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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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夢現の休憩室

 地下7層の探索を本格的に始めて半日が過ぎた。ショウゴとクィンシーは調査済みの部屋で昼休憩に入っている。2人は干し肉と黒パンを黙々と食べていた。


 すべて食べ終わると一息つくのだが、そのときにショウゴがクィンシーに話しかける。


「クィンシー、さっきの『饗宴場』型の特別な施設だが、専用鉄貨がなかったことを差し引いても興味なさそうだったな。前は積極的に入ろうとしてたのに」


「今も変わらないぞ。ただ、優先順位が少し変わっただけだ」


「優先順位?」


「地下8層に『図書館』型の特別な施設があるんだが、そこに入ろうと思ってるんだ」


「何かあるのか?」


「冒険者ギルドの資料に、あそこには奇跡のラビリンスに関する資料が豊富にあると書いてあったんだ。だから、何かしら有力な情報があるかもしれないと睨んでるんだよ」


 余裕の表情で説明する雇い主を見ながらショウゴは曖昧にうなずいた。図書館型というからには資料がたくさんあることは理解できる。ただ、それがまともな資料なのかと問われると首を傾げた。今までの特別な施設の内容からしてかなり怪しく思えたからだ。しかし、そこ以外に善意のラビリンスについて調べられる場所をショウゴは知らない。なので、頼らざるを得ないという事情があるので止めることもできなかった。


 昼休憩が終わると2人は探索を再開する。相変わらず嫌な位置にある罠や地味に面倒な戦い方を強いられる魔物に苦労しながらも地図の描き込み範囲を広げていった。


 そんなあるとき、2人は別の冒険者パーティと通路上で出会う。あまりこういう出会い方に良い印象がないショウゴなどは身構えたが、今回会った冒険者たちはやたらと親しげだった。妙に馴れ馴れしいと思えるほどである。


「よう! 稼げてるか?」


「まぁそれなりには。そっちはどうなんだ?」


「悪くないぜ。罠が厄介だが、魔物は散らばってるから戦いやすいんだ、オレたちにとっては」


「魔物も魔法を使う奴が出てきたからそれが面倒だけど、そっちはどうしてる?」


「とりあえず1人だけは魔法を使う魔物に向かわせてるぜ。でなきゃ一方的にこっちがやられちまうからな」


 いささか距離が近い面々だが話しやすいのは確かだった。そのため、ショウゴも色々と気になったことをぶつけて会話をしてみる。さすがにこの階層で戦う冒険者たちだけあって有益な話を聞くことができた。


 珍しく楽しげに話をしていたショウゴは結構話をしていることに気付く。ちらりと雇い主を見ると話を切り上げようとしていた。それならばとショウゴも話を終えようとする。


「楽しく話ができて良かったよ。それじゃ、俺たちはそろそろ探索に戻る」


「そうか! だったら、最後にひとつだけいい話をしておくぜ」


「いい話?」


「ああ、この迷宮の中で寝るときっていうのはいつだって油断できねぇだろ? でも、この地下7層には例外的に罠もなく、魔物も寄ってこない場所があるんだ」


「へぇ、どんな所なんだ?」


「夢現の休憩室って場所なんだ。とにかくいい寝床だから利用した方がいい。せっかくだから場所を教えてやるよ!」


 前にも休憩室という名の部屋があったことを思い出したショウゴはわずかに顔を引きつらせた。その系統の部屋の気配がして警戒心が上がる。更に、宿屋の主人が言っていたことも頭に浮かんだ。下層で活動している冒険者はどうかしていると。やたらと明るくて話しやすい冒険者たちだが、それがまともだという保証はないのだ。陽気に明後日の方向へと向かう人たちと上の階で既に会って知っていたはずだった。


 地図に関してはクィンシーということでそちらに投げようとしたショウゴだったが、あちらはあちらで既に話を聞きながら夢現の休憩室の場所を描いているのを目にする。雇い主も押し切られたのだろうかと不安そうに見つめた。


 最後まで友好的なままで相手の冒険者パーティと別れた後、ショウゴはクィンシーに話しかける。


「クィンシー、さっきの冒険者たちってどうだった? 一見するといい奴らだったんだが」


「そうだな。悪いヤツらじゃなかったのは確かだ。色々と有益な話も聞けたことだし、こういう出会いならいつでも大歓迎だ」


「そうなんだ」


 珍しく機嫌が良さそうな表情を浮かべているクィンシーを見てショウゴはそのまま黙った。最近の雇い主の感性はあまり当てにならないことを思い出す。微妙にやりにくいと内心でため息をついた。


 そうはいっても普段のクィンシーの仕事は前と同じで堅実だ。ショウゴに対して出される指示もおかしいものはない。雇い主としても指揮官としても良い方だ。


 優秀な人物と共に探索を続けたショウゴはあるとき砂時計をひっくり返した。これで今日は残すところ鐘の音1回分だけである。


 そんな頃にまたしても他の冒険者パーティに出会った。今度は4人とも顔色が悪い。前に出会った者たちとは正反対である。何とも心配になる様子だ。


 真正面からやって来たこともあり、ショウゴが最初に声をかける。


「おい、みんな顔が青いぞ。どうしたんだ?」


「ああすまない。ちょっとな。寝不足というか、夢見が悪かったというか」


「魔物や罠にやられたわけじゃないのか」


「そういうのじゃないんだ。ある場所を勧められて一晩泊まったんだが、何か悪い夢を見たような気がしてな」


「それだけでそこまでなるのか。もう1日も終わろうというのに」


「オレたちもおかしいとは思うんだけどな。体調が微妙に良くないんだよ」


 冴えない様子の4人を見たショウゴは先程教えてもらった部屋のことを思い出した。気になったので尋ねてみる。


「その一晩泊まった場所っていうのはどこなんだ? 参考に教えてほしいんだが」


「確か、夢現の休憩室だったかな。平気なヤツは平気らしいが、オレたちはだめだったよ」


「平気な奴もいるのか」


「らしい。オレたちにその部屋を教えてくれた連中は何ともなかったと言ってたな。そもそも本当に泊まっていたかまでは確認できてないが」


「そうか。夢現の休憩室っていうのか」


「合う奴と合わない奴がいるのは間違いない。ただ、実際に一晩泊まってみないと合うかどうかわからないのが難点だな。オレたちとしては止めておけとだけ言っておく」


 そう言うと、4人の冒険者たちは重い足取りで去って行った。それを見送った後、ショウゴはクィンシーへと顔を向ける。


「まさか正反対の意見が出てくるとはな」


「そうだな。ともかく、どんな場所か確認してみる必要はある」


「行くのかよ」


「夢を見るかどうかだけなら実害はないし、罠もなく魔物も入って来ないというのなら泊まる価値はあるんじゃないか?」


「俺は悪夢を見そうな気がするんだよなぁ」


 雇い主に対して嫌そうな顔を向けたショウゴは肩をすくめられてため息をついた。こういう面で積極的なのは本当に勘弁してほしいと願う。


 気を取り直したショウゴはその後も淡々と探索を続けた。特に致命的なこともなくその日の探索を終える。


 そして、その日の寝床だが、例の夢現の休憩室という部屋になった。探索が終わったちょうどその辺りにあったからというのがクィンシーの主張だが、ショウゴはその言い分をまったく信じていない。地図を見ながらどこを探索するのか決めるのは雇い主だからだ。


 諦めて夢現の休憩室に入ったショウゴだが、その瞬間後悔した。前に別の休憩室で見たように壁や天井に罵詈雑言や不穏な言葉がびっしりと書き込まれていたからだ。クィンシーが言うにはたまに意味深長な言葉が書かれているらしいが探す気にもなれない。


 大きなため息をついたショウゴは力なく座り、保存食を口にする。味が全然しない。隣の雇い主をちらりとみると平気そうだった。この図太い神経は素直に羨ましいと思いかけ、頭を振る。


「はぁ、寝たくないなんて思ったのは初めてだ」


「いいから寝ろ」


 見張り番のクィンシーから命じられたショウゴは諦めて目を閉じた。




 翌日、ショウゴはひどい顔で朝を迎えた。交互に見張りをすることで睡眠がぶつ切りになるのには慣れている。なので原因はそれではない。もっとあやふやな理由である。


「ショウゴ、どうした?」


「なんか、ひどい夢を見たような気がするんだが、思い出せない」


「悪い夢なら思い出さない方がいいんじゃないか?」


「それもそうだな。にしても、お前は平気そうだな」


「何ともないからな」


「夢は見なかったのかよ?」


「いい夢を見た気がするんだ。思い出せないが」


 何ともない様子で返答されたショウゴは嫌そうな顔をした。いくら何でも神経が図太すぎるだろうと内心で悪態をつく。そんなことをしても体調は良くならないが。


 不機嫌そうな顔つきでショウゴは荷物から保存食を取り出す。それをつらそうな表情のまま囓り始めた。

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