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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第1章 上層

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悪意のダンジョンへ

 周囲には何もない平原の中を2人の男が歩いていた。1人は黒髪黒目で平凡な顔つきの青年で武具を身に付け荷物を背負っている。もう1人は雰囲気が暗い美形の中年でローブの上から革の鎧を身につけていた。こちらも荷物を背負っているが、それには長杖(スタッフ)がくくり付けられている。


 男2人が足を向けるのはパリアの町の西にある悪意の山脈だ。鉤爪(かぎづめ)海の西側沿岸に広がるこの山脈は、西側には凶悪な魔物が生息し、東側は魔物を手懐けた山賊が割拠していることで有名である。本来ならばパリアの町周辺もその脅威に曝されているはずなので危険だが、現実にはそうなっていない。それどころか、悪意の山脈の北端部分には凶悪な魔物も山賊もいなかった。この理由を説明できる者は今のところいない。


 しかし、それでも港町と悪意のダンジョンの周辺が安全であることに変わりはなかった。おかげで、港町とダンジョンを安心して往来できる。


 まだ肌寒い春先の風を浴びながらショウゴとクィンシーは西へと向かって進んでいた。予定では1日強で目的地にたどり着ける。


「地面が傾いたかな?」


「山脈の麓に入ったか。あと同じだけ歩けば着くってわけだ」


「まだあるなぁ」


「何日も街道を歩くのに比べたらマシだろう」


 愚痴を雇い主にばっさりと切り捨てられたショウゴは力なく笑った。道なき場所ではあるが目に見えるような障害もない場所なので、2人にとっては実質街道を歩いているのとそう大差はない。


 途中、2人は冒険者パーティとすれ違った。地平線から影が現れたときは警戒するが、その姿がはっきりと見えると肩の力を抜く。


 とある冒険者パーティは機嫌良く歩いていた。メンバー同士で雑談をしながら東へと向かっている。あちらも2人には遠くから気付いていたようで、近づくと手を上げて声をかけてきた。とはいっても立ち止まって話をするわけではない。ショウゴとクィンシーが手を上げて応えると挨拶は終わりである。そのままお互い構うことなく立ち去った。


 次いで見かけたのはぼろぼろの冒険者パーティだ。防具は傷付き、武器をなくしている者もいる。そして、パーティメンバー全員が傷を負っていた。その雰囲気はとても暗く、誰もしゃべっていない。2人を相手にする余裕もないのか、見向きもせずにすれ違った。


 どちらも悪意のダンジョンから出てきたことはショウゴもすぐに気付く。一体中で何があったのかは話を聞いていないのでわからない。しかし、成功と失敗では大きな差があることははっきりとわかった。




 悪意の山脈の麓で1泊したショウゴとクィンシーは翌日、更に西へと足を向けた。地面の傾きは体感では変化がない。聞いた話では目的地までこのままのはずである。


 1日の8分の1である鐘の音1回分歩いたかどうかという辺りで2人は悪意の山脈の切り立った山腹に出くわした。そこから先は峻険な山脈の内部である。


「あの穴が悪意のダンジョンの入口か」


「正確には、奇跡のラビリンスに至る入口だな」


 自分の発言を訂正されたショウゴはクィンシーに顔を向けた。雇い主の表情から機嫌が良いことがわかる。


 再び正面に顔を向けたショウゴは山腹へと目を向けた。4人ほど並んで通れる大穴は不揃いな石で固められている。


「かつて最初に探索した者が掘った穴を後に拡張整備して多くの冒険者が入れるようにしたものらしいな」


「冒険者ギルドの資料に書いてあったっていうやつ?」


「そうだ。まさかあそこに古文書の写しまであったとは意外だったよな」


「何のために集めたんだろう?」


「さぁな。かなり古い羊皮紙だったから、もう誰も知らないときたもんだ。案外、原本が書かれたときからあまり時間が経っていないのかもしれん」


 そう返答して黙ったクィンシーをショウゴは見た。穴を観察しているらしいのでしばらくじっと待つ。原本がいつ記されたのか知らないので大昔くらいにしかわからない。


 少しの間ぼんやりとしていたショウゴだったが、湧いた疑問を雇い主に投げかける。


松明(たいまつ)を用意しておこうか?」


「あれは予備扱いだから今は使うな。普段はオレの魔法で照らす」


「こういうとき、魔法って便利だよな」


「便利だぞ。使えて良かったよ」


「俺も使いたかったなぁ」


「ショウゴも特別な能力を持ってるじゃないか。あれじゃダメなのか?」


「あると便利なのは確かなんだけど地味なんだよ。それに、こんな異世界に来たんだから、どうせなら魔法を使いたいじゃないか」


「確かに、俺も前世じゃ憧れたもんだ。これだけでも転生して良かったと思うね」


 にやりと笑ったクィンシーにショウゴは微妙な表情を向けた。雇い主が荷物を下ろして長杖(スタッフ)を取り出すのを見つめる。それに気付くと更に嬉しそうな笑顔を向けてきた。実に腹立たしい。


 いくらか緊張感が緩んだショウゴだったが、クィンシーが歩き出すとそれに続いた。穴に入る直前、雇い主が呪文を唱えるとその長杖(スタッフ)の上に光の玉が現れて頭上に昇る。それはそのまま詠唱者についてきた。


 天井近くでふわりと流れるように動く光の玉が周囲を照らす。不揃いな石で固められた穴は悪意の山脈の山腹からまっすぐ奥へと続いていた。一見するとすぐに崩れそうにも見えるが意外にも丈夫らしい。


 照らされる穴の風景を感心しながら眺めていたショウゴは横穴の奥へとたどり着いた。クィンシー共々立ち止まったその先を光の玉が照らすと、今度は下へと垂直に伸びている。直径は横穴より広く6人ほど並んで通れる大きさだ。その縦穴には螺旋状の階段が壁に沿って下に向かって続いている。底は光が届かず真っ暗だ。


 腰が引けた様子で縦穴を覗き込んだショウゴが感想を漏らす。


「これは、怖いな」


「普段から冒険者たちが使ってるんだ。すぐに崩落することはないだろうさ」


「まぁそうなんだろうけど、階段に手すりなしなんだ。人がすれ違える程度の幅は一応あるとはいえ、これは」


「昔の造りらしいな。安全対策という発想が皆無だ」


「これ絶対に落ちた奴がいるぞ。壁際を歩こう」


「その意見には賛成だ。それでは行くぞ」


 縦穴と螺旋階段の恐ろしさを語った2人はクィンシーを先頭に階段を降り始めた。光の玉は縦穴の中央に空いている吹き抜けの部分をゆっくりと下がってゆく。


 ショウゴなどは割とすぐに底にたどり着くと考えていたが、なかなか終着は現れなかった。帰りに登るときが大変だなとぼんやり思う。


 思った以上に時間をかけて降りた2人はやがて縦穴の底へと着いた。そこから壁に空いている出入口を通り過ぎると大きな空洞に出くわす。剥き出しの岩や大きな空洞の天井には氷柱(つらら)状の鍾乳石があちこちにある。


 これだけならば単なる大きな洞窟であるが、空洞の奥には場違いなものがあった。明らかに人工物とわかる石造りの壁だ。同じ大きさの大きな石が規則正しく敷き詰められている。また、その壁の中央には大きな半楕円形の入口があり、その(ふち)は均整の取れた男女の石像に支えられている。


 洞窟と人工物のあまりの落差にショウゴは呆然とした。人工物はまるで最初から地中に埋められることが前提で造られているように見える。


「これが悪意のダンジョン。なんでこんな地中深くにこんな大きな建物を造ったんだ?」


「さぁな。古代人の考えることはわからんよ。非常に高度な建築技術が用いられてることはわかるがね」


「その辺は専門外だからさっぱりだな。ローマの闘技場(コロッセオ)みたいだとしか」


「確かに。さて、中はどうなってるのかな?」


 楽しげな様子のクィンシーが再び先頭に立って建物の中に入った。


 続いてショウゴも入ると、外の壁と同じように規則正しく敷き詰められた石で造られている。しかし、何より驚いたのが、床、壁、天井を構成する石材がぼんやりとした明るさで光っていることだ。


 一言つぶやいて光の玉を消したクィンシーが感心する。


「石材に発光素材が混ぜられてるようだな。事前調査で話は聞いてたが、目の当たりにすると実に壮観だ」


「こんなに手間暇かけて、古代人は一体何がしたかったんだろうな」


「その謎を解き明かすのがオレたちの仕事じゃないか」


「趣味の間違いだろう?」


「お前も知ってるくらいの大金をかけてるんだ。だから、これはもはや仕事だよ」


 これ以上言い争っても意味はないと考えたショウゴは黙った。そうして改めて周囲を眺める。


 入口から入ってすぐのこの場所はかなり広い部屋というか広間で、正面玄関と呼ぶにふさわしく思えた。入口以外の3面の壁にはそれぞれ通路が繋がっており、左右の壁には1つずつ、正面奥の壁には等間隔で2つの通路がある。


 付近に誰もいないことから、ショウゴは罠以外の危険がないととりあえず判断した。そしてため息をつく。


 これからが2人にとっての本番だった。

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