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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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最奥の大広間

 淪落者のたまり場で前から何度か見かけていた怪しい女クリスと合流したショウゴとクィンシーは探索を再開した。今回は案内人であるクリスの指示に従って通路を進んでゆく。


 探索は非常に順調だった。いや、もはや探索というよりも普通に歩いていると行った方が正しい。単に道案内をするだけでなく、罠の位置も正確に教えてくれるからだ。何人もの冒険者を案内しているというのは伊達ではないらしい。更には魔物も出てこないのだから快適とすら言える。


 悔しいが感心してしまうという何とも言えない感情に苦慮しつつもショウゴは先頭を歩いた。やがてひときわ大きな扉、門と言っても良いようなものの前にたどり着く。


「着きました。ここが最奥の大広間の前です。あなた(・・・)に資格があれば、この門を開けて中に入ると最後の試練が始まるでしょう」


「資格? 何の資格なんだ」


「試練を受ける資格です。探せば誰でもこの場にたどり着くことはできますが、この迷宮に認められた者でなければ試練を受けることはできませんから」


 当然と言った様子で語るクリスにショウゴは訝しげな表情を向けた。さすがにここまで来て資格なしとされてしまうのは面白くない。クリスに問いを重ねる。


「その資格っていうのは、どうやったら手に入るんだ?」


「さすがにそこまでは知りません。ですが、クィンシー殿を見る限り、大丈夫なのではないかと思いますよ」


「何か知ってるような言い方だな」


「今まで何人もの方々を案内してきましたから、何となくわかるようになったのですよ」


 経験と勘だと言われたショウゴは黙った。そういうことがあることは知っているので反論しづらい。


 そこへクィンシーが割って入る。


「何にせよ、入ればわかることだ。資格を満たしていれば最後の敵が現われて満たしていなければ誰もいない、だったな」


「そうです」


「よし、ショウゴ、入るぞ! この試練を乗り越えて大きな水晶を手に入れるんだ!」


 声を上げたクィンシーがショウゴに発破をかけた。問答の時間は終わりである。


 雇い主に対してかなり冷めた様子のショウゴが小さくうなずいた。門の前に立つとそれを両手で開ける。そうして中に入った。


 先に最奥の大広間へと入ったショウゴは名前に違わぬ広さに目を見張る。まるで神殿であるかのような太い柱が等間隔で両脇に並んで天井を支え、黒光りする床には門から奥まで深い赤色の絨毯が伸びている。そして、その先には段差がいくつかあり、最奥に玉座がひとつあった。


 今まで見て来た中で最も広い室内に驚いていたショウゴの隣にやって来たクィンシーが独りごちる。


「あれが最後の敵か。つまり、オレは資格があったということだ」


 絨毯がまっすぐ伸びるその先にある玉座にはローブを着た老人が座っていた。皺が多く枯れ果てたその姿はとても生きているとは思えない。


 その老人が座ったまま話しかけてきた。結構な距離があるにもかかわらずよく聞こえる。


『よく来たな、見込みがある者よ。そなたは、試練を乗り越える自信はあるか?』


「あるぞ。だからこそここに来た」


『では、これから試練を始めよう。儂に勝てた暁には、この玉座の奥へ向かうとよい』


 ローブを着た老人は最後まで言い切ると立ち上がった。そうして右手を掲げると節くれ立った長杖(スタッフ)がその手に収まる。次いで、その老人の周囲に多様な魔物が姿を現した。


 それを見ていたショウゴはゲームっぽいと感じる。RPGというよりはシミュレーションRPGだが、その典型的なラストバトルのようだ。それに気付いたからだろうか、何となく現実味があまり感じられない。


 しかし、ショウゴの考えとは関係なく周囲は急速に動き始めた。隣に立っているクィンシーがショウゴに伝える。


「まずは魔物の数を減らすぞ。それからあの年寄りを片付ける!」


「魔物が無限増殖する場合はどうするんだ?」


「そのときはオレがあの年寄りを直接倒す。無限に湧く相手と戦うのは得意だろう、お前」


「わかった。前に出るぞ」


 簡単な方針を決めた2人は迫ってくる魔物との戦いを始めた。


 手始めにクィンシーが自分を中心に左右と後方に火壁(ファイアウォール)を発生させる。そして、まだ距離のある内に正面から迫ってくる魔物に対して嵐刃(ストームカッター)で一定の範囲内の魔物を多数切りつける。


 雇い主が遠慮なしに魔法を使うことを最初からわかっていたショウゴは、火壁(ファイアウォール)の外に飛び出した。そうして魔物の中に突っ込んで片っ端から片手半剣(バスタードソード)で斬り倒してゆく。


 いつもと違い、2人は連係してではなく個別に戦った。これは、無制限に魔法を使うクィンシーの近くにいると危険だからであり、特別な能力(チート)で敵を殺すほど疲労が軽減されるショウゴはいくらでも戦い続けられるからだ。


 魔物の種類は多彩である。小鬼(ゴブリン)犬鬼(コボルト)豚鬼(オーク)など今まで迷宮で見かけた種類から、黒妖犬(ブラックドッグ)岩熊(ロックベア)粘性生物(スライム)などここでは初めて見かける種類までいた。


 何十匹という魔物を相手に戦うショウゴとクィンシーだったが、その様子は危なげない。ショウゴは魔物を倒すことにより疲労による失敗や体力の低下の心配がなく、クィンシーは大火力の魔法で散らばる魔物を一掃する。これなら魔物が全滅するのは時間の問題のように思えた。


 ところが、ショウゴの予想通り、魔物が倒される度にローブを着た老人の近くから魔物が新たに湧き出てくる。このため、いくら魔物を倒してもその数は一向に減らなかった。


 そのことに気付いたショウゴがクィンシーに叫ぶ。


「おい、やっぱり無限湧きしてるぞ!」


「わかってる! ちっ、やってやる!」


 呼びかけに反応したクィンシーが合間を縫ってローブを着た老人に魔法での攻撃を仕掛けた。最初は火球(ファイアボール)を撃ち込んだが簡単に躱され、次いで氷矢(アイスアロー)を撃ったが離れているので気付いて回避される。ならばと竜巻(トルネード)で範囲攻撃をすると直後に避けられた上に石壁(ストーンウォール)で防がれ、返礼として風刃(ウィンドウカッター)を撃ち込まれた。風属性の魔法は視認しにくいので避けにくいため、クィンシーはその一部を肩に受けてしまう。


「ぐぁ!」


「おい、クィンシー! 動けるか!?」


「このくらいで倒れるか! ショウゴ、前に出るぞ! あのジジイに近づいて吹っ飛ばす!」


 自分の肩を魔法で治療しながらクィンシーが叫んだ。その間にもローブを着た老人から魔法が撃ち込まれる。魔物も来襲してくるのでかなり忙しそうだ。


 明らかに雇い主への負担が高くなったのを見たショウゴは大きく前進した。魔物を倒していく度に1歩ずつ進んでゆき、玉座に続く階段の手前までやって来る。さすがにこれだけ近づかれると無視はできなかったらしい。魔物の圧力が強くなり、同時にローブを着た老人から魔法がたまに飛んできた。


 いくらか負担が軽くなったクィンシーが今度は前に進み出る。ショウゴほどは進めなかったが、それでも以前の半分以下にまで距離を縮めた。これによりローブを着た老人への魔法攻撃がより精密になり、同時に相手からの攻撃も精緻になる。


 相手との距離が近くなり、魔物の圧力と魔法での攻撃が濃密化した。これにより、ショウゴとクィンシーによるローブを着た老人との戦いは膠着状態に陥る。


 現時点でローブを着た老人に決定打を与えられる攻撃能力を持っているのはクィンシーだ。ショウゴも剣が届く範囲なら可能かもしれないが、そもそも魔物の壁が厚くて近寄れない。しかし、そのクィンシーはショウゴとは違って無限に戦えるわけではなかった。魔力はともかく、激しく動く戦闘を続けていればいずれ体力切れになる。


 何か戦況を変化刺せるきっかけが必要だとショウゴは感じた。決定的でなくても良い。わずかで良い。考えた末にひとつ思い付いたことを実行する。


 自分とローブを着た老人の直線距離の間に魔物という障害物がないときを狙って、ショウゴはナイフを鞘から引き抜いて投げつけた。まっすぐ飛んだそのナイフは狙い通りローブを着た老人の体に刺さる。その瞬間、老人の動きが鈍った。


 これを機にクィンシーが魔法で一気にたたみかける。避けられなかったローブを着た老人に次々と魔法が命中した。


 同時にショウゴが更に前に出る。魔物の圧力がクィンシーに向かわないようにするためだ。自分も危険だということを態度で示す。


 そうしてついに、クィンシーの魔法がローブを着た老人を仕留めた。いくつもの魔法を受けてついに悲鳴を上げながら消滅したのだ。次の瞬間、魔物もその姿を消す。


 空の玉座の近くに男が2人立っていた。1人は剣を持つショウゴ、ようやく終わったという様子で右手のそれを鞘に収める。もう1人は長杖(スタッフ)を持つクィンシー、息を切らせ、立っているのもやっとという様子だ。


 どちらも戦いが終わってからずっと無言で立っている。互いに気を向け合う余裕ができるのはもう少し後のことだった。

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