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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
終章 深層

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決裂

 黒猫タッルスに導かれて地下10層にまでやってきたショウゴは濁った大きな水晶が鎮座している大広間にたどり着いた。その大きさに驚きつつも、台座の手前で座る黒猫に誘われて大きな水晶へと近づく。


 これが何らかの核心に迫るものだと感じながらショウゴは歩いた。タッルスが次にどうするのかを考える。


 そうして大広間を半ばまでやって来た来た頃にショウゴは背後から声をかけられた。振り向くと、大きな門の前にクィンシーが立っているのが目に入る。大きく息をしながら不快そうにしていた。少し間を置いてから再び話しかけられる。


「ショウゴ! 抜け駆けとはいい度胸をしてるじゃないか!」


「抜け駆け? 一体何の話だ?」


「とぼけても無駄だぞ! あらゆる願いを叶えるという大きな水晶がここにあるということを隠してただろう!」


「そんなわけないだろう。俺が古い書物を読めないのはクィンシーだってよく知ってるじゃないか。大半の考察だってあんたがしていただろう。そんな状態で、どうやって抜け駆けなんてできるんだ?」


「だったら、その奥にある大きな水晶はなんだ?」


「知らないよ。あの黒猫について行ったらここに来たんだ。水晶があることなんてこの大広間に入ってから初めて知ったくらいだ」


「黒猫について行っただと? だったら、この階層を見つけたのはあの黒猫のおかげだということなのか?」


「そうだよ。地下4層から黒猫が小さな水晶を俺にくれていただろう? あれを使ったらこの階層に降りる階段が現われたんだ。クィンシーもそこを通ってきたんだろう?」


 顔を歪めて怒りを表すクィンシーにショウゴは尋ねた。しかし、返答はない。この階層へやって来る方法があの階段しかないのならうなずくしかないのだが、なぜ答えないのかショウゴにはわからなかった。


 ただ、幾分か気持ちが落ち着いたのか、荒げていた声をわずかに小さくしてクィンシーが話しかけてくる。


「ということは、あの大きな水晶はオレのものでいいということだな?」


「何をどう考えたらそんな結論になるんだ?」


「オレは元々この奇跡のラビリンスであらゆる願いを叶えてもらうためにやってきたんだ! そのための水晶を手に入れて何が悪い!」


「言ってることが無茶苦茶だな。いつも論理的に話そうとしていたクィンシーの発言とは思えんくらいだ。それに、前にも言ったが、当初の目的と違うじゃないか。あらゆる願いを叶える何かが何であるかを調べるのが目的だったはずだろう?」


「うるさい! オレにはその水晶が必要なんだ! 抜け駆けは許さん!」


「さっきから抜け駆け抜け駆けって何だ。途中から黒猫にも小さな水晶にも興味を示さなくなったのはあんたの方じゃないか。俺が質問しても無視したくせに。それに、契約は満期終了したって認めたのはあんただろう。今更そんな難癖を付けられてもお門違いだぞ。大体、あれがそんな上等なものに見えるのか?」


 元雇い主を見据えたまま、ショウゴは右の親指で濁った大きな水晶を指した。この大広間に似つかわしくない程禍々しいあれをそこまで求める感覚が正直わからない。


 しかし、その濁った目ではまた違って見えるらしく、クィンシーが顔を歪めて叫ぶ。


「お前こそ、あの水晶の価値がわからないのか! そんなヤツの手にあれを渡すわけにはいかん!」


「なぁ、クィンシー、これは純粋な疑問なんだが、地下9層の最奥の大広間で最後の試練ってやつを受けただろう? あの後お前は1人で玉座の奥へ行ったが、そこに何があったんだ? 俺との契約を終了させたということは、そこに目的のものがあったはずなんだろう?」


 いくつも積み重なった謎のうちのひとつをショウゴはクィンシーにぶつけた。当時足止めされて見ることができなかった奥の部屋でクィンシーは何かを見つけたからこそ、自分との契約を終了させたはずなのだ。もしあらゆる願いを叶える大きな水晶がここの台座に鎮座するものだとしたら、上の階でクィンシーは一体何に触れたのだろう。


 何もなかったということはあり得ない。もしそうなら契約は続行されていた。必ず何かあったはずなのだ。契約を終了しても良いという何かが。あるいは、契約を終了した方が良いと判断できる何かがだ。


 尋ねたショウゴはじっと待った。その末に、クィンシーが口を開く。


「前からお前のことは気にくわなかったんだよ、ショウゴ。強くてそれなりに世渡りできるくせに、妙に甘いところなんかがな」


「質問と全然関係ない話を聞かされてるんだが、俺はそんなに都合の悪いことを聞いたのか?」


「特に鬱陶しいくらいに善性を発揮して人を助けるところなんぞ反吐が出たぜ。こっちは大金を払って雇ったっていうのに、そのことを忘れて使えない連中のために働こうとするところなんてよ」


「それは俺が悪いところもあったと思うが、最後は承知してくれてたじゃないか」


「そのせいでどのくらい回り道をしたと思ってるんだ!」


「大してしてないだろう。ほとんど帰りがけのついでに助けてたじゃないか。大体、本当にダメだったらお前がその当時許さなかっただろう?」


「ああ言えばこう言う、そういうところも気に入らないんだよ!」


従順な奉仕者(イエスマン)がほしいなら最初からそんな奴を雇えば良かったじゃないか。俺がこういう奴だって承知の上で雇ったのはお前だろう。それに、契約を終了されてからそんな愚痴を聞かされても知らねぇよ」


 なぜこんな口喧嘩をしているのか不思議に思いながらもショウゴはひとつずつ反論した。全部が全部自分が正しいとは言わないが、契約が終わってから言われても仕方のないことを聞かされるのはたまったものではない。


 そして、こうなるともう話し合いは無理だなともショウゴは感じた。思い込みが激しくなっているのかそれとも狂ってしまっているのかわからないが、クィンシーはもう自分の都合しか話さなくなっている。


 ここで厄介なのは、ショウゴは自分が何をすれば良いのかわかっていないということだ。黒猫タッルスに導かれたここまで来たが、その後どうすれば良いのかわからない。うっすらとこうではないかとは想像できるが、もし間違っていたら大惨事だ。こういうとき、タッルスがしゃべれたらなとつくづく思う。


「やっぱりお前とは話し合いでどうにかならなさそうだな。まぁ日本野郎(ジャップ)に言葉は通じないか」


「こういうときは、英国野郎(ライミー)って言い返せば良かったか?」


「はっ、オレが転生してることをもう忘れたのか? 記憶力も猿並みだな」


「猿に出し抜かれるお前は猿未満ってことか。だから願いが叶わないんだよ」


 会話はここで途切れた。ショウゴとしては元々会話を引き延ばして時間稼ぎする意味もなかったのだが、こうなるともう殺し合うしかない。


 殺意を向けられたショウゴは片手半剣(バスタードソード)を鞘から抜いた。それが合図となる。


 口元を動かしたクィンシーが長杖(スタッフ)を突き出すと、ショウゴの周囲一帯が急速に冷え始めた。同時に床が薄い氷で覆われてゆく。(フロスト)だ。対象とする一定範囲に霜を生成する。それ自体で死に至ることはないが、強力なものだと一時的に氷で足を床に張り付かせることができ、放っておくと凍傷になる。


 魔法に気付いたショウゴは急いで範囲外に向けて走った。。多少足が冷えるが動いていればまた温まる。顔をしかめながら霜を踏みしめた。


 どうにか魔法の範囲外に出たところでショウゴは次にいくつもの火矢(ファイアアロー)を浴びせかけられる。火球(ファイアボール)と違って1発の威力は低いが飛翔速度は速い。


「くっそ!」


 そのままでは回避できないと判断したショウゴは床を転がって魔法を避けた。その際、背負っている背嚢(はいのう)を邪魔に感じる。立ち上がってすぐに背中から下ろして脇へ放り投げた。


 次は何が来るのかとクィンシーに視線を戻したところで、ショウゴは足元から風が巻き起こっていることに気付く。その瞬間、再びその場から駆け出した。風はやがて強くなり、一部が鋭くなってゆく。嵐刃(ストームカッター)だ。


 次々と繰り出される魔法に対してショウゴは逃げる一方だった。魔法を使える者と対峙した戦士や剣士はおおよそこのような戦いを強いられる。近づけないからだ。こういうとき、近接戦闘者側は相手の魔力切れまで避け続けるか、遮蔽物の多い場所で隠れながら戦うのが一般的である。ただし、そのような戦い方ができるのは魔力切れが期待できる場合だ。魔力を豊富に秘めたクィンシーだとこの程度の出力ならば丸1日でも続けられる。


 更に悪いことに、この戦いはショウゴの特別な能力(チート)と相性が悪かった。敵を殺すと疲労が軽減される能力なので、1人も殺せずに動き回ると消耗する一方なのである。互いに能力を知っているため、クィンシーがショウゴの体力を削りにきていることはこの戦い方で明白だった。

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