地下1層(前)
ようやく悪意のダンジョンの中に入ったショウゴとクィンシーは行動を始めた。
最初に始めたのは地図作りだ。単純な造りの通路だけならば記憶を頼りにするのでも構わないが、屋内の似たような通路や同じ造りの部屋を繰り返し通っていると必ず迷ってしまう。そうならないようにペンと羊皮紙でたどった経路を記しておくのだ。
この地図作り担当はクィンシーである。ショウゴとの関係では雇い主であるが、同時に魔法を使う後衛でもあるためだ。この間、雇われ者であり前衛のショウゴは周囲を警戒する。
「よし、できた。ショウゴ、もういいぞ」
「結構速かったな」
「入口からすぐの広間ひとつを描くだけだからな。形も長方形だし、大したことはないさ」
「でも、これからが大変だな。冒険者ギルドで地図を写せなかったのは痛い」
「古い地図ばっかりだったからな。現役のパーティは見せてくれないし、仕方ないね」
残念そうな顔をするショウゴにクィンシーは肩をすくめた。
悪意のダンジョンで活動する冒険者パーティは多数存在するが、どこも必ず地図を作っている。迷子になって死ぬなど誰も望んでいないからだ。そして、その作った地図は自分たちの努力の結晶である。そのため、通常はどこもパーティ外には見せない。
しかし、まれにそんな地図が冒険者ギルドに寄せられることがある。現役を引退するパーティが寄贈したり冒険者の遺品を引き取ったが受け取り手がいなくて処分したりする場合だ。そういったごくたまに手に入る地図を冒険者ギルドは保管している。
もちろん2人も資料室にある地図に最初は期待していたのだが、思わぬ理由でその古い地図が役に立たないことを知ってしまった。実はこの悪意のダンジョンは不定期に内部の構造が変化するのだ。しかも、その間隔や規模は毎回定かではないため、現役のパーティが持っている地図さえも安心とはいいきれない。
ということで、2人も地道に地図作りをする羽目になったのだ。迷宮の探索は急いでいないものの、いつ地図のどの部分が役に立たなくなるのかわからないというのは何とも気が重い話である。
「それで、どの通路に入るんだ?」
「正面の右側にしよう」
「選んだ理由は何かあるのか?」
「何もない。とりあえずは当てずっぽうに進んで地図を作っていくだけだ」
今度はショウゴが肩をすくめた。そうして今までとは違い、正面の壁の右側にある通路へと先に歩く。ここからは常時臨戦態勢だ。前衛として油断なく進む。
通路の造りは最初の広間とまったく同じだった。床、壁、天井のどこも同じ大きさの大きな石が規則正しく敷き詰められている。まるで機械で正確に計ったかのようだ。
ショウゴは分岐路に達するとクィンシーに指示を求める。
「クィンシー、まっすぐと右、どっちに行く?」
「とりあえずまっすぐだな。途中の分岐は無視して行き止まりまで進もう」
方針が決まるとショウゴは再び歩き始めた。今のところ、分岐路以外に隠れられるような場所は見当たらない。魔法を使った仕掛けですり抜けられる壁などがあれば話は変わってくるが、さすがにそこまで気にしていては前に進めなくなってしまう。
何度目かの分岐路近くまでやって来たとき、2人の耳にその分岐路の奥から何やら声が聞こえてきた。人間のものではないとショウゴは判断する。
「クィンシー、小鬼だよな、この声」
「そうだな。地下1層の入口近くだから、まずはご挨拶からというわけだ」
片手半剣を鞘から引き抜いたショウゴが分岐路をそっと覗き込んだ。すると、成人男性の半分くらいの大きさで、薄汚れた緑色の肌をしたがりがりの小人みたいな魔物が4匹いる。更にそれよりも一回り大きく、腹が出っ張った醜い年寄りのような姿の魔物も1匹いた。
顔を引っ込めたショウゴが背後に立つクィンシーに小声で話しかける。
「小鬼4匹に小鬼長1匹だ。距離が少し離れてるから奇襲するならクィンシーの魔法だな」
「小鬼くらいなら俺でもダガーで殺せるな。正面から行こう」
段取りが決まると2人は分岐路へと飛び出した。先をショウゴが走り、クィンシーがそれに続く。
おしゃべりに夢中になっていたのか、小鬼たちの反応は遅れた。5匹全員が棍棒や折れた剣を構えた頃には、ショウゴが先頭の小鬼を片手半剣で斬りつける。相手の上半身を真っ二つにした。
それから一拍遅れてクィンシーが別の小鬼の右手を長杖から持ち替えたダガーで斬りつける。悲鳴を上げて棍棒を落とした相手がよろめくと、続けて喉を切り裂いた。
この辺りでようやく魔物の生き残り3匹も人間に対して反応を始めたが、先手を取るには至らない。更に小鬼2匹がやられた。
小鬼長のみとなった時点でクィンシーは下がる。反対にショウゴは一歩前に出た。片手半剣と折れた剣が一瞬交差するが、それを更に砕いて小鬼長をそのまま袈裟斬りする。悲鳴を上げた魔物が床に倒れた。
2人とも少しの間周囲を警戒する。新手の魔物がやって来る気配はない。
「終わったな」
「さすがに小鬼系だとこんなものだな。オレたちの敵じゃない」
「お、魔石が出てきた」
倒した魔物たちの死体が消えると、代わりに半透明な灰色の小石が5つ現れた。それをショウゴが拾い上げる。
「なるほど、このダンジョンはこうやって魔石を回収するのか」
「いちいち魔物を解体しなくてもいいのは楽だな」
「あれは本当に嫌だよな。討伐証明の部位を切り落とすのだって面倒だし」
「この奇跡のラビリンスだと魔石が討伐証明みたいなものか」
ショウゴから魔石を受け取ったクィンシーが腰の袋にしまいながら返答した。調査期間が長くなれば滞在費だけでも馬鹿にならない。こういう稼ぎは疎かにはできなかった。
戦いの後の小休憩を終えると2人は探索を再開する。ショウゴを先頭にクィンシーが地図を描きながら通路を進んでゆく。
最初の通路の突き当たりにたどり着くと2人は右へと曲がった。とりあえず通路を進んでゆく。扉の向こうを探索するためにある程度の道を網羅しておきたい。
何度も通路を折れ曲がり、何度か魔物と戦っていた2人だが、今度は十字路で左折路の奥から何者かが歩いてくる音を耳にする。気付いた時点で一旦立ち止まり、ショウゴは武器を手にして左折路をちらりと覗く。
向こうから近づいてきているのは冒険者たちだった。4人組で十字路からまだ離れた所にいる。こちらに気付いた様子はない。
顔を引っ込めたショウゴが振り返る。
「冒険者が4人、たぶんパーティだな」
「追い剥ぎでもなければそう警戒することもないんだが」
「本当に追い剥ぎじゃないっていう保証がどこにもないんだよなぁ」
相手の4人の姿を確認したショウゴとクィンシーは難しい顔をした。悪意のダンジョンに限った話ではないのだが、人目がない場所で同業者を襲う輩がたまにいるのだ。下手な者なら雰囲気でわかることもあるが、騙すのに慣れたパーティだと最後まで騙されたことに気付かれずにやられてしまうこともある。それだけに、見た目だけで判断するわけにはいかないのが厄介だった。
少しの間2人で相談した結果、堂々と姿を見せることになる。相手にどう見られるのかわからないが、少なくともショウゴたちは追い剥ぎではないのだ。
方針が決まると2人は堂々と十字路へと足を運ぶ。そして、今気付いたかのように近づいて来る冒険者4人へと顔を向けた。相手は足を止めて2人を見ている。
武器こそ抜いていないものの、妙な緊張感が漂った。無言の探り合いが始まる。
ショウゴはクィンシーに顔を向けた。すると、雇い主が相手に声をかける。
「こっちは今日ここに入ったばかりの2人組だ。今からまっすぐこっち側に進むところなんだが」
「だったら先に行ってくれないか。前に危ない目にちょっと遭ってね。警戒してるんだ」
「追い剥ぎみたいなのが出るのか?」
「ああ。大した腕もないから下の階層に行けず、町の外にも出られない、そんな連中だよ」
「話を聞いてると、ここの1層目でよく出てきそうな感じがするんだが」
「それで合ってる。だから1層目だからって油断するなよ。敵は魔物や罠だけじゃないからな」
「肝に銘じておくよ」
話を終えたクィンシーにショウゴは目配せをされた。うなずき返すと十字路から別の通路へと歩き始める。クィンシーもすぐ後を追った。
ある程度十字路から遠ざかったところでショウゴはクィンシーに話しかける。
「さすが悪意のダンジョン。思った通りと言うべきか、なかなか治安が悪いな」
「どこもそんなに変わらないというわけだ。嫌になるねぇ」
地図を描き終えたクィンシーがショウゴの言葉に首を横に振った。楽はできないというわけだ。
小さくため息をついた2人は再び迷宮の奥へと足を向けた。




