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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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淪落者のたまり場にて

 冒険者同士の諍いに巻き込まれたショウゴとクィンシーだったが、どうにか解決をして探索を再開した。地下9層にあるという最奥の部屋を目指して進む。


 魔物と罠の掛け合わせに苦労しつつも2人は通路を歩いていると、やがて人がたくさん集まっている部屋を見かけた。


 立ち止まったショウゴが遠巻きにその様子を眺めていると、クィンシーが近づいてくる。


「クィンシー、あそこに人がたくさんいるんだ。そういえば、地下3層と地下6層にもそんな部屋があったよな。あれもそうなのか?」


「恐らくそうだろう。確か、淪落者のたまり場と資料に記してあった部屋だろう」


「淪落ってどういう意味だ?」


「落ちぶれる、あるいは堕落するという意味だったはず」


「地下9層にまでやって来られる冒険者たちに対して、落ちぶれるっていうのは変だよな」


「そうだな」


 雇い主の落ち着いた言葉を聞きながらショウゴは言葉の意味を考えた。落ちぶれるという言葉が違うとなると堕落ということになるが、一体何に対して堕落したのだろうと首をひねる。しかし、答えは浮かんでこない。


 黙るショウゴに対してクィンシーが話す。


「せっかく来たんだ。入っておくか」


「最奥の部屋以外の部屋は極力探索しないんじゃなかったのか?」


「例外はあるさ。それに、そろそろ昼休憩の頃合いだろう。休む場所としては悪くない」


 最後の言葉に疑問を覚えながらもショウゴはクィンシーに反対しなかった。昼休憩が必要という意見には賛成だからだ。その場所として淪落者のたまり場が適切なのかはこれから判断するしかない。


 2人は部屋へと近づくとそのまま中に入った。ほぼ正方形の部屋で思った以上に広い。その中に冒険者が多数いる。一瞬何かに近いと思ったショウゴはすぐに冒険者ギルド城外支所の雰囲気を思い出した。


 ぱっと見たところはそのような感じだが、冒険者1人1人に目を移すと印象がまた変わってくる。振る舞いは普通に見えるのだが目つきや顔つきがおかしいのだ。図書館型の特別な施設から出てきた直後のクィンシーの雰囲気に近い。


 室内に踏み込んでためらいを感じたショウゴに対して、クィンシーは平然と奥へと進んでいった。そうして手近な冒険者と話を始める。あまりにも自然な流れで会話が始まったのでショウゴには知り合いかと思えた程だ。


 たまり場と呼ばれる部屋は上層にも中層にもあったが、そのいずれでもショウゴは話が合わなかった。それはこのたまり場でも変わらなさそうである。一方、クィンシーはそうでもないようだ。これが何を意味するのか、できればあまり考えたくはない。


 立ち止まったショウゴはどうしたものかと腕を組む。さっさと外に出た方が良さそうに思えた。幸い、クィンシーは昼休憩という名目でこのたまり場に足を運んだ。ならば、近くの通路で食事をしていても構わないはずである。


「そうと決まればすぐにここから」


「やぁ、見ない顔だね。地下9層に来たばかりなのかい?」


 声をかけられたショウゴはそちらへと振り向いた。すると、1人の冒険者が立っている。風貌にこれといった特徴はないが、目の輝きが明らかにおかしい。相手にしたくない手合いだ。そうはいっても、無視をしたときの反応もそれはそれで怖い。


 仕方なくショウゴはその冒険者との会話を始めた。最初は当たり障りのない雑談だったが、それもきっかけがあると途端に話題が偏る。奇跡のラビリンスの素晴らしさを熱心に説いてきたり、美術、音楽、文学、哲学を熱心に勧めてきたりするのだ。


 話をしていてまるで宗教の勧誘だなとショウゴは思った。実際にそんな勧誘を受けたことはないのだが、普通ではない熱心さで迫ってくる様子ははっきり言って恐怖である。


「と、こんな感じなんだよ! せっかくだから今度一緒に行くかい?」


「いや、遠慮しておくよ。仲間もいることだしな」


「それじゃ、その仲間も一緒に行こうぜ!」


「実を言うと、そいつはもう何度か入ってるんだよ。それに、今は他のことをやらないといけないしな。まずはそっちから片付けないと」


「それは残念」


「まぁ、勧めてくれてありがとう。それじゃ、俺は失礼するよ」


 どうにか勧誘を断り切ったショウゴは顔を引きつらせながら淪落者のたまり場から出た。その出入口から少し離れると大きく息を吐き出す。


「あんな熱心に勧めてくるとはな。怖いなぁ」


 周囲に誰もいないという解放感にひたりながらショウゴは全身の力を抜いた。後を追ってこられなかったのは本当に幸いである。クィンシーがまだ中にいるが、外に出てくるまで待つことにした。もう中には入らないと心の中で誓う。


 気持ちが落ち着いてきたショウゴは昼食を食べることにした。背嚢(はいのう)から干し肉と黒パンを取り出す。ゆっくりと囓り始めた。


 食べながらショウゴはこの悪意のダンジョンにいる冒険者たちのことを考える。上層、中層、下層とすべて巡ってきたが、普通ではない者たちが多かった。たまたまそんな者たちと自分が出会っただけだという可能性もあるが、あまりそうとも思えない。


 今になって町の宿の主人の話を思い出す。


『あの悪意のダンジョン関連の仕事をしてる町の連中はみんな知ってるこんな言葉があるんだ。上層で活動している冒険者は小悪党はいてもまだまともだ。中層で活動している冒険者はどこか頭がおかしい。下層で活動している冒険者はどうかしている。ってな』


 今になってこの言葉を実感するとはとショウゴは自嘲した。もしかしたら、自分も気付かないうちにそうなっているのかもしれないと思って身震いする。


 食事を終えたショウゴは雇い主をぼんやりと待った。この後は最奥の部屋を探し出して中に入り、最後の試練とやらを切り抜けてお終いの予定だ。そうすればこの悪意のダンジョンともおさらばである。早くそうなると良いなと心の底から思った。




 昼食後、ショウゴは尚も淪落者のたまり場近くで待っていた。正確な時間は計っていないが、いつもより長い気がしている。


 気が合う冒険者と長話をしているのかとショウゴがぼんやり思っていると、部屋から一組の男女が姿を現した。1人はクィンシーだ。いつになく上機嫌である。もう1人の女の方へと目を向けてショウゴは愕然とした。前に何度か見かけたことのある人物だったからだ。銀髪紅眼でどことなく無機質な美しさの女クリスである。


 呆然としているショウゴの前にクィンシーが立った。続いてクリスがその隣で立ち止まる。


「ショウゴ、待たせたな。それと、この人を紹介しよう。最奥の大広間まで案内してくれるクリスだ。以前、酒場で見かけたことがあるだろう? その人だ」


「初めまして。クリスです」


 微笑みながら短い自己紹介をされたショウゴはかろうじてうなずいた。そうして目を見開いたまま雇い主を見る。


「クィンシー、これは一体どういうことだ?」


「オレたちだけでも最奥の大広間まで行けるんだろうが、どうせなら確実に最短距離で行きたいじゃないか。そこで、その場所を知ってるクリスから申し出があってな、渡りに船と引き受けてもらったんだよ」


「いやでも、そのお、あいやその人、大丈夫なのかよ? 信頼していいのか? 淪落者のたまり場で初めて(・・・)出会ったんだろう?」


「どこで出会ったのかは重要ではない。大切なのは有用かどうかだ。クリスはもう何人もの冒険者を最奥の大広間へ案内してるそうなんだ。だから信用していい」


 クリスのことをまるで疑っていないクィンシーをショウゴは信じられない様子で見つめた。かつて酒場や悪意のダンジョンで見かけたあの冒険者たちも最奥の大広間とやらに案内したというのなら、その後の彼らはどうしたというのだろうか。


 気になったショウゴはその疑問をぶつけてみる。


「クリス、今まで案内した冒険者はどうなったんだ?」


「私は送り届けるまでがお役目でしたから、その後については」


「知らないってか。頼まれた仕事だけをするってことか」


「そうです。余計なことをして、その方々の試練を邪魔しては迷惑になりますから」


 言っていることに何もおかしなところはなかった。しかし、どうにもショウゴには怪しく見えて仕方ない。それは、非常によく似た風貌のクリュスを知っているからかもしれないと内心でつぶやく。


「ともかくだ。クリスに案内してもらうのは決定事項だ。以後、進むときはクリスの指示に従うように」


「雇われの身としては押し切られると応じるしかないな」


「そういうことだ。それでは、すぐに出発するぞ」


 宣言した雇い主に対してショウゴはしぶしぶうなずいた。対等な立場ではないのでこういうときは弱い。ため息をついてから2人の前に出る。


 クィンシーに代わって指示を出すクリスの声に従ってショウゴは歩き始めた。

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