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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第3章 下層

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地下7層

 鐘の音1回分の探索を終えたショウゴとクィンシーは調査済みの部屋で一夜を明かした。気力体力を回復させた翌日、2人は本格的に地下7層を巡る。


 下層に降りてきた当初、ショウゴは上の階との違いがよくわからなかった。魔物は明らかに違ったが充分対応できた上に罠は同じに思えたからだ。しかし、上に登る階段の周辺を離れるに従ってその悪辣さを理解する。


 とある通路を進んでいたときのことだ。途中で折れ曲がっていたのでそちらへと歩むと数歩先から奥が真っ暗になっていた。


 驚いて立ち止まったショウゴが振り返る。


「クィンシー、ここから先は真っ黒になってるぞ。一体、これは何なんだ?」


盲目空間(ブラインドスペース)だな。その暗い空間の中は何も見えなくなるんだ」


「通ること自体はできるのか?」


「できるぞ。ただし、魔物も通れるから遭遇したらこの中で戦うことになる」


「見えないんじゃ戦いようがないだろう」


光明(ライト)のような魔法の光なら周囲を照らせる。松明(たいまつ)なんかの普通の明かりはダメだが」


「変な空間だな」


「オレもそう思う。が、事実そうなってるんだからしょうがない」


「それで、これからこの中を進むのか」


「いや、一旦戻ろう。何もわざわざ見えない場所を通る必要はない。地下8層へ続く階段を見つけられたらそれでいいんだから、こういう厄介な場所はできるだけ避けよう」


 周囲が見えなくなる場所に突っ込まなくても良いと聞いたショウゴは胸をなで下ろした。いくらクィンシーの魔法で照らせるとはいえ、わざわざ暗い場所に進んで入りたいとは思わない。


 そうして手前の分岐路から別の通路へと移って2人は進む。途中、目に付く扉はすべて罠の有無を調べて部屋の中に入った。いずれも空である。


 あるとき、未踏地の通路を進んでいるときだった。地図を作成する前に魔物に襲われる。上位犬鬼(ハイコボルト)4匹と上位豚鬼(ハイオーク)2匹という珍しい組み合わせだ。通路いっぱいに散開して駆け寄ってくる。


「くそ、一塊(ひとかたまり)になって来いってんだよな!」


 悪態つきつつクィンシーが魔法で迎え撃った。範囲攻撃ではなく、1体ずつ上位犬鬼(ハイコボルト)を狙って倒してゆく。しかし、毎回詠唱するごとに間が空くので近づかれるまでにすべてを倒しきれない。


 一方、ショウゴは戦うときに1匹とだけ対戦すれば良いので楽だが、通路の幅いっぱいに広がる魔物をすべて押しとどめることはできない。クィンシーに向かう上位豚鬼(ハイオーク)の突破を許してしまった。自分自身に向かってきた上位犬鬼(ハイコボルト)を倒すと上位豚鬼(ハイオーク)と対峙する。


 顔をしかめたショウゴが目の前の敵にとにかく集中した瞬間、背中に何かが当たった。背負っている背嚢(はいのう)に何か当たったらしい。気になるので後ろを振り向きたかったが、上位豚鬼(ハイオーク)を目の前にそれはできなかった。まずは目の前の魔物を倒すべく全力を尽くす。


 錆びた戦斧(バトルアックス)を振り下ろされたショウゴはそれを横に避けると片手半剣(バスタードソード)で相手の右手を半ばまで切断した。悲鳴を上げた上位豚鬼(ハイオーク)が足を止めると足の腱を斬って片膝をつかせ、後ろからその首を切断する。


 ようやく自分が引き受けた魔物をすべて倒したショウゴは雇い主の支援に回ろうとした。しかし、そちらへと目を向けると既に戦いは終わった後である。


「ああ、もう終わってたのか」


「さすがにこの程度では殺されんよ。ただ、ああやってばらばらにやって来られたら厄介だな。まとめて魔法でなぎ倒せん」


「俺は1匹ずつ戦えるから逆に楽でいいんだけどな」


「お前は前衛だからな。ところで、背中の荷物に矢が刺さってるぞ」


「え? うぉっ、本当だ!」


 雇い主に指摘されたショウゴは後ろを振り返った。しかし、よく見えなかったので背嚢(はいのう)を下ろしてみる。すると、確かに1本刺さっていた。そういえば、魔物と戦っている最中に背中に何か当たったことがあることを思い出す。


「危ねぇ。そういえば戦ってるときに何か荷物に刺さったのには気付いてたんだよ。どこから飛んできたんだ?」


「オレも自分で精一杯だったからわからんな。仕掛けを発動させた自覚はあるか?」


「いや。ないな。戦いの興奮で気付かなかったという可能性はあるが」


「もしないなら、魔物が発動させた可能性がある」


「うわぁ、そんなの防ぎようがないな」


「まったくだ。これがあるから、ありきたりの罠でも恐ろしいんだよ。自分以外が発動させて自分に襲いかかってくることがあるからな」


 何とも嫌そうな表情を浮かべたクィンシーがショウゴに説明した。こんなもらい事故みたいなことでも死ぬときは死ぬのだから罠は恐ろしい。


 魔物と罠の関係に改めて恐怖したところで、2人は探索を再開した。先程の盲目空間(ブラインドスペース)のような部分があるので地図には虫食いのような空白部分があるものの、それ以外は順調に調べられる。


 そろそろ昼休憩になりそうなあるとき、2人は10人程度の集団がひとつの扉の前に集まっているところに出くわした。まだ未踏地の場所だったので地図を描くために近くで立ち止まる。


 クィンシーが地図を描いている間、ショウゴはその集団の近辺を眺めた。警戒しているということもあるが、単純に気になったからである。


 この集団はショウゴが人数から予想した通り探険隊の一行だった。隊長と助手、護衛と人足という一般的な編成である。どうやらこの扉の向こうに興味があるらしい。その扉へと目を向けると、他の部屋の扉よりも立派で饗宴場(バンケットホール)の印がある。特別な施設だ。この系統の部屋には良い印象がないのでわずかに嫌な顔をする。


 そんな感じでぼんやりとしていると、探険隊側から接触があった。頬かこけた真面目そうな男がショウゴに声をかけてくる。


「君たちもこの部屋に興味があるのかね? ああ、申し遅れたが、私はこの探険隊の隊長ハミルトン・アンダーヒルだ」


「冒険者のショウゴです。それで、興味についてですが、変わった模様が描いてありますから、それなりには気になりますよ」


「ということは、この部屋が何であるか知らないのか」


「特別な施設だっていうことはわかりますが、それ以上のことは」


「なるほど、そうか。ここはな、頭のおかしい狂人がその思想を開陳する場所なんだ」


「饗宴場って宴会をする場所じゃないんですか?」


「はるか昔の話だが、かつては議論や討論をするために宴会場が用意されることが多かったそうなんだ。そして、そこで飲んだり食べたりしながら主張を戦わせたらしい」


「へぇ、知り合いと飲み食いしながらしゃべるみたいな感じですか?」


「そういったものもあったかもしれないが、かなり真面目なことも話していたみたいだぞ」


「そのために宴会場を設けるんですか。変わってるなぁ」


 前の世界から通してみても、ショウゴはそんな風習を見たことも聞いたこともなかった。あるいは知らないだけかもしれないが、少なくとも自分の住んでいた国にはなかったという記憶がある。


 何やら和みながら話をしていたショウゴだが、この特別な施設がそんな平和な使節だとは到底思えなかった。恐らく、それを元にして凶悪なものになっているのだと確信する。


「それで、この部屋ではそんな感じで議論や討論をするんですか」


「ただし、まともではないがな。何しろゲテモノ料理を食べながらという時点で相当狂っているが、それに輪をかけておかしいのが相手の論者の主張だ。最初の方はまだ論理的に話をしようとするのだが、途中から、特に追い詰められるとでたらめな主張を勢いで押し通そうとするんだよ」


「嫌ですね、それ」


「そうだな。私も何度か挑戦したが途中で根負けして言い負かせたことがない。それが悔しくてね。こうやって何度も挑戦しようとしているんだ」


「ということは、これからまた挑戦するんですか」


「そうなんだが、私だけではどうにも力不足なんで、誰かに協力してほしいんだ。ただ、冒険者ギルドに依頼を出しても反応はないし、困っているんだ」


 何事にもこだわる人はいるものだとショウゴは感心しつつも呆れた。こんな悪意のダンジョンで固執しても良いことがあるようには思えない。


 ショウゴがそう思っていると、ハミルトンが問いかけてくる。


「もし君たちもここに入るのなら一緒にどうかね?」


「どうかねと言われても、俺は専用鉄貨を1枚しか持ってないですし。クィンシー、そっちは専用鉄貨を何枚持ってるんだ?」


「お前と同じ1枚だ。だから入れん」


「だそうです。一緒には無理ですね」


「それは残念だ」


「地図が描けた。ショウゴ、行くぞ」


 羊皮紙とペンをしまったクィンシーからショウゴは声をかけられた。特別な施設に入りたいとは思わないのですぐに応じる。ハミルトンは話が終わると自分の探険隊に戻っていった。


 それを見たショウゴはクィンシーの前に立つ。背後から雇い主の指示を受けると周囲に警戒しながら歩き出した。

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