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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
終章 深層

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契約の完了

 平原を東へと向かって歩いていたショウゴとクィンシーの前にパリアの町の姿が現われた。探索前と何も変わらない様子にショウゴは安堵する。


 夕方、町の城壁の外周に差しかかると往来する人々の姿が見えてきた。いつもならばここから換金所に向かって手に入れた魔石と道具を換金してから宿へと向かう。この日もそのつもりでショウゴは歩いていた。


 ところが、途中でクィンシーが足を止める。


「ショウゴ、ここで依頼完了にしよう。これが契約満了の書類だ。あと、奇跡のラビリンスで手に入れた魔石と道具も渡しておく」


「クィンシー、一体どうしたんだ?」


「どうしたも何もない。契約が果たされたからその旨を伝えただけだ。残りの報酬は最初に伝えた通りだ。その書類を持って行けば交換してもらえるだろう」


「いやそうなんだろうけど、ここでいきなりなのか?」


「どこでだろうと変わらないだろう。宿の部屋に戻ってからでも良かったんだが、お前が換金している間に引き払う準備をしておこうと思ってな」


「また急な話だな」


「終わりなんてこんなものさ。お前だって知ってるはずだろう。冒険者なんだから」


 突然の契約終了宣言にショウゴは戸惑った。仕事のやり取りの中には本当にあっさりとしたものや不可解なものもあるのでクィンシーの言う通りだが、道端でいきなりやり取りするというのは今回が初めてだ。急いでいないのならば、換金後に宿の部屋でも良かったはずである。


 雇い主の真意がわからないショウゴは怪訝そうな顔をするが、当人は気にした様子もない。渡すべき物をショウゴに手渡すとさっさとその場を離れて行った。


 しばらく呆然としていたショウゴだったが、いつまでもそうしていられない。とりあえずは換金所へと向かって魔石と道具を換金する。それを済ませると宿屋『冬篭もり亭』に戻った。すると、宿の主人に声をかけられる。


「戻って来たかい。あんたの相棒、出て行ったよ」


「は? 出て行ったって」


「あの相部屋の解約も終わってる。今晩は使えるが、明日には出て行ってくれ」


「クィンシーの奴、随分と行動が早いな?」


「そんなこと言われてもねぇ。手続きはもう全部済ませてあるからな」


「今晩は使えるんだよな」


「使えるとも。なんなら、明日から使う個室の契約でもしておくか? あんたなら知ってるからな。別にかまわんぞ」


 商売上手な商売人だと思いつつもショウゴは宿の主人の話に乗った。いきなり追い出されて宿無しになるよりもましである。


 とりあえず明日からの宿も確保したショウゴは今まで使っていた相部屋に入った。室内を見ると確かにクィンシーの置き荷物がない。本当に出て行ったことを知る。


 荷物を置き、武装を解いたショウゴは寝台に寝そべった。久しぶりのまともな寝床だ。とても落ち着く。このままぼんやりとしていると寝てしまいそうだ。しかし、実際には色々と考えてしまう。


 なぜクィンシーがここまで急ぐのかショウゴにはわからなかった。何かやるべきことがあるのだろうかと考える。しかし、悪意のダンジョンは既に攻略したのだ。少なくともショウゴが契約した内容においてはやり残しはないはずである。


「いや、待てよ? 結局あらゆる願いが叶うっていうのはどうなったんだ?」


 例の玉座から戻ってきたクィンシーの雰囲気に驚くあまり、本来の目的がどうだったのかショウゴはわからないままだった。結局不明なままだったというのならそれはそれで良いのだが、最後まで何も知らされていない。あらゆる願いが叶うとは一体何がその願いを叶えているのか、あるいは本当にあらゆる願いが叶うのか。


 考えれば考えるほど、謎が積み上がるばかりで一向に解けていない。善意のラビリンスとは何だったのか、奇跡のラビリンスとは何なのか、その2つの関係はどうなっているのか、何もわからない。


 わからないと言えば、あの最後の試練もよくわからない。なぜあのような試練なのだろうか。とても神様が用意したものとは思えない。悪魔が用意したと言われた方がまだ納得できる。というより、あのローブを着た老人は妙に人間臭かったように感じられた。なぜあの老人がラスボスの立ち位置なのだろうか。


 他にもわからないことはある。クリュス、クリス、そして黒猫タッルスなどだ。彼女らについても何もわかっていない。最初は立ち去るように忠告され、次は黒猫に導かれるように願われ、資格がないと告げられ、そして小さな水晶を渡された。


 驚くほどわからないことが山積みである。そして何より驚くべきことは、これだけわからないことが多いというのに、何ひとつ解決しなくても依頼を完了してしまったことだ。そう、これらの謎を一切解かなくても帰れば大金が手に入るのである。仕事を完遂する上でどれも必要なかったからと言えばその通りだ。今までの仕事でもそういったことはいくらでもある。しかし、それにしても未解決の謎が今回は多すぎた。


 寝そべりながら考え事をしていたショウゴはその考えが全然まとまらないことに苦笑する。情報が少なくていくら考えてもわからないことばかりなので当然だ。


 気持ちが少し落ち着いてきたところでショウゴは空腹を感じた。町に帰ってからまだ何もたべていないことを思い出す。


 起き上がったショウゴはふと備え付けの机に目を向けた。そこには麻袋が置いてある。


「あ、山分けしてないままじゃないか」


 やるべき仕事がひとつ残っていたことにショウゴは頭を抱えた。




 宿を出たショウゴは酒場『天国の酒亭』へと向かった。夕食時なので店内には人が多い。


 いつものようにショウゴはカウンター席に座った。通りがかった給仕女に声をかける。


「エールと肉の盛り合わせ、それと黒パンにスープを頼む」


「はぁい、いいわよ」


 注文を受けた給仕女が立ち去るとショウゴはぼんやりとした。契約が完了した今は何もすることがない。こんなことは本当に久しぶりだ。


 そこへ注文の品を持ってきた給仕女がやって来る。


「おまちどおさま。あら、随分と腑抜けた顔をしてるじゃない」


「仕事が終わったからな。気も抜けるさ」


「へぇ、おめでと。なんか奢って」


「普通ねぎらう方が奢るもんだろう?」


「だって仕事が終わったってことは報酬が入ったんでしょ? お金持ちってことじゃない」


「残念。まだもらってないんだ」


「なぁんだ。せいぜい取りっぱぐれないようにね」


 すべての品をカウンターに置くと給仕女は去って行った。


 久しぶりのまともな食事ということでショウゴの機嫌は良くなった。とりあえず木製のジョッキを傾けて喉を潤すと、次いで肉に取りかかろうとする。そうして、腰に手をやってからナイフがないことに気付いた。悪意のダンジョンでなくしたままだったのである。


 このままでは肉を切れないことにショウゴは焦った。ダガーはあるが大きすぎるし、その他には何も持ってきていない。


 そこでショウゴは首を傾げる。


「いや、確かもう1本あった、はず」


 腰の辺りをまさぐったショウゴはそれを鞘から抜いた。刃の部分が真っ黒で不吉なことを隠そうともしないナイフだ。転写のナイフである。


「そういや、こんなの持ってたなぁ」


 今になって思い出したショウゴはその呪いのナイフを見つめた。使用者の体を傷つけると対象者の同じ部位に同じ傷を転写するナイフである。しかし、呪わなければ普通のナイフとして使える、はずだ。たぶん。


 どうしたものかと迷ったショウゴだったが、肉の香りに負けて転写のナイフを使うことにした。黒い刃の部分で鶏肉の一部を切り取ると口に入れる。


「ん、うまい」


「なんか禍々しいナイフを使ってるわね、あんた」


「転写のナイフっていう呪いの道具なんだ」


「なんてもの使ってるの! 呪われるわよ?」


「普段使いは大丈夫だから平気だよ、たぶん」


「あんたねぇ。ちゃんと持って帰りなさいよ。忘れたら承知しないんだからね」


「大丈夫だって。今の俺が持ってるナイフはこれしかないから、忘れると困るんだよ」


 たまたま通りかかったらしい給仕女が呆れて声をかけてきた。どういった代物かと説明すると信じられないという様子のまま去ってゆく。気持ちはよくわかるのでショウゴは苦笑いして見送った。


 などと冗談めかしてしたショウゴだったが、実際には早いところ普通のナイフを買い直すべきだと思っている。給仕女の言う通り、普段使いするような代物ではないからだ。ちょっとした茶目っ気のつもりだったが、もしかしたら悪意のダンジョンの雰囲気に当てられてしまったのかもしれないと反省する。


 それでも、今このときはこのナイフしかないので使うしかない。ナイフ自身もまさかこんな使い方をされるとは思っていなかっただろう。


 そう思うとショウゴはなんだか面白く思えた。

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