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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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足りないこと

 夢現の休憩室で1泊したことで体調を悪くしたショウゴだったが、探索は続行となった。精神的にはひどく疲れているが肉体的には問題ないからだ。それに、この程度でクィンシーが探索中止を決断するわけがないことも知っている。昨日出会った顔色の悪い冒険者たちも活動していたことを持ち出されると反論しにくい。


 そんな理由で朝の準備が終わると2人は探索を始めた。今まで通り慎重に未踏地の通路を進む。たまに魔物がやって来ては撃退し、部屋を見つけては調べて何もないことを確認した。そして、ある程度進むと小休止は挟む。


「でも、何でこんな迷宮なんてあるんだろう」


「どうしたんだ、一体?」


 小休止中、水袋に口を付けた後にショウゴがぽつりと漏らした。もう何度も探索をしている悪意のダンジョンだが、自然発生した洞窟とは違い、明らかに何者かの手によって造られたものだ。そうなると、必ず造った意図というのがあるはずである。


「今は悪意のダンジョンって呼ばれてるが、元は奇跡のラビリンスって呼ばれたここは、なんで造られたのかなって思ったんだ」


「あらゆる願いを叶えるための試練としてだろう。それだけの奇跡を手に入れられるのならば、相応の難関は乗り越えるべきだ」


「この迷宮の本当の名前が奇跡のラビリンスだったらそうなんだろう。でも、善意のラビリンスっていう呼び方もあるんだよな? どっちが古いかはわからないが、善意のラビリンスっていう名前が本来だったらどうなる?」


 問いかけと同時にショウゴはクィンシーの顔を見た。その表情は真剣だ。しかし、いつまでも黙っているので更に言葉を続ける。


「特別な施設がいくつもあったから俺たちは入ったよな。どこもひどいもんだったけど、あれって命懸けっていう点を除いたら結構まともな感じにならないか?」


「というと?」


「100メートル走やリレーのような陸上競技、演劇、舞踏、盤上娯楽(ボードゲーム)、美術。どれも普通の文化活動じゃないか」


「格闘技や武闘技が抜けてるぞ」


「あれはちょっと怪しいが、それだって死なない方法で試合はできるだろう。格闘技なんかは特にな」


 前の世界の娯楽や遊技を思い出しながらショウゴはゆっくりとしゃべった。根拠のない直感だが、元々善意のラビリンスなのではないかと話しているうちに思うようになる。


「それが全部、いつの間にか歪んで今のようになった。なんで歪んだのかはわからんが」


「一考の余地はあるかもしれないが、全部推論だな」


「まぁな。そんなに外れてるとは思わないけどな」


「さて、休憩は終わりだ。探索を再開するぞ」


 立ち上がったクィンシーは体をほぐした。続いてショウゴも立ち上がり、背伸びをする。


 そのまま最低限の言葉を交わして通路を歩き始めた。




 昼休憩が終わり、ショウゴとクィンシーは地下7層の探索を続けた。たまに盲目空間(ブラインドスペース)で行く手を阻まれるが、他に行ける場所はいくらでもあったので避けて通る。その先に下に降りる階段がないとも限らないが、幸い今のところ迂回できるのでそうしていた。目に見えない場所というのはそれだけ恐ろしく感じるのだ。


 そうやって通過や部屋を探索しているとたまに嬉しい出来事がある。宝箱の発見だ。地下1層から数えるともう何度も開けているので中身は大体予想が付くが、それでもやはり嬉しいものは嬉しい。


 とある部屋に入ったとき、扉とは反対側の壁に寄り添うように置いてある宝箱を見てショウゴが喜ぶ。


「宝箱があるぞ。久しぶりに見たな!」


「この階層では初めてだな」


 悪夢を見て悪くなった体調などもうないかのようにショウゴが足取りも軽く宝箱に近づいた。そうして目の前で片膝を付き、目を輝かせながら宝箱の蓋を触ろうとする。しかし、途中で体を止めた。何らかの違和感に眉を寄せる。


 見た目は今まで見て来た宝箱とほぼ同じ形だ。色も大体変わりない。なのに、何をおかしいと感じているのかとショウゴは首を傾げる。


 ショウゴはそのままじっと宝箱を見つめた。少しして考え方を逆にする。何を違うと感じて、そして変わっていると考えたのか。


 そもそも、地下1層からたまに見かける宝箱の形や大きさはどれも同じだった。つまり、『ほぼ』や『大体』と思った時点でおかしいのだ。なぜこの部屋の宝箱だけ微妙に違うのか。


 気付くと違和感が目立ってくる。同じではない。そう判断したショウゴはゆっくりと宝箱から離れる。


「ショウゴ、どうした?」


「この宝箱はおかしい。魔法で確認してくれないか? 今まで見て来たのと少し違うんだ」


「わかった。下がってろ」


 多少怪訝そうな表情を浮かべながらもクィンシーが魔法で宝箱について調べようとした。呪文を唱えて魔法を発動させると、その瞬間、いきなり宝箱が口を開けて長い下を伸ばしてくる。


「うぉっ!?」


「ちっ、擬宝箱体(ミミック)か!」


 伸びてきた舌を躱すためにショウゴとクィンシーは左右に横っ飛びした。着地した先で、ショウゴは片手半剣(バスタードソード)を、クィンシーは長杖(スタッフ)を構える。


 正体を現した擬宝箱体(ミミック)はもはや遠慮なしに襲いかかってきた。本体と蓋の縁から突き出る鋭い牙をこれみよがしに曝しながら、長い舌をショウゴへと素早く伸ばす。


 狙われたショウゴは再び横に小さく体をずらすと両手で持った片手半剣(バスタードソード)で伸びてきた舌を下から上へと切りつけた。すると、引っ込む寸前で剣先が当たって舌が半ばから切断される。


 痛覚があるらしい擬宝箱体(ミミック)は舌を引っ込めてその場で暴れた。口を開けてのたうち回る。そこへクィンシーの放った火の玉が炸裂し、擬宝箱体(ミミック)にぶつかると派手に爆発した。動きが一気に弱る。


 ここで仕上げとばかりにショウゴが擬宝箱体(ミミック)の口の中に片手半剣(バスタードソード)を突っ込んでかき回した。最初は暴れていた擬宝箱体(ミミック)もついには動かなくなり、魔石へと変わる。


「あー、やっと終わったぁ」


「まさか擬宝箱体(ミミック)とはな。よく気付いたじゃないか」


「いやぁ、勘ってやつもたまには役に立つもんだよ」


 雇い主から褒められたショウゴは疲れた笑いを向けた。結構危なかったことは内緒である。日頃の観察眼の賜物だと自画自賛した。


 魔石を拾って部屋を出た2人は探索を再開する。地下8層へ続く階段を探し出さないといけない。今までの経験からまだ数日はかかるだろうと考えていたショウゴなどは、見つからないのは当然と思いながら通路や部屋を調べていく。


 砂時計が尽きるごとに逆さに向けていき、本日最後の期間に入る。あと鐘の音1回分でこの日の探索は終了だ。


 今日は1日中調子が悪かったので早く眠りたいと思いつつショウゴが探索をしていると、とある扉を開けたときにそれを見つけた。下に降りる階段だ。まさかの発見に驚く。


「いつもより早く見つけられたな」


「結構なことじゃないか。これも日頃の行いの賜物だな」


「どっちのだ?」


 尋ねたショウゴに対してクィンシーがにやりと笑った。黙ってはいたが何を言いたいのかは明白だ。ショウゴは半目で見返したが特に効果はない。


 楽しそうにするクィンシーが部屋の中に入った。そのまま階段へと向かってゆく。


 そこでショウゴは黒猫がいないことに気付いた。いつもなら階段の側にちょこんと座っているはずなのに今回は影も形もない。こんなことは前にもあった。しかし、なぜ姿を現さないのかは未だにわからない。クリュスは黒猫に導かれることを望んでいるようだったが、そもそもどうすれば導いてくれるのかがわからないのでどうしようもなかった。前に再会したときに条件を聞いておけば良かったと後悔する。


 階段の手前で立ち止まったクィンシーが振り向いた。扉の前で立ち止まっていたショウゴに声をかける。


「どうした。早く来い。今日は下に降りて時間いっぱい探索するぞ」


「ああ、わかった。今行くよ」


 先に階段を降りてゆくクィンシーの後を追ってショウゴも部屋の中を小走りに進み、階段を降りた。先を進む雇い主の背中を見ながら色々と考える。


 現状、悪意のダンジョンの奥へ進むという予定は順調に進んでいると見て良い。探索に多少時間がかかることはあるが今まで詰まったことはないからだ。それと、自分たちの能力的に見て最下層まで向かうことは不可能ではないと思えた。


 しかし、下の階層へと向かうほどに謎が増えていっているのがショウゴには気になる。最初は黒猫タッルス、次にクリュス、小さな水晶、そして善意のラビリンス。謎は増える一方で解決する目処がついていない。


 階段を降りるとそこは今までと変わらない造りの部屋だった。クィンシーは早速羊皮紙とペンを取り出して地下8層の地図を描いている。


 その間、ショウゴはいつも通り雇い主の警護をしていた。新たな階層に降りたときは毎回緊張する。


 地図への描き込みが終わると2人は扉を開けて通路へと出た。

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