささか予想外に過ぎた。


 どうしたものかと再び呆然としかかった祥吾だが、再びスマートフォンが震えたことに気付く。そこで母に呼ばれていたことを思い出した。電話に出てすぐに行くと伝える。


 祥吾は急いで自室を出た。




 朝食を済ませた祥吾は自室に戻ると制服に着替えた。そうして鞄を持って玄関に向かう。学校指定の靴を履いて家を出た。途端に夏の暑さが全身を襲ってくる。


 思わず顔をしかめた祥吾だが気分は最高だった。何しろ、寝ていた布団が柔らかい。宿の寝台はひどければ木箱の上で眠ることになる。それに比べると寝心地は断然違った。次に食事、和食と洋食という違いはあるものの、そもそもの食材からして桁違いだ。現代日本の一般家庭の食事は中世だと王侯貴族の食事に等しい。飲み物だって水道水からして絶品なのだ。まさかあのほのかな塩素入りの水を褒める日が来るなど転移前の祥吾には想像もできなかっただろう。今でも苦笑いするくらいだ。そして、両親がいる。保護者の有無がどれだけ重要か異世界に行ってから嫌と言うほど思い知った。異世界の場合は15歳辺りから大人扱いということも背景にあったのだが、それでも1人で生きていく大変さを知った今は両親の存在をありがたく思っている。


 現代日本と異世界を比較するほど今の生活がどれほど素晴らしいか理解できてしまうだけに、元の世界に戻ってきた祥吾は帰還初日から上機嫌なのだ。


 通っていた中学校が見えてきた。懐かしすぎて目が潤みそうだ。本日3回目である。ちなみに1度目と2度目は両親の姿を見たときと朝食を食べたときだ。


 それはともかく、祥吾は熱い日差しを受けながら校門を通り抜け、校舎へと入った。かろうじて記憶にある教室を思い出しながら廊下を歩いたところまでは良かったが、教室内でその記憶は途切れてしまう。自分の席がどこか思い出せない。


 どうしたものかと立ちすくんでいると懐かしい顔の少年が声をかけてくる。


「祥吾、久しぶり! 元気そうだな!」


「まぁな。ところで、ひとつ聞きたいことがあるんだが」


「お、どうした? オレのスリーサイズでも聞きたいのか? このスケベ野郎め」


「バカだろう、お前。そうじゃなくて、俺の席ってどこだっけ?」


「は?」


 笑顔のまま友人の正面が固まった。その顔は「本気か? 冗談だよな?」という表情を浮かべている。


 残念ながら事実だと答えると若年性健忘症を哀れまれた。なかなかむかつく態度だったが、自分の席を教えてもらうまでは我慢して下手に出る。


 努力の甲斐あって自分の席の位置を知ることができた祥吾はようやく椅子に座った。本当に懐かしい感触だ。今になって10年以上前の記憶が蘇ってくる。


 そうやって過去にひたっているとやがてホームルームが始まった。ざわつく教室内に教師が入ってくる。ざわつきが収まると伝達事項が伝えられた。


 こんなのもあったと祥吾が内心でうなずいていると、最後に教師が爆弾発言をしてくる。


「夏休み一発目のホームルームで突然の話になるが、今日から転校生がこのクラスにやってくる」


「先生ー、女子ですかー、男子ですかー?」


「女子だ。外国人だからな、文化的に慣れないことがあるから、ってお前ら静かにしろ!」


 外国人の女子だと判明した瞬間、教室が一気にざわついた。休み時間以上の騒ぎに教師が声を張り上げるが、一度盛り上がった生徒はなかなか収まらない。


 一般的には転校生が男子だと女子が、女子だと男子が盛り上がるものだが、今回は外国人という要素もあって両方が騒いでいる。


 ざわめく教室内を無理矢理押さえた教師は引き戸式の扉を開けて転校生を呼んだ。そうして、教師と一緒に1人の女子が入ってくる。その姿が見えた瞬間、教室内が静かになった。金髪碧眼の規格外の美少女だったからだ。


 教師が紹介すると、その美少女は温かみのある美しい笑顔で自己紹介をする。


「先生からご紹介に与りましたクリュスです。これからよろしくお願いします」


 完璧と言って良い発音で挨拶をしたクリュスは日本式の一礼をした。そこで教室内が再びざわめきに包まれる。男子はもちろん、女子からさえもため息が漏れていた。圧倒的な差があると嫉妬すら起きないというのは事実らしい。


 祥吾は別の意味で息を飲んでいた。まさかこちらの世界で再会するとは思っていなかったからである。大体、神様の元に戻ったのではなかったのか。なぜこちらの世界に出張してきているのかまったくわからない。


 教師の指示で祥吾の後ろにある席に座ることになったクリュスは一礼すると歩き出す。体感では昨日別れたばかりなので懐かしさの欠片もない美少女が近づいて来るのを見て、祥吾はどんな態度を示せば良いのかわらからなかった。


 困惑した祥吾がどんな態度も取れないでいると、クリュスが近づいて来る。あるいは自分のことなど何も知らない可能性もあるので迂闊なことはできないと知らないふりをした。ところが、クリュスの方は明らかに祥吾へと目を向けている。あれは絶対に知っている笑顔だ。


 とりあえずは通り過ぎてやり過ごしてくれることを期待していた祥吾だったが、その希望はあっさりと打ち砕かれた。よりによってクリュスは真横で立ち止まったのだ。そして、何事かと顔を向けた祥吾の耳元にクリュスが口を近づける。


『やっと会えたわね』


 聞こえた言葉は短かった。問題はその内容ではなく、言葉だ。異世界で使っていた言葉である。地球上には存在しえないはずの言語で囁かれた。


 ここに至って祥吾はクリュスが昨日ぶりの当の本人だと知る。何がどうなっているのかわからないが、何とこちらの世界にやって来たらしい。


 クリュスはすぐに後ろの席に座ったが、祥吾は思いきり居心地が悪かった。教室内の話題の中心にいきなり引きずり出されて肩身が狭くなる。


 祥吾は今後の学校生活を考えて頭を抱えた。

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― 新着の感想 ―
急展開ですな 前の話で終わる流れかと思ってた
おお、まさか現代日本に帰った後も続くのか…!
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