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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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両者の言い分

 ついにショウゴとクィンシーは地下9層に降りてきた。下層でも最も下に位置する階層であり、この最も奥に最後の敵が待ち構えているという。


 まるでゲームだなとショウゴは思った。特別な施設が競技や文化活動などに対し、この悪意のダンジョンはゲームを実現化したかのようなものである。クィンシーによると元は善意のラビリンスで競技や文化活動をしていて、後に奇跡のラビリンスでゲームのように大きく変化したらしい。どこまで正しいのかは計りかねるが、大筋は間違っていないように思える。


 ただ、仮に神様が感謝の印としてあらゆる願いを叶える水晶を人間に与えたとして、そのための試練を用意したとして、なぜこの形なのかがわからない。はっきり言うと神様らしくないのだ。威厳も神々しさもない。今の迷宮(ここ)は人間の醜悪さを煮詰めたような場所だ。それこそ悪意のダンジョンと呼ぶにふさわしい。人間への試練として、果たして神様がこういうものを用意するのだろうか。


 ショウゴはまだ何か足りないような気がしてならない。クィンシーのあの説明は現在の迷宮と大きな水晶のための説明で、本当の経緯とは思えなかった。しかし悲しいかな、ショウゴにそれを立証する手立てがない。この謎を解き明かすには先に進むしかなかった。




 地下9層でショウゴとクィンシーは一夜を明かした。前日は階段の周辺を探索し、足場固めとこの階層がどの程度のものなのかを調べる。その結果、罠は上の階とほぼ変わらず、魔物は数が倍に増えていることが判明した。上層や中層と同じ変化である。


 これがわかった翌日、クィンシーが最奥へ向けて一気に進むとショウゴに告げた。持ってきている水と食料は充分にあり、昨日までの探索でもそこまで負荷はかかっていない。仮に一度町戻ってやり直したとしても、あまり変わらないことから行ってしまおうということになったのだ。


 この主張をショウゴも支持した。地下8層での探索と図書館での調べ物を今回やったが、合わせて2日程度しか費やしていない。これならばむしろ今現在の装備でどこまで行けるのか試してからやり直した方が良いと考えたのだ。


 かくして、2人の意見が一致したことにより、野営地を早々に出発することになった。尚、この日の探索方法はクィンシーの提案で通路のみ探索ということになる。最奥の部屋以外に用はないというわけだ。


 てっきり途中にある部屋くらいは調べると思っていたショウゴは驚いた。当初は意外に冷静だと思っていたものの、やはり図書館で調べ物をしてからのクィンシーは前のめりになっていると強く感じる。


 一抹の不安を覚えながらもショウゴは先頭に立って歩き始めた。




 探索は通路のみで部屋は無視し、更に向かう方向は特定の向きのみとなると進む速度は速い。いくら罠があったとしても、日頃よりも魔物との遭遇が多くても、純粋に探索量が少ないからだ。


 実際に動き始めてからショウゴはこのやり方の利点を実感していた。最奥の部屋に向かうことだけを考えるのならば確かにこの方法は有効である。


 鐘の音1回分の探索を終えた2人は小休止を挟んだ。順調に進んでいるのでクィンシーの機嫌は良い。しらみつぶしの今までとは違って軽快に突き進んでいることから、ショウゴも気分は悪くなかった。


 そんな2人が探索を再開した直後、進む通路と繋がっている分岐路のひとつから人が飛び出してくる。突然の出来事にどちらも驚いたが、それが冒険者だったので訝しんだ。


 前を歩いているショウゴは掴みかかられるかのような勢いで話しかけられる。


「追われてるんだ、助けてくれ!」


「え? 追われてる? 何があったんだ?」


「追い剥ぎだよ! 他の冒険者パーティに襲われて自分以外は殺されたんだ!」


「こんな階層にも追い剥ぎがいるのか!?」


 襲われる側も結構な実力があるはずの下層で追い剥ぎなんてできるとは思っていなかったショウゴは驚いた。もしできるなら、追い剥ぎ側は相当な実力があるということになる。それなら普通に活動していれば良いように思えた。


 次いで同じ分岐路から3人の冒険者が現われる。


「いたぞ! テメェ、よくもやりやがったな! ブッ殺してやる!」


「ちょこまかと逃げやがって! 舐めてんじゃねぇぞ!」


「仲間の仇だ! 皆殺しにしてやる!」


 血相を変えた3人がショウゴと話しかけてきた冒険者を半包囲した。何らかの理由で追いかけてきたのだから興奮しているのはショウゴにも理解でいる。ただ、その発言については首を傾げた。追い剥ぎ側が叫ぶ言葉ではないように思えたのだ。


 少し間を置いて周囲を見る余裕が出てきたのか、追いかけてきた冒険者たちはショウゴへと目を向ける。


「なんだテメェは? さっさと消えろ!」


「そっちからいきなりやって来てそれはないだろう。それと、こいつは追い剥ぎに襲われて仲間を殺されたって言ってたぞ?」


「はぁ? 何言ってんだ。襲われたのはこっちだってぇの! そのせいでこっちは仲間を1人殺されたんだ!」


 主張が正反対なことにショウゴは戸惑った。この場ではどちらが正しいかなど判断できない。そこへ、クィンシーから声がかかる。


「ショウゴ、放っておけ。オレたちには関係のない話だ」


「え、あ、ああ」


「そんなこと言わないで助けてくれよ!」


「オレたちの目的は先に進むことだ。人助けじゃない。前にそう言ったよな?」


 背後に立つ雇い主から言葉を突き付けられたショウゴは表情を硬くした。このまま放っておくのが無難なのはわかっている。ただ、それはどうにも後味が悪かった。それに、追いかけてきた3人の冒険者の言い分にどうにも違和感がある。


 どうしたものかとショウゴは悩んだ。しかし、ふと疑問を思い付いたので追われていた冒険者に尋ねてみる。


「なぁ、あんたは追い剥ぎに襲われて逃げてきたんだよな?」


「ああそうだ」


「仲間は何人いたんだ?」


「元は4人だった」


「襲ってきた連中、この場合はだとあいつらは元々何人だった?」


「5人か6人くらいだったと思う」


「それで、お前かお前の仲間があっちの1人を殺したんだよな? ということは、襲われた場所に今もあいつらの仲間が1人か2人はいるわけか」


「たぶんな。でもそれがどうしたっていうんだ。追い剥ぎが自分の成果を守るために仲間をそこに残すのは当然だろう。一体何を聞きたいんだ?」


「ちょっと待ってくれ」


 必死の形相で訴える追われている冒険者ををショウゴは見つめた。追い剥ぐために他のパーティを襲ったのならば、その成果に見張りを残すのは当然だ。自分たちの生活もかかっているのだから。


 だからショウゴは追いかけてきた冒険者たちにも確認する。


「あんたらに聞きたいことがある。あんたらのパーティは全員で何人なんだ?」


「4人だよ。それでそいつらに1人殺された」


「ということは、数が合わないな」


「今はそれどころじゃないだろう。あいつらを追い払ってくれよ!」


「でも、どっちが正しいかわからないからな。そうだ、だったら、あんたが襲われた場所に今から行こう。そうしたらどっちが本当のことを言っているのかわかる」


「は?」


「あんたの言い分が正しいなら、襲われた場所にあいつらの仲間がまだいるはずだ。もし嘘なら死んだ人間しかいないはず。これならどちらが本当のことを言ってるのか誰の目にも明らかになるだろう?」


「何をバカなことを」


「いいぜ、今すぐ行こうじゃねぇか! そいつが嘘つき野郎だってことをはっきりさせてやる!」


 追われている冒険者の言葉を追いかけてきた冒険者がさえぎった。3人とも自信に満ちた態度である。それに対して、ショウゴに縋っている男は顔色が青くなっていく。


 これでどちらの言い分が正しいのか大体はっきりとしたとショウゴは感じた。追われている冒険者は自分の主張を補強するために余計なことを言ってしまったのだ。


 何か言おうとショウゴが口を開きかけた瞬間、追われている冒険者が逃げようとした。全員が驚く中、ショウゴはその冒険者の手を掴んで止める。


「なんで逃げるんだ?」


「うるせぇ、放せ!」


「口から出任せを言ってたわけだな、お前」


「くっそ、余計なことばっかり聞きやがって!」


「なぁ、あんたらにこいつを引き渡せばいいんだよな?」


「お、おう」


 突然の出来事に目を丸くしたままの冒険者3人だったが、ショウゴが逃げようとする男を引き渡すと表情を硬くしながらも礼を言ってきた。


 逃げようとする男を引きずって分岐路の奥へと消えていく冒険者たちをショウゴが見送っていると、クィンシーから声をかけられる。


「ぎりぎりだがまぁいいだろう。余計なことに首を突っ込むなよ」


「わかってる」


 ため息をつくクィンシーに対してショウゴはすました顔で肩をすくめて答えた。

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