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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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地下8層

 1日の終わり頃になって地下8層へと降りたショウゴとクィンシーは階段近辺を探索した。それでわかったことは、罠に関しては地下7層と変わらないということと、同種の魔物が強くなっているということだ。階層を降りたことによる変化は上層と中層の2つと同じというわけである。魔物が強くなったことは面倒だが、罠に関しては2人とも安心した。


 そうして地下8層の探索に関する足がかりを得た2人はこの階層で一晩を過ごす。今回は普通の部屋での1泊なのでショウゴが喜んだ。眠るときは微笑みながら目を閉じた。


 翌日、出発の準備を整えて立ち上がったところで、ショウゴはクィンシーに声をかけられる。


「ショウゴ、この階層の探索は地下9層へ続く階段のある部屋に加えて、『図書館』型の特別な施設も探していく」


「前に言ってたやつか」


「そうだ。この迷宮に関する手がかりが見つかる可能性があるからな。避けては通れん」


「その『図書館』型の特別な施設は入るのに専用鉄貨は必要なのか? 俺は1枚しか持ってないが」


「途中で別の特別な施設に入って、手に入れるしかないだろう。最悪、お前の専用鉄貨をもらおうと考えてるんだが」


「だったら今渡しておくよ。俺は進んで入りたいとは思わないから。ああでも、手伝いとして必要なら俺も持っておかないといけないのか」


「とりあえず、お前の1枚はもらっておこう。後はそのとき考えればいい」


 話がまとまるとショウゴはクィンシーに自分の専用鉄貨を手渡した。これで手元に専用鉄貨は1枚もない。


 探索の方針が決まると2人は野営地としていた部屋を出た。先頭に立ったショウゴはクィンシーの指示に従って通路を歩く。前日の探索である程度慣れたとはいえ、どこで魔物と遭遇し、いつ罠にかかるかわからない環境というのは神経を確実にすり減らしていった。


 何度か小休止を挟んで探索を進めた2人はやがて昼休憩を迎える。食事をするために調査済みの部屋へ入ろうと来た道を引き替えそうとした直後、通路の奥から聞こえてきた悲鳴を耳にした。


 男の叫び声が断続的に聞こえる中、2人は顔を見合わせる。


「クィンシー、この先で誰か魔物に襲われてるみたいだな」


「そのようだな。どうせ昼から探索する場所だ。様子を見に行くか」


 若干渋い表情をしたクィンシーが小さくため息をついた。方針の決まった2人は再び体を反転させて通路の奥へと進む。


 悲鳴の上がった場所はそう遠くはなかった。突き当たりの曲がり角を曲がってすぐの所にある部屋の扉が開け放たれている。その前に1人の冒険者が倒れていた。


 先頭を歩いていたショウゴが倒れた冒険者に近寄って片膝を付く。


「おい、どうした? 何があったんだ?」


「そこの、幽霊(ゴースト)のいる部屋に入って、やられた」


 既に部屋の中を覗いているクィンシーの後ろからショウゴも室内を見た。いくつもの霊体が部屋の中をさまよい、延々と歪んだ喜びの声を上げているのを目にする。霊体の姿は割とはっきりと見えていてそのすべてが冒険者のようだ。また、霊体はかすかに何らかの言葉を発している。それが特によく聞こえるのは、室内で倒れた冒険者に群がっている霊体からだった。早く素晴らしい世界で共に生きようと喜びの声を上げている。


 霊体に捕食されているとも言うべき光景をショウゴが見ていると、クィンシーが振り向いた。そうして首を横に振る。


「部屋の中の3人はもうダメだな。手遅れだ」


「もう死んでるのか」


「生きていてもあれじゃ助からない。それに、ああ正に今、お仲間になったみたいだな」


 振り向いて部屋の中へと顔を向けたクィンシーに釣られてショウゴも室内に目を向けた。すると、悲鳴なのか喜びの声なのかよくわからない叫びを上げながら、倒れた冒険者から半透明な何かが出てくる。やがてそれは肉体から完全に離れると他の霊体に混ざった。それがあと2回繰り返される。


 珍しくも衝撃的な光景を目の当たりにしたショウゴは固まった。そこへクィンシーが声をかけてくる。


「生きてるのはその男だけになったな」


「そうだな。おい、しゃべれるか? パーティ名と名前は?」


青い雷(ブルーサンダー)のジャレッドだ。な、仲間は?」


「まだ部屋の中で、今、霊体になったらしい」


「ああ、そんな」


 沈痛な面持ちでショウゴが伝えると、弱っているジャレッドは気落ちした。さすがにこれはまずいと考えたショウゴは水を飲ませるなどして気分を落ち着かせる。その甲斐あってジャレッドの顔色は少し良くなった。


 そこでショウゴはジャレッドに事情を問いかける。


「ジャレッド、ここで一体何があったんだ?」


「この階層を探索しててある部屋から出たら知らない場所にいたんだ。それで階段を探し回ってたら、この部屋を見つけて奥に宝箱があるのに気付いたんだ。あんなに幽霊(ゴースト)がいるから危ないのはわかってたけど、どうしても中が気になって中に入ったらあいつらに襲われたんだ」


 話を聞いたショウゴは微妙な表情を浮かべた。自業自得の話である。しかし、同時に気になる点もいくつかあった。顔を上げてクィンシーへと話しかける。


「クィンシー、その部屋の中に宝箱なんてあったか?」


「あったぞ。恐らく見た者を引きつける呪いがかかってるみたいだ。何も知らないと危険だな。引きつけられる可能性がある」


「この部屋って霊体が多いけど、上層と中層にもこんな部屋があったよな」


「似たような感じの部屋ではあるよな。上2つよりもより積極的に犠牲者を引っぱってこようとする点がより悪質だが。確かこの部屋は『救済の部屋』と呼ばれてるらしいぞ」


「どこが救済なんだよ。地獄じゃないか」


「でも、霊体になったヤツはみんな嬉しそうだろう?」


 死んだ冒険者から霊体が出てきたときのことをショウゴは思い返した。群がっていた霊体は確かに喜びの声を上げていたような気がする。今室内で浮いている霊体の声ははっきりと聞こえないが、確かめたいとは思わない。


 黙るショウゴに対してクィンシーが言葉を続ける。


「それにしても、そのジャレッドは気になることを言ってたな。この階層を探索していてある部屋から出たら知らない場所にいたのか。ジャレッド、そのある部屋に入る前と後で何か変わったことはなかったか?」


「よくわからない。あったとしてもオレたちは気付かなかった」


「知らない場所だとどうやって気付いたんだ?」


「部屋から出たときの通路の形や扉の位置が入る前と違ったんだ。それで気付いた」


「どうも悪性転移バッドトランスポーテーションに引っかかったみたいだな」


「なんだそれ? ろくでもなさそうな名前だけど」


「かなり嫌な罠だぞ。別の場所に強制的に転移させられるからな。転移先によっては死ぬことが確定することもある」


 雇い主に説明を求めたショウゴは嫌そうな顔をした。強い魔物や厄介な罠に囲まれた場所に転移させられたら確かに生きて戻れる可能性は低くなる。かなり陰湿な罠に思えた。


 ショウゴとクィンシーが2人で話をしていると、ジャレッドが声を上げる。


「すまないが、オレを町まで連れて行ってくれないか? 謝礼は大したことはできないが」


「そこまではなぁ」


「いいんじゃないか? どうせそろそろ地上に戻る時期なんだし、自分で歩けるなら一緒に連れて帰っても」


「時期はそうかもしれないが、さすがに対価が見合わないとなると余計な苦労を背負うだけこっちが損だぞ」


「だったら、この地下8層の地図を写させてもらったらどうだ? ジャレッドたちは俺たちとは全然別の場所を探索していたみたいだし、これなら悪くない取り引きだろう?」


「あー、それならいいの、か?」


「ジャレッド、俺たちはこの階層にある『図書館』型の特別な施設を探してるんだが、見かけなかったか?」


「他の部屋のものよりも立派で何かの印がある扉ならひとつ見かけたぞ。地図にも描いてある。ただ、その地図はあの部屋で死んだ仲間が持ってるんだ」


 ジャレッドの話を聞いたショウゴがクィンシーに顔を向けた。その表情はとても渋い。


 思わぬ話を聞いたショウゴとクィンシーはジャレッドを町まで送ることで合意した。問題は知りたい情報が描かれている地図が救済の部屋の中にあることだ。


 相談の結果、クィンシーが魔法で室内の霊体を追い払っている間に、ショウゴが地図を持っている冒険者の遺体を通路まで引っぱり出すことになった。遺体を乱暴に扱うことになるがこの際やむを得ないとジャレッドも同意する。


 いざ作戦を実行したショウゴは生きた心地がしなかった。クィンシーが追い払っているとはいえ、いくらでも自分に迫ってくる霊体の姿は見ていて恐ろしい。目当ての遺体にたどり着くと何も考えずに通路まで一気に引っぱる。


 終わってから、こういう体験はもうしたくないとショウゴは強く思った。

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