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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第2章 中層

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新しい水晶

「あ~、いってぇ」


 悪意のダンジョンの中を慎重に歩きつつも、ショウゴは鼻を中心とした顔をたまに手でさすっていた。その顔は渋く、全体的に意気消沈している。


 後方を歩くクィンシーは今もたまににやにやと笑っていた。ショウゴがつぶやく度にである。


「なんだよ、まだ笑ってるのか」


「そりゃ面白いからな。100レテム走のときにオレも最後は壁にぶつかったが、あのときお前も笑ってたじゃないか」


「そうだけど、あのときと状況が違うだろう。俺はいきなり転移させられたんだぞ」


「走りきったら転移するってことは事前に聞いてたじゃないか。言い訳にならんな」


 後ろを振り向いて抗議したときににやつきながら肩をすくめられたショウゴは再び前を向いた。大きく息を吐き出して口を尖らせる。


 現在、ショウゴとクィンシーは地下6層へ続く階段のある部屋を目指していた。リレー競技に参加協力した報酬として階段の場所を探険隊から教えてもらったのだ。おかげで以後の探索を省くことができた。


 結果だけ見ると専用鉄貨も手に入ったので良いことずくめだが、雇い主から笑い者扱いされているのがショウゴには気にくわない。前に自分も似たようなことで雇い主を笑った記憶はあるがここまで引っぱらなかった。これだからしつこい性格の奴はと内心で毒づく。


 面白くないという様子で通路を進んでいたショウゴだったが、やがて階段のある部屋の手前までやって来る。扉に罠がないことを確認すると躊躇うことなく開けた。すると、階段の側で黒猫がちょこんと座っているのを目にする。


「やっぱりいたな」


「そうだな。それに、何かくわえてるぞ。たぶん水晶だろう」


 黒猫がいたことに2人は驚かなかった。なぜいるのかという謎は残っているものの、既に階段の側にいるものという認識になりつつあるからだ。


 2人が扉近くにいる間、黒猫は階段の側で座ったままだったので部屋の中央まで歩く。すると、黒猫が透明な玉をくわえたまま近づいて来きてショウゴの前に腰を下ろした。


 今度はショウゴが片膝を付く。すぐに黒猫はくわえていた玉を床に置いた。それから再び顔を上げる。


 そのとき、横からクィンシーが黒猫を捕まえようと前に出て手を伸ばした。それとほぼ同時に黒猫はその場から飛び退く。その姿はとても優雅でまるで舞っているかのようだった。華麗に着地すると更に何歩かクィンシーから離れる。


「お前、何やってるんだよ」


「不思議な猫だからな。直接触ってみようかと思ったんだが、ダメだったな」


「そんなことをしてたら嫌われるんじゃないのか?」


「まぁ、それならそれで仕方ないさ」


 肩をすくめる雇い主にショウゴは小さなため息をついた。こんなダンジョンにいる猫はある意味野生動物以上に警戒心が強いのは想像できるので簡単に触れるとも思えないが、嫌われて以後姿を見せなくなるというのもそれはそれで寂しいのだ。


 再び床に置かれた玉に目を向けたショウゴはそれを右手で拾い上げる。


「前と同じ水晶か。でも、中に刻まれてる文字は違うな。クィンシー、これは?」


「今度は『cr』だな。全部集めたら単語になるんじゃないのか?」


「にゃぁ」


 可愛らしい鳴き声を上げると、その黒猫は背を向けて階段に向かって歩き始めた。そして、そのまま歩みを止めずに階段を降りていく。後には2人だけが室内に残された。


 2人は階段に近づく。他と同じ石造りで寸分の狂いなく正確に積み上げられた階段の階下を覗いが、黒猫の姿は見えない。


「やっぱりいないな」


「普通の猫じゃないな、あれは」


 階段の奥を見つめていた2人はショウゴの持つ水晶へと目を移した。前回のものと寸分と違わないように見えるが、今回は刻まれた文字が違う。一体どんな意味があるのか何もわからない。


 しばらく眺めていたクィンシーが口を開く。


「前はオレが水晶を手にしようとするとあの猫に警告されたよな。今回はどうだろう?」


「渡そうとしたらいいのか?」


 いささか真剣な表情で疑問を告げられたショウゴは試してみることにした。クィンシーが手のひらを差し出すとそこへ水晶を乗せようとする。


「にゃぁ」


 正にそのとき、可愛らしい鳴き声が階段の奥から聞こえてきた。手を止めた2人はそちらへと顔を向ける。しかし、何もいない。


 沈黙と静寂が2人の周囲に満ちた。やはりクィンシーに手渡してほしくないらしい。その理由まではわからないが、黒猫の意思は何となく感じられた。


 水晶を手渡すのを止めたショウゴがクィンシーの顔を見る。


「やっぱりクィンシーには手渡してほしくないようだな。捕まえようとしたからか?」


「どうだろうな。まぁ、今は別に必要ないんだ。そのときに貸してくれたらいいさ」


 肩をすくめるクィンシーを見ながらショウゴは水晶を懐にしまった。そして、次の話題に移る。


「ところで、これからどうするんだ? このまま地下6層に降りるんだろうが、今日の探索時間はもうほとんどないぞ」


「わかってる。下に降りて部屋をひとつ探索しよう。今日はそこで野営する」


「さっき体を動かしまくったからだるいんだよな」


「今までのパターンからすると、罠は変わらず、魔物は数が倍になるはず。それを念頭に行動すれば大丈夫だろう」


「魔物が倍かぁ。面倒だよな。あいつらしぶといし」


「下層に降りるほど手強くなるのは基本だろう。そこは諦めるしかないぞ。ということで、早速行こうか」


 雇い主に促されたショウゴはうなずくと階段を降り始めた。響く音を耳にしながら進む。階段で何かあったという話は今のところ聞いたことがないものの、より厄介な階層へと向かうことから緊張感は増していった。


 階段を降りきり、2人は地下6層へとたどり着く。中層の一番下の階層であるが、周囲の風景はそれまでと何ら変わらなかった。それは安心して良いことなのかは今のところわからない。なので、今まで通りに行動するだけである。


 羊皮紙とペンを取り出したクィンシーが地図を描き始めた。ショウゴは奥にある扉を中心に警戒する。何者かが扉を開けた場合、それが何であれすぐさま反応しないといけないからだ。雇い主の安全は何より最優先なのである。


「よし、描けた。ショウゴ、通路に出よう」


 声をかけられたショウゴはうなずくと扉に近づいた。罠の有無を調べて問題がないとわかると扉を開ける。まっすぐに伸びた短い通路の先は左右に分かれていた。


 先行したショウゴは三叉路の左右の先に目を向ける。特に変わったところはない。それは安全を意味するわけではないが、一見して異常だと思える部分は見当たらなかった。雇い主に対して手招きする。


「見た目は何もなさそうだが、魔法で確認してくれ。今日は部屋をひとつだけ探索して終わるなら余裕はあるだろう?」


「そうだな。いいだろう」


 ショウゴの提案を受け入れたクィンシーが呪文を唱えて左右の通路を魔法で調べた。その結果、問題がないことを確認できる。次いで地図に描き加えると視界に入った扉へと向かうようショウゴに指示した。


 何もないとわかった通路を安心して歩いたショウゴは指示された扉まで歩く。そうして再び罠の有無を確認してその扉を開けた。中はあまり大きくはなく、そして空っぽである。


「悪くないんじゃないのか。一晩泊まるだけなら」


「今魔法で確認したが、罠もないみたいだな。落とし穴(ピットフォール)付きの部屋でなくて良かったよ」


「それは確かにそうだ」


 雇い主の冗談にショウゴが苦笑いで答えた。これで今晩の野営地が確保できたことになる。小さく息を吐いて肩の力を抜いた。


 中に入って扉を閉めた2人は部屋の奥の壁際に座って保存食を食べ始める。ダンジョンの中で1日の終わりを感じるときだ。


 いくらか黒パンを囓って薄いエールを飲んだ後、ショウゴが口を開く。


「明日は地下6層の探索か。やり方は地下5層と同じでいいんだよな」


「ああ。さっきも言ったが、魔物の数が増えるだけでそれ以外は同じはずだからな」


「魔物が増えたことで罠の意味が変わらない限りは、だよな」


「そうだ。だからいつもの探索は今まで通りでいいことになる」


「退路の確保がより重要になるわけか。逃げるときは安心して逃げたいもんな」


「最近は罠の配置場所が段々予想できるようになってきてないか?」


「大体逃げるときに引っかかりそうだなって思える場所にあるんだよ。えげつないよな、あれ」


「お前がそれをわかってくれてるおかげで、こっちもやりやすいよ。魔法を使わずに済むしな」


「そりゃどうも」


 珍しく褒められたショウゴは少し意外そうな顔をした。それでも、褒められるのは嬉しい。機嫌良く干し肉も囓った。


 その後、食事を終えた2人は見張りと就寝を繰り返す。一晩を過ごすと本格的に地下6層の探索を始めた。

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