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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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案内人の目的

 最後の試練と呼ばれる戦いをショウゴとクィンシーは終えた。この場合、乗り越えたと言った方が正しいのかもしれない。ともかく、あのローブを着た老人に勝った。


 ショウゴとしてはやっと終わったという気持ちが強い。さすがに悪意のダンジョンと呼ばれるだけのことはあって精神的な負担が大きかった。今後、こういう系統の仕事は断ろうと心に決める。


 ともかく、これで終わったのだ。後はこの玉座の奥へと向かって戦利品を手に入れるだけである。


 ただ、ショウゴはひとつ小さな疑問を抱いていた。先程最後の戦いに勝ったわけだが、ラスボスを倒した割には周囲が何も変わっていないのだ。ゲームと現実は違うと言われたら確かにそうだが、これでは感覚として普段の探索で魔物と戦った後と何も変わらない。最後の戦いという割にはあまりにも普通すぎるように思えるのだ。


 そんなもやもやを抱えていたショウゴは近づいて来る気配に気付いて振り向く。銀髪紅眼の美女クリスだ。温かみのない笑みを浮かべながらクィンシーへと近づいて行く。


「おめでとうございます。素晴らしい戦いでしたわ。乗り越えることが難しいこの試練を見事乗り越えられるなんて、とても卓越したものをお持ちとお見受けいたします」


「それほどでもないさ。1人で倒したわけじゃないからな」


「ご謙遜を。他の方を活用するのも重要な資質のひとつです。あなたには間違いなくこの奥へ進む資格があります」


 賞賛されたクィンシーはまんざらでもないような笑みを浮かべていた。ああいう褒め言葉にはあまり反応しない性格だったことを知っているショウゴは少し驚く。しかし、最近その性格が少し変わってきたことを思い出し、こんなものかもしれないと思い直す。


「さて、見事試練を乗り越えたクィンシー殿はあの玉座の裏側へどうぞ。その先の部屋に大きな水晶がございますから手で触れてください」


「そうか、いよいよなんだな!」


 まるで子供が誕生日に贈り物をもらったときのような喜び様をクィンシーは見せた。求めていたものが目前にあるのだからそうもなるだろうとショウゴは思う。それが怪しい代物であるというのは置いておいて。


 嬉しそうに玉座の奥へと歩き始めたクィンシーに続いてショウゴも歩き始める。求める気はなくてもどんな物なのかは気になっていたのだ。一目見てやろうと意気込む。


 ところが、そんなショウゴの前にクリスが立ちはだかった。突然のことにショウゴは驚いて立ち止まる。


「この先に進めるのはクィンシー殿だけです。あなたにはその資格がありません」


「それは手に入れる資格がないっていうことだろう? 見るだけだぞ」


「いいえ、あなたにはこの先に向かう資格がないのです」


「見る資格もないっていうのか。でも、俺だってクィンシーと一緒に戦ったんだぞ?」


「それは、あなたがクィンシー殿に従って戦っただけでしょう。ここに何かを求めてやって来たわけではありませんよね」


 自分の心の内を指摘されたショウゴは返答できなかった。クィンシーに雇われているということは当人から聞き出すことはできただろう。だが、この悪意のダンジョンに入ったのは雇い主に従っただけで別に何かを求めてやってきたわけではないということは誰にも言ったことはない。あるいはクィンシーには見透かされているのかもしれないが、そこまでしゃべったのだろうかと疑問に思う。


「俺が何を考えてるかなんて、どうしてお前にわかるんだ?」


「クィンシー殿とお話をしたことから類推したのです。直接伺ったわけではありませんわ」


 先に質問を封じられたショウゴは再び黙った。どうやっても俺は通したくないらしい。こうなると意地でも通りたくなるが、そこでクィンシーから声がかかる。


「ショウゴ、そこで待ってろ」


「クィンシー、お前までそんなことを言うのかよ」


「確かに最後まで一緒に戦ったお前なら見るくらい構わないとオレも思うが、クリスがダメだというなら諦めるべきだろう」


「クリスはただの案内人だろう? 玉座の奥に行く奴を決める資格がどこにあるんだよ?」


「オレにもそれはわからん。が、ショウゴよ、黒猫を思い出せ」


「黒猫?」


「そうだ。あの黒猫は、階段を降りる度に姿を現したり現さなかったり、小さな玉を渡したり渡さなかったりしただろう。あれは結局今もどんな条件すらわからない。お前、それに対して文句を言ったことがあったか?」


 意外な問いかけをされたショウゴは返事ができなかった。確かに黒猫の件はそういうものとして受け入れていたことを思い出す。それが今回の玉座の奥へ向かう資格と同じなのかわからないが、反論しにくいことは確かだった。


 ショウゴが黙っているとクィンシーが続けて話す。


「反論しないと言うことは認めたということだろう。なら、そこで待ってるんだ。いいな」


「わかったよ。早く行ってこい」


 不機嫌になったショウゴがそう言い放つと、クィンシーが小さくうなずいて振り返った。そうしてそのまま玉座の奥へとその姿を消す。


 そうして、大広間の中、玉座の近くでショウゴはクリスと2人きりになった。美女と2人など大抵の男にとっては嬉しいことだが、今のショウゴにとっては不快なだけだ。大半の男にとっては嬉しいはずの微笑む顔を向けられていても、今は余計なことをしないように監視されているようにしか見えない。


 面白くはなかったが、気になることがひとつあったのでショウゴはクリスに尋ねてみる。


「クリス、クィンシーからあんたを紹介されたときに、俺が今まで案内した冒険者はどうなったんだって聞いたのは覚えているか?」


「ええ」


「あのときお前は送り届けるまでが役目だから、その後については知らないって言っていたよな? でも、今あんたはここにいる。つまり、この試練を乗り越えた者たちの前には現われるが、乗り越えられなかった者たちの前には現われないということじゃないのか? まさか俺たち、いや、クィンシーだけ例外ってわけじゃないだろう」


 微笑むクリスは黙ったままだ。ということは、自分の考えは正しいとショウゴは確信する。先程の試練を振り返ってみると敗北したときは間違いなく死ぬに違いない。そうなると、かつてこのクリスといた冒険者たちはどうなったのだろうと想像する。結局その後会っていないので何とも言えないが、良い結果はどうしても考えられなかった。


 こうなると更に疑問が湧いてくる。単なる道案内ならともかく、いやそれであっても不定期に内部構造が変わるのにどうやって最奥の大広間までの道筋を知れるというのだろうか。しかも、他に仲間も見当たらないのだ。戦えそうにない女1人でうろつき回れるほどこの悪意のダンジョンは甘くない。


 話を戻すと、案内人という立場で、この最奥の大広間の試練を乗り越えた後を仕切る資格がどこにあるというのだろうか。まるで、この悪意のダンジョンと協力しているみたいに感じられる。それなら一番しっくりとするのだが、そうなるとクリスはそもそも人間なのかという新たな疑問が湧いてくる。


 ダンジョンの一番奥までやって来て最後の戦いまで終わったというのに、謎が何も解けていないようにショウゴは思った。これではやらされたという感じしかしない。しかも、何のためにやらされたのかわからないままでだ。


 色々と疑問をクリスにぶつけてみたいショウゴだったが、都合が悪いことは答えてくれそうにない。なので黙った。


 実に嫌な待ち時間を過ごしたショウゴだったが、それもようやく終わりを告げる。雇い主であるクィンシーが戻って来たのだ。玉座の裏からその姿を見せてくれたときは心底安心したが、その顔を認識したときに愕然とする。淪落者のたまり場にいた者たちよりも狂気に満ちていたのだ。


 あまりのことにショウゴがクィンシーに話しかける。


「クィンシー、一体どうしたんだ?」


 何らかの返答はあると思っていたショウゴだったが、クィンシーからは何もなかった。呆然としているとクリスがにこやかに宣言してくる。


「ありがとうございます、クィンシー殿。これにて私の目的は果たされました。感謝いたします」


「おい何だよ、目的って?」


「これより皆様を地上へとお連れいたします」


「クリス、俺の話を聞けよ!」


「では、さようなら。もう会うこともないでしょう」


 自分の話をまったく聞こうとしないクリスに怒ったショウゴだったが、近づこうとした瞬間、目の前が大きく変化した。あまりの出来事に呆然とする。


 周囲を見ると、正面はほぼ暗闇だった。振り返ってみると明らかに人工物とわかる石造りの壁があり、均整の取れた男女の石像が支えているかのような大きな半楕円形の入口がある。悪意のダンジョンの正面入口だった。

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