新たな敵
無尽蔵のような魔力を背景に魔法を使い続けるクィンシーを前にして、ショウゴはひたすら回避に努めていた。せっかくの特別な能力を活かすこともできず、じりじりと体力を消耗していく。
打開策も思い付かず、ショウゴは右に避け左に転がりそして後ろに飛び退くことを繰り返した。そうして少しずつ互いの距離を離そうとする。術者であるクィンシーの元から飛来する魔法を避ける時間を稼ぐためだ。しかし、その程度のことはクィンシーにも理解できるため、離れた分だけ前に出てくる。逆に距離を詰めた場合、後ろに下がるかより苛烈な魔法での攻撃が繰り出された。距離管理はクィンシーの方が上手である。
少しずつ後方へと下がっていくショウゴは魔法を避けつつもクィンシーを観察した。何か付け入る隙はないかと窺うが、そう簡単には見つからない。敵に回すと厄介なのは理解していたので実際そうなって歯噛みしていた。このままではじり貧である。
ただ、気になる点がひとつあった。戦いが始まってからクィンシーの顔色が悪くなったようなのだ。ショウゴはともかく、クィンシーはそれほど動いていないはずなので大して疲れていないはずであるし、ましてやショウゴがまだ1度も攻撃していないので負傷しているわけでもない。なのに、どことなく苦しそうなのである。
そこでショウゴは違和感を抱いた。顔色が悪くなったのは戦いが始まってからだが、クィンシーはそれ以前から疲れているような感じだったことに気付く。大広間に入ってきた当初に大きく息をしていたのは走ってきたのかと思っていたが、果たしてそうなのだろうか。最初から不快そうな顔をしていたが、それはショウゴに対する怒りからだけなのだろうか。根拠もない理由付けになるが、ショウゴがこの階層で最初に感じた静謐で神々しい雰囲気がもしかしたら影響しているかもしれない。
そうなると、あるいはこの持久戦は自分だけがじり貧ではないのではとショウゴは考え直した。案外耐えた末に勝てるのではと逆転の道筋が見えてくる。
ショウゴは後ろに下がりつつもたまに突っ込む仕草を見せてクィンシーを常に緊張させることにした。大抵は見せかけだけだと見破られるが、たまに本気で距離を詰めることで油断させないようにする。少しでも精神を消耗させるのだ。
そこまで気付いたのか、クィンシーは魔法による攻撃を更に強化する。範囲攻撃はより広くより強力に、遠距離攻撃はより速く精密に仕掛けた。しかし、ショウゴも優秀な前衛だ。それに対応して回避を続ける。
見た目には派手だが実は非常に地味な戦いが2人の間で延々と繰り返された。ショウゴが一方的に攻撃されているにもかかわらず、両者の表情を見る限り追い詰められつつあるのはクィンシーのように見える。
そんな戦いを繰り広げているところに変化がもたらされた。大広間の門が再び開けられたのである。入ってきたのはクリスと多数の冒険者だ。
何事かと注目したショウゴとクィンシーが戦いを中断してクリスたちへと注目した。
最初から新たな敵だとしか思っていないショウゴはその様子を窺う。すると、クリスは不快な表情を浮かべ、冒険者たちも顔をしかめたり息を少し荒くしていた。
一方、クィンシーは苦しそうに表情を歪めながらクリスへと声をかける。
「何しに来たんだ」
「加勢しに来てあげたのですよ。淪落者のたまり場にいた方々を集めて参りました。その様子ですと、かなり苦戦しているのでしょう?」
「バカを言うな! オレが優勢に進めている。余計な手出しはするな」
「とてもそうは見えません。それに、例え優勢だとしても多数で囲めば更に有利になるでしょう。確実にあの者があの水晶に近づけないようにしたいのです」
「だったらオレ1人に任せろ。そいつに関しては例外なんだ! ショウゴは」
元雇い主が余計なことをしゃべろうとしたところで、ショウゴはやって来た冒険者たちに向かって走った。そうしてそのうちの1人に鞘から抜いたダガーを投げつける。思惑通り命中した。投擲用の武器ではないためせいぜい負傷させた程度だが、戦端を開くには充分な挑発である。
「テメェ、やりやがったな!」
「ブッ殺してやる!」
「囲んじまえ!」
淪落者のたまり場からやって来た冒険者たちは次々と武器を手にショウゴへと駆け寄った。クィンシーが止めるよう叫ぶが誰も聞いていない。
多数の冒険者たちの殺意を受けたショウゴは反転して後退した。恐れをなしたのではない。あの台座に鎮座している濁った大きな水晶に近づくためだ。
この大広間に入ったときから、より正確にはあの水晶を見たときから、ショウゴは黒猫タッルスの求めていることをうっすらと予想していた。前の世界の創作の物語から連想したこともあって大きく間違っていないと思っていたわけだが、先程のクリスの発言で確信する。タッルスはあの濁った大きな水晶を壊してほしいのだ。そうでないと、魔法が使えない冒険者などをわざわざ導くはずがないではないか。クリスがショウゴを水晶に近づけさせたくないわけである。
こうなると厄介なのがクィンシーの魔法だ。離れた場所からでも平気で攻撃を仕掛けてくるのでショウゴとしてはやりづらい。そこで、クリスが連れてきた冒険者の出番だ。彼らを盾にしつつ台座へと近づくわけである。クィンシーが冒険者を無視して魔法での範囲攻撃を仕掛けてくる可能性はあった。しかし、少なくとも術者の手元から放たれる遠距離攻撃の壁にはなる。
最初に向かってきた冒険者の槍をはじいたショウゴは大きく踏み込み、その喉元を切り裂いた。驚愕の表情を浮かべたその男はそのまま崩れ落ちる。そして、ショウゴの疲労は軽減され、いくらか活力がみなぎってきた。冒険者たちのもうひとつの活用方法だ。
戦っては逃げるショウゴはクィンシーをちらりと見た。顔をしかめて歯噛みしている。つまり、これは正解の方法ということだ。
ある意味、淪落者のたまり場からやって来た冒険者たちを引き連れながらショウゴは大広間を動き回る。そして、1人また1人と倒しながら少しずつ台座の方へと近づいていった。
周囲の冒険者たちと戦い始めてからクィンシーの魔法での攻撃がすっかり途絶えていたが、それは唐突に再開される。このままクィンシーの身動きが取れなければ良いと思っていたショウゴの希望は潰えた。
冒険者たちと戦っていたショウゴは足元から強い風が巻き起こりつつあることに気付く。それはひたすら強くなり、旋風を経て更に荒れ狂った。竜巻だ。
一旦床を転がって退避したショウゴはその後全力で逃げる。発生した竜巻は周囲の冒険者を巻き込みながらその後を追いかけた。
逃げても追いかけてくる、しかも割と足の速い竜巻にショウゴは顔を引きつらせる。
「うぉ!? こいつ、ついて来るのかよ!?」
「はははは、巻き込まれて死ねぇ!」
容赦のないクィンシーの声にショウゴは歯を食いしばって駆けた。これでは冒険者と戦うどころではない。そして、その冒険者も近づいてこれないので疲労を回復する手段を取り上げられてしまう。
何か打つ手はないのかと周囲に目を向けたショウゴは濁った大きな水晶を目にした。あれを巻き込むことはさすがにないはずと考える。
方向転換したショウゴは一直線に水晶の鎮座する台座へと向かった。急速に近づいてゆく。
「いけません! お前たち、あの男を止めなさい!」
それまで静観していたクリスが顔を歪めながらも冒険者たちに強く命じた。すると、それまで息を切らせながらも殺意を向けていた冒険者たちの表情が抜け落ちる。一時はその場で棒立ちしていた冒険者たちだったが、そこからは無表情でショウゴに襲いかかろうとした。
自分の身を顧みない冒険者たちに行く手をさえぎられたショウゴは方向転換を余儀なくされる。吹き荒れる竜巻も濁った大きな水晶を庇うように回り込みながら動いた。
水晶への道を塞がれたショウゴは舌打ちする。
「さすがにあからさま過ぎたか」
「お前に水晶は渡さんぞ!」
狂った笑みを浮かべるクィンシーが剥き出しの敵意そのままに叫んでいた。ショウゴもそれは耳にしていたが言い返す余裕がない。
走り回っているショウゴの体力はじりじりと消耗していった。回復するために冒険者を何人か殺すが、竜巻に行く手を阻まれて再び無駄に消耗してしまう。これの繰り返しだ。
更に悪いことに、クィンシーは竜巻をもうひとつ発生させてきた。これのせいで回避することが難しくなり、戦う余裕がほとんどなくなる。
非常に危険な状態に陥ったことをショウゴは自覚した。打開策が思い付かないまま追い詰められてゆく。
何かないものかと周囲を注意深く見ながらショウゴは考え続けた。




