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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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注意すべきこと

 パリアの町をようやく目にしたとき、ショウゴとジャレッドは大きな息を思いきり吐き出した。ようやく終わりが目の前に形となって現われたからだ。その様子をクィンシーが後ろから無表情で眺めている。あと少しということがわかったショウゴとジャレッドは元気になった。


 町にたどり着くとここで二手に分かれる。クィンシーには換金所で換金作業をしてもらい、ショウゴとジャレッドは助けた冒険者を宿に送り届けるのだ。


 助けた冒険者の指示を受けながら宿屋街まで向かうと目当ての宿を探し当てる。そうして出入口の辺りでジャレッドがその冒険者を下ろした。多少ふらつきながらもその冒険者は立ち上がる。


「本当に助かったよ。もうダメだと思ってたところだったからな」


「良かったじゃないか。これから大変だろうが、そこは何とかしてくれ」


「生きてりゃどうにかなるさ!」


「ありがとう」


 最後に礼を述べたその冒険者は宿に入っていった。その姿はすぐに見えなくなる。


 残った2人は顔を向け合った。そうして笑顔で口を開く。


「オレも助かったよ。ここで死ぬって覚悟してたくらいさ」


「助けた甲斐があって良かったよ。これからは罠に気を付けるんだな」


「はは、そうするよ。じゃ、これで!」


 あっさりとした口調でジャレッドが踵を返すとその姿は雑踏の中に紛れて消えた。


 残ったのはショウゴ1人である。この後、自分たちの宿屋『冬篭もり亭』でクィンシーと合流する予定だ。


 ショウゴは足取りも軽く自分の泊まる宿屋へと向かった。宿の主人にクィンシーが先に戻ってきていることを確認すると部屋に戻る。


 扉を開けるとクィンシーが自分の寝台に寝そべっていた。備え付けの机の上には山分けされた硬貨が2つある。


「ショウゴ、金は分けておいた。数えて確認して、問題なければ自分のを取っておけ」


「わかった。ああ、今回は少ないな」


「宝箱をあまり見つけられなかったからだ。それにしてもお前、今回は人助けに随分と熱心だったな」


「そうか? 2回連続であったからそう見えるだけだと思うが」


「1回目の方はともかく、2回目の方は助ける理由がなかっただろう」


「俺たちに利益がなかったのは確かだが、あの当時、ジャレッドを助けてもう1人を助けないというのはさすがによくないだろう」


「最後に俺も同意したからそう強く言えたものじゃないが、あまり目的から外れることをしてくれるな。オレがお前を雇ったのは、オレの目的を果たすためだ」


「わかってるよ。そう逸脱してることはしてない。2回目の方は帰る途中だからということもあったからな。あれが悪意のダンジョンに入ったばっかりだったら、さすがに迷ってたよ」


「その辺りを考えているのならまだいいが、念のために言っておくぞ。オレたちが奇跡のラビリンスに(もぐ)るのはあくまでも最奥に行ってあらゆる願いを叶える何かを手に入れるためだ。人助けのためじゃない」


 念を押されたショウゴの顔は若干不機嫌なものになった。善行を否定されたからだ。しかし、すぐに首を傾げる。


「クィンシー、目的が変わってないか?」


「なに? どう変わってるんだ?」


「俺の記憶だと、あらゆる願いが叶う何かがどんなものかを調べるのが目的だっただろう。いつの間に手に入れるに変わったんだ?」


「調べるためには手に入れる必要があるだろう。だから、目的は何も変わってないぞ」


「えぇ、そうなのか?」


 雇い主の言い分にショウゴは何か胡散臭いものを感じた。間違いではないが微妙にずれているような気がしてならない。結果的にやることは変わらないのかもしれないが、何か大きな違いが潜んでいるように思えてならないのだ。それが何であるかを指摘できないのが困ったものであるが。


 黙ったままもどかしい思いをしているショウゴに対してクィンシーが違う話題を持ちかける。


「それにしても、ようやく奇跡のラビリンスの謎に迫れる機会がやってきたな。次の探索で『図書館』型の特別な施設に入ったら、きっと何かわかるに違いないぞ」


「俺もそれは気になってたから、何かわかるといいとは思うが」


「そうだろう? もしかしたら奇跡のラビリンスの由来が何かわかるかもしれないんだ。そうすれば、あらゆる願いが叶う何かに近づけるはず」


 自分の取り分を数え終わったショウゴはクィンシーの分を数え始めた。その間にもクィンシーについて考える。町にやって来た当初は純粋な興味だけだったかのように見えたが、最近はやたらあらゆる願いが叶うということにこだわってきているように見えた。調査にのめり込んでいるからなのか、それとも悪意のダンジョンに入り続けておかしくなったのか、今のところわからない。ただ、かつて『美術館』型の特別な施設に入ってから一層おかしくなったように見受けられるので、悪意のダンジョンが関係しているように思える。


 雇い主の取り分も数え終わったショウゴは自分の分を麻袋へと入れた。これで今回の探索の後処理はほぼ終わる。


 空腹を感じたショウゴは寝台で横になるクィンシーを置いて部屋を出た。




 町での休暇を終えたショウゴとクィンシーは悪意のダンジョンへと向かった。そうして約3日かけて中へと入り、地下7層まで進む。最近は地下深く入っているため、往復の移動時間が探索時間と同じかそれ以上になっていた。


 そうした移動時間を乗り越えた翌日、2人は地下8層へ続く階段のある部屋に入る。今日は今いる階層の下に用があるのでここはさっさと通り過ぎるところだ。


 ところが、その階段のある部屋に意外なものがいた。あの黒猫である。前回は姿を見せなかったというのに今回は階段の側にちょこんと座っていた。


「あいつ、なんで今回はいるんだろう?」


「知らん」


 前回は黒猫に興味なさそうにしていたクィンシーも今回はさすがに驚いていた。というより、怪訝そうな表情を浮かべている。


 その気持ちはショウゴにも理解できた。姿を見せる条件がわからないので、もう完全にそのとき次第なのだ。悩んでも仕方ないと思いつつある。


 黒猫は相変わらず自分から階段の側を離れようとしないので、ショウゴが部屋の中程まで歩み寄った。今までならばこれで黒猫も近寄ってきてくれる。


 これはショウゴの予想通りだった。黒猫はショウゴの前までやって来て腰を下ろす。ショウゴが片膝をつくと加えていた透明な玉を床に置いた。


 水晶を拾い上げたショウゴはそれを見る。やはり中に何らかの文字が刻まれていた。しかし、それが何かはわからない。


「にゃぁ」


 可愛らしい鳴き声を上げると、その黒猫は背を向けて階段に向かって歩き始めた。そして、そのまま歩みを止めずに階段を降りていく。後にはショウゴだけが室内に残された。


 ショウゴは階段に近づく。他と同じ石造りで寸分の狂いなく正確に積み上げられた階段の階下を覗いが、黒猫の姿は見えない。


「やっぱりいないな。クィンシー」


 振り返ったショウゴは扉の辺りに立っているクィンシーに目を向けた。呼ぶと近寄ってくる。前は不機嫌そうだったが、今は無表情だ。


 ショウゴは手元の疑問を解消するべくクィンシーに問いかける。


「クィンシー、今黒猫からもらったこの水晶の中に刻まれてる文字って何かわかるか?」


「『ll』だな。もう終わったなら先に進むぞ。今日はやることがあって忙しいからな」


 素っ気ない態度でショウゴの質問に答えたクィンシーはそのまま階段を降り始めた。水晶を懐にしまったショウゴもその後について行く。


 雇い主の後ろ姿を見ながらショウゴは水晶について考えた。現在、手元には4つの水晶があり、それぞれ古代文字で『ta』『cr』『us』『ll』と中に刻まれている。全部集めると何かしらの単語になるのならば、もうそろそろ意味がわかってきても良い頃だ。問題なのは、どのような順番で並べれば良いのかわからない点である。


 黒猫タッルスが一体自分に何を託そうとしているのか、ショウゴには未だわからない。クリュスの言葉を信じるのならば今のところ導かれてはいるのだろう。果たしてどこに導かれているというのか。先がわからないせいで不安ばかりが募る。


 そして、謎は今のところ何ひとつ解けていない。自力で謎が解けないというのは何とも情けなく感じるショウゴだが、古い書物ひとつ解読できないのだから仕方ない。それに、これに関しては今回クィンシーが何とかしてくれるかもしれないと期待していた。かなり怪しい部分もあるのは確かだが。


 色々と考えているうちにショウゴは階段を降りきった。振り向いたクィンシーに先へと進むように命じられる。地図を取り出す雇い主の脇を通り抜けて進むと扉を開いた。背後から指示が飛んでくる。


 うなずいたショウゴはその通りに通路を進み始めた。

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