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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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落ちてきた者

 救済の部屋で死んだ青い雷(ブルーサンダー)の冒険者の遺体から地図を手に入れたクィンシーは早速それを自分の地図に描き写した。上に登る階段の近辺こそ重なる部分もあったが、自分たちとは正反対の場所を探索していた青い雷(ブルーサンダー)の地図はほとんどがクィンシーにとって未踏地だ。


 その地図の中には臨んでいた『図書館』型の特別な施設の位置も記載されていた。それを見てクィンシーは口元を釣り上げる。


悪性転移バッドトランスポーテーションでこれだけ飛ばされたのか」


「これでもまだましな方だ。ひどいのになると、別の階層に転移させられることもある」


 雇い主の説明にショウゴは顔を引きつらせた。上の階ならまだしも、下の階だと生きて帰れない可能性が高くなる。たまったものではなかった。


 報酬を前受けしたショウゴとクィンシーはこれで青い雷(ブルーサンダー)の生き残りであるジャレッドを町まで送り返す義務が発生した。そこで、次に問題となるのがジャレッドの装備だ。実は背負っている背嚢(はいのう)はそのままなので所持品はほとんど失っていない。しかし、武器は救済の部屋で放り投げたままだった。


 救済の部屋の中を見たクィンシーがジャレッドに尋ねる。


「あの武器を取りに行くなら、ショウゴにしたように魔法で支援してやるぞ」


「いや、いい。あの武器は諦める。もうこの中には入りたくないんだ」


「そうなると、戦力としては役に立たんな。魔物に襲われたときは頑張って逃げろ。こっちが手一杯のときは特にな」


「わかった」


「引っぱってきた死体にせめて剣くらいあれば良かったんだがな」


 床に横たえられているジャレッドの仲間の1人にクィンシーが目を向けた。ダガーやナイフは腰に鞘ごと残っているが普段使う剣や槍の類いはない。主要武器(メインウェポン)はすべて救済の部屋の中に転がっていた。


 ないものは仕方ないので3人はその場から離れる。ジャレッドが振り向いて仲間の遺体を気にしていたがやがて諦めて前を向いた。


 先頭は相変わらずショウゴ1人で前方を警戒し、その右後方をクィンシーが歩く。反対の左後方にはジャレッドがいた。とりあえずこれで周囲を警戒する目を増やし、罠の見落としや魔物の不意打ちを減らす。


 帰路の道はクィンシーがすべて指示を出した。地図を片手に進む先をショウゴに伝えてゆく。このやり方に慣れているショウゴは迷うことなく通路を歩いた。


 そうして上に登る階段のある部屋まで戻って来て上の階層へと登る。これで少し通路を進む難易度が楽になった。


 地下7層に関しても基本的には地下8層と変わらない。襲ってくる魔物が弱くなるくらいだ。なので、3人は今まで通り既に通ってきた経路をたどってゆく。


 上に登る階段のある部屋までかなり近づいて来た頃、先頭を進んでいたショウゴは前方の床に何かがあるのを見つけた。更に近づいてみるとそれは人であり、負傷していることを知る。


「クィンシー、ジャレッド、人が倒れてる。生きてるかどうかはまだわからない」


「今日は多いな。確認しよう」


 雇い主の許可を得たショウゴは倒れている人、身につけている物から冒険者だとわかる4人に近づいた。頭が潰れている2人は一目見て死んでいることがわかり、残る2人は手足を骨折しているようだ。


 思った以上にひどい状態であることにショウゴは驚く。手足を骨折している冒険者に近づいてみると既に息をしていないことがわかった。もう1人、足を骨折している冒険者はまだ生きている。


「1人はまだ生きてるぞ。足の骨が折れてるが」


「ひどいな。しかし、戦った跡のようには見えん。一体こいつらは何をしたんだ?」


「おい、意識はあるか? あるなら返事をしてくれ」


「う、うう。い、痛い。あ、足が」


「クィンシー、さすがにこの骨折は薬では治せないぞ。魔法で治療できないか?」


「できることはできるが、この足の骨折は開放骨折じゃないか。せめて骨を元の位置に戻さないと、歪な形で傷が治ることになるぞ」


 苦しんでいる男の両足に目を向けたショウゴが顔をしかめた。確かに傷口から折れた骨の先が見えている。


「クィンシーかジャレッド、この外に出てる骨を元の位置に戻す方法を知ってるか?」


「オレは知らん」


「オレも知らない。というか、この傷は治せるのか?」


「何とか骨の位置を元に戻して、それからクィンシーに魔法で治療してもらおう」


「そこまでするのか? この様子だと処置なしと判断しても誰も責めないぞ」


「だからって見捨てていいわけじゃないだろう。治せる方法があるんだから」


「魔法の治療だって完璧じゃないぞ。治してやったとして、どうやって町まで運ぶ気だ? これだけ衰弱してたらまともに歩けないだろう」


 ひどい傷を治療する魔法は存在するが、失った体力を回復させるまでは至らない。地下7層のここからだとパリアの町まで約3日弱かかるが、この間を搬送するという問題がある。これを解決できなければ結局この重傷の冒険者は生き残れないのだ。


 少し考えた末にショウゴはジャレッドに顔を向ける。


「ジャレッド、お前ここから先の魔物を相手に戦えるか?」


「武器があれば何とか」


「だったら、俺の片手半剣(バスタードソード)を貸してやるから、それで戦え。こいつは俺が背負っていく」


「とりあえず、その剣を持たせてくれないか? 使えるかどうか判断したい。オレは元々槍使いだから剣はあまり自信がないんだ」


 困惑しながら答えたジャレッドにショウゴは自分の片手半剣(バスタードソード)を手渡した。ジャレッドがそれを手にして構えたところ、重すぎると返される。その結果、ジャレッドが重傷の冒険者を背負うことになった。


 話をまとめたショウゴはクィンシーに振り向く。


「こいつを連れて帰る打算はついたぞ。これでいいだろ」


「そこまでして連れて帰ろうとする理由はわからんが、まぁいいだろう。なら、まずはその骨の位置を元に戻さないとな」


 小さく首を振ったクィンシーがため息をついた。それを見たショウゴが小さく苦笑いする。


 ともかく、これで重傷の冒険者を助けることが決まった。最初にするべきことは外に突き出た骨の位置を元に戻すことだが、ここで大きな問題が立ちはだかる。開放骨折の直し方を3人が知らないということもあるが、その他にも患者の冒険者がその痛みに耐えられそうにないという点だ。下手な拷問よりも苦しいことを全員は想像する。


 そこでクィンシーは重傷の冒険者にまず睡眠(スリープ)の魔法をかけた。意識を失わせて痛みを感じさせなくするのだ。こうすれば暴れることもない。


 治療のための前準備を終えた3人は開放骨折の治療を始めた。多少おかしくなっても魔法でどうにかなるというクィンシーの言葉を信じ、ナイフで傷口を広げて骨を元の位置に戻してやる。それからクィンシーが魔法で重傷の冒険者の傷を治療した。


 すべてを終えると3人はその場にへたり込んだ。精神的にかなりきつかったので疲労が強いのである。まだ迷宮の中なので危険なのだが、この間だけは全員の気が緩んだ。


 生存者の治療に成功した3人は近くの部屋に罠がないか確認した後、そこで1泊することに決めた。元々砂時計による計測で1日の終わりが近かったこともあるが、なぜこんな事態になったのかを知るためには現場の近くにいる必要があったからだ。


 結局生き残った冒険者が目覚めたのは翌日だった。そして、ショウゴとジャレッドが2人で目覚めた冒険者に負傷した理由を聞く。


 それによると、彼ら4人組は地下6層で活動していたところ、落とし穴(ピットフォール)に引っかかって階下に落ちたらしい。2人は即死、もう1人はしばらく生きていたが途中で息を引き取ったという。


 事情を聞いた3人は顔をしかめた。罠の性質上そうなることは前から想像していたが、いざその実例を目の当たりにして嫌な気分になったのである。


「足の治療は一応したが、衰弱がひどい。町まで背負って帰ってやるから安心しろ」


「お、恩に着る」


 弱々しい笑顔を浮かべた冒険者の男はまた目を閉じた。


 それを見ていたクィンシーが他の2人に声をかける。


「そろそろ行くぞ。そいつのためにも、ここでいつまでもじっとしてるわけにはいかん」


「わかった。ジャレッド、背を向けて片膝を付いてくれ。こいつを背中に乗せるぞ」


「おう。うぉっ、重いな」


「これでも装備は全部外したんだが」


「それは置いていってもいいのか?」


「持って行けないんだから仕方ないだろう。他の遺体から小物や金は持ってきたが、それ以上は俺たちだけじゃどうにもならないよ」


「そうだな。あれもこれもというわけにはいかないか」


 ショウゴの言葉にジャレッドがうなずいた。ジャレッドも霊体によっていくらか衰弱しているので余裕はない。しかし、ショウゴの補佐によって何とか立ち上がった。


 それを見ていたクィンシーが出発の号令をかける。そうして3人は部屋を出て歩き始めた。

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