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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第2章 中層

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特別な施設への集中

 地下7層へ続く階段を発見して一夜が明けた。前日のいつもと違う行動からクィンシーはすぐに階下へ降りると考えていたショウゴだが、その予想は外れる。今日は特別な施設を巡った後、一旦町に戻るとのことだった。


 意外そうな表情を浮かべるショウゴがクィンシーに疑問を投げかける。


「少しでも下の階層を探索すると思ってたが、違うんだな」


「この階層にある遊技場型の特別な施設に入っておきたいからだ」


「専用鉄貨が足りなくて入れなかったところか」


「そうだ。今日は専用鉄貨を稼いであそこに入るのを目標とする」


「特別な施設巡りかぁ」


「それが終われば町に一旦戻る。今日で5日目、1度の探索だとそろそろ限界だからな」


「地下7層は次回ってわけか」


「そういうことだ」


 遊技場の何にそれほど惹かれるのかショウゴは理解できなかったが、元々クィンシーが特別な施設に一通り入りたがっていたことを思い出した。隠し部屋にも強い興味を示していたことから何でも見ておきたいのかもしれないと考える。


 ただ、地下6層の特別な施設は今のところ遊技場と美術館の2つしか見つけていない。専用鉄貨を手に入れられる場所は未発見なのでこれから探す必要があった。見つからないときは本当に見つけられないので、一体どうやって探すのかショウゴは不思議に思う。


 そんなショウゴの内心などお構いなしにクィンシーは探索を再開した。一晩過ごした地下7層へ続く階段のある部屋近くから上に登る階段側へ向かって進んでゆく。


 探索の方法は前日までとは微妙に変わった。午前中は通路の調査のみで午後から部屋の探索というやり方を、調査済みの通路に囲まれた区域が現われた時点で部屋を探索する方法になる。1日単位で計画していた探索がその都度方式に変わったわけだ。これは、探索を最小限にして奥へ進もうという意思の表れである。


 雇い主の言動の変化に戸惑いながらも調査を進めたショウゴだったが、早速特別な施設を発見した。闘技場(コロシアム)の印がある扉である。


「クィンシー、闘技場型の特別な施設が見つかったぞ」


「そうか、では入るぞ」


「躊躇わないんだな。前にひどい目に遭って嫌がってたのに」


「専用鉄貨を稼がないといけないんだ。贅沢は言ってられんだろう」


「それはそうだが」


 あまりにもあっさりと割り切った雇い主の言い方にショウゴは驚いた。そんな簡単に気持ちを切り替えられるものなのかと首を傾げる。そうは言っても、クィンシーがさっさと扉を開けて中に入ったので慌てて続いた。


 扉の向こうには円形の闘技場が広がっていた。上の階層と同じで、観客席はすり鉢状の側面に座席が段上に連なっている。出入口はその最上段にあった。


 どこからともなく聞こえてきた声によると、今回はここで武器を使った武闘技の試合をするらしい。もちろん殺し合いである。参加者であるショウゴとクィンシーは武具を身につけて小さい踊り場に1人ずつ立つよう指示された。


 最初はショウゴが挑戦する。荷物をクィンシーに預けると小さい踊り場に立った。すると、闘技場の中央に転移する。目の前には革の鎧を身につけて槍を持った人形が立っていた。合図と共に試合が始まる。


 傭兵ほどではないにしろ、冒険者も人と戦うことは少なくない。ショウゴは日々の戦いと同じ感覚で戦う。人形の強さは平均よりも上だったが、言ってしまえばその程度だ。なので割にあっさりと勝てた。人形の右手首を切り落とし、首を切り裂く。それで試合は終わる。


 観客席に戻って来たショウゴはクィンシーから預けていた荷物を受け取った。次いでクィンシーが自分の荷物と長杖(スタッフ)を預けてくる。


「魔法で攻撃はできないんだろう? 大丈夫なのか?」


「どうにかする」


 素っ気なく返答されたショウゴはそれ以上何も言えなかった。クィンシーは自分に身体強化の魔法をかけた後、更にダガーにも風属性の魔力付与をする。


「武器に魔法をかけてもいいのか?」


「これがダメなら、魔法の武器も使えないということになる。だから大丈夫なはずだ」


 言われてみると確かにその通りなのでショウゴは納得して黙った。


 闘技場の中央に転移したクィンシーの相手は剣を持った人形だ。槍よりは攻撃範囲は狭いがダガーよりは広い。それを身体強化した体でどこまで補えるのかが肝である。


 試合が始まるとクィンシーは積極果敢に攻め立てた。近接戦闘であそこまで動けたのかとショウゴが驚くほどである。剣とダガーの間合いの違いも感じさせないくらいだ。


 そんな圧倒的な試合運びをしたクィンシーは短時間で勝利した。観客席に戻って来た雇い主に驚くショウゴが声をかける。


「そんなに動けるんだったら、どうして前の格闘技の試合はああだったんだ?」


「武器が使えるというのは、やはり違うものだ」


 目の前に現われた専用鉄貨2枚を手にしながらクィンシーは何でもないように返答した。荷物を受け取るとすぐに部屋を出て行く。


 それからまた探索を再開した2人だが、今度は次の区域で競技場型の特別な施設を発見した。中に入ると競技は障害物競走だという。いくつもある段差と水濠を乗り越えつつも走り抜ける競技だ。時間の経過と共に天井が下がってきたので、のんびりしていると天井と床に挟まれて押しつぶされてしまう。魔法で身体強化ができないショウゴは結構きわどい状態で完走した。ここでも専用鉄貨を2枚手に入れる。


「これで遊技場に行けるな。すぐに向かうぞ」


「遊技場に何かあるのか?」


「何があるのかわからんから入るんだ。冒険者ギルドにある資料以外のことがわかるかもしれんだろう」


 実際に体験すると意外なことがわかるということはショウゴも認めていた。なのでとりあえずやってみようというクィンシーの主張も理解できる。しかし、前のめりすぎるような気がするのだ。それが何やら危なっかしく思える。


 それでも雇われている以上は従わないといけない。ショウゴはクィンシーと共に遊技場型の特別な施設に向かう。遊戯場アミューズメントホールの印がある扉を見つけると専用鉄貨を支払って中に入った。


 室内は一見すると単なる大広間だった。しかし、床には何やら絵などが描かれている。出入口近辺は開始(スタート)とあり、そこから梯子のように続く枡目が伸びていた。双六の盤面である。


「チェスの方じゃないんだな」


「みたいだな。何にせよ、入った以上はやるしかないわけだが」


『これより、遊戯者の人生(ライフオブプレーヤー)を始めます。参加者は開始(スタート)に集まってください』


 例の声がどこからともなく聞こえてきた。題名を聞いたショウゴはちらりと雇い主に目を向けたが特に他意はない。条件反射だ。


 この双六の決まりは単純で、六面のサイコロを振って出た数だけ進み、到達(ゴール)にたどり着くというものだ。途中の枡目には人生における様々な場面が端的に書かれている。古い文字なのでショウゴにはさっぱり読めないが。


 参加者はショウゴとクィンシー、それに人形2体と4人で行うようだ。例の声によると、到達(ゴール)にたどり着くのが最も遅い者は闘技場に強制転移されて大量の魔物と戦うことになるらしい。最低だとショウゴは思った。


 双六が始まった。最初はショウゴの番である。中空に現われた頭部くらいの軽いサイコロを盤面に投げると『2』が出た。その枡目に進む。


『幼少時、あなたは年上のお友達と喧嘩をして殴られました』


 例の声が枡目の文章を読み上げると、ショウゴは見えない力で殴られた。突然のことで驚き、声を上げる。


「実際に体験するのか!」


 遊技が始まってからようやくどんな内容なのかを知ってショウゴは愕然とした。しかも、この調子で今後も進んで行くとなると暴力的な内容ばかりということになる。


 こうして参加者が次々とサイコロを振っていったのだが、クィンシーの出目だけがやたらと良かった。基本的に『4』以上しか出ないのだ。一方、ショウゴと人形のひとつは『3』以下が大半である。つまり、暴力的な仕打ちをそれだけ受けた。雷撃、火あぶり、水攻めと、疑似体験とはいえちょっとした拷問だ。一体どんな人生なんだとショウゴが叫ぶ。


 何とか最下位は免れたものの、到達(ゴール)したときのショウゴは精も根も尽き果てていた。クィンシーの倍以上、しかも内容はより苛烈なものだったのでしばらく倒れ込む。


 最初に到達(ゴール)したクィンシーには賞品として、刃の部分が真っ黒なナイフが与えられた。しかし、雇い主はそれをすぐにショウゴへと渡す。


「お前はかなり苦労してたからな。記念にやるよ」


 苦笑い、というよりもにやにやと笑うクィンシーから賞品を与えられたショウゴは嫌な気分になった。ついこの間までこんな笑い方をされることはなかったので戸惑う。


 しばらく休憩してようやく起き上がったショウゴは面白くなさそうにナイフを背嚢(はいのう)にしまった。

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