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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第2章 中層

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地下5層の隠し部屋

 厄介な場所で魔物と戦って苦労したショウゴとクィンシーだったが、何とか勝つことができて探索を再開した。以後は順調に調査が進む。ただ、相変わらず地下6層へ続く階段は見つけられないでいた。


 そんな中、2人はとある調査済みの通路に囲まれた区域を探索する。他よりも一回りほど広い地域だ。四方から一通り部屋を調べ終える。


「この区域も終わったな。クィンシー、次はどこだ?」


「いや、まだ終わってない。この地図を見てみろ。この区域の中央部分だけ不自然に何もないだろう。もしかしたら、隠し部屋があるかもしれん」


「ここか。通路からは行けないし、部屋の中は一通り調べただろう」


「何か見落としてる可能性がある。もう1度調べてみよう」


 今やもうひとつの目的となっている隠し部屋の探索がにわかに進展しそうなことにクィンシーは興奮した様子だった。ショウゴとしては苦笑いしつつも雇い主に従うだけである。


 隠し部屋があると思われる場所に通じそうな部屋に再び入った2人は再調査した。この向こう側に部屋があるのならば必ず何かしらの仕掛けがあるとクィンシーは熱心に説く。それならばとショウゴも真剣に探した。


 とある部屋で壁を調べていたショウゴは隠し扉のありそうな場所を強く叩いたり押したりする。それで反応がない場合は全身を使って思いきり押してみた。大半は何の反応もなかったが、何度目かでそれは起きる。


「んしょっ、お、おお?」


「ショウゴ、どうした? おい、それは!」


 ショウゴが力一杯押した壁がゆっくりと開きつつあった。押している本人も目を丸くしている。まさか開くとは思っていなかったのだ。


 扉が開くにつれて埃とカビの混じった空気が流れ出してきた。それを吸い込んだショウゴがくしゃみをする。


 どうにか開けた扉の向こうは真っ暗だった。ショウゴが振り返るとすぐ側に興奮した様子のクィンシーが立っている。すぐに魔法で光の玉を出現させると中に入っていった。


 隠し扉の向こう側は同じ石造りの部屋だが他とは違って石材は光っていない。クィンシーの光の玉の輝きで浮かび上がってくるのは朽ちた棚や書物ばかりだ。


 雇い主に続いて隠し部屋に入ったショウゴが顔をしかめる。


「ひどい埃だな。ここは図書館か資料室だったのか?」


「みたいだ。くそ、崩れきってやがる。全部残ってたらそうとう貴重だったろうに」


「途中で管理するのを止めたんだろう。いや、できなくなったのか」


 足元を見ながらショウゴはつぶやいた。崩れた棚の破片や書物の切れ端が散乱している。足の踏み場がないので仕方なく踏みつけるが、その端から崩れていった。まるで歴史的な資料を自分で消し去っているようで何とも言えない気持ちになる。


 一方、クィンシーはまだ読める書物はないかと部屋の中を歩き回っていた。どこも状態が悪いので完璧な形で残っていないのはもちろん、手にすると崩れてしまうものばかりだ。それでも諦めずに丹念に読めそうな書物を探し続ける。


 その姿を見たショウゴは自分も探すことにした。小山になっている所を見つけると、上から丁寧に取り出そうと掴む。しかし、持ち上げた瞬間に崩れた。これは無理なんじゃないのかという思いが脳裏をよぎる。


「おお、これは読めそうだぞ」


 半分諦めていたショウゴの背後でクィンシーが声を上げた。非常に嬉しそうに、同時に大切そうに持ち上げた書物を開く。細かく書かれた文字を追っていった。


 いくらか読んだところでクィンシーが顔を上げる。


「これはかなり古い代物だな。オレの知識でもほとんど読めない」


「え、古代文字じゃないのか」


「それとはまたある程度違う文字だ。古代文字と似てるところは何とか読めるが、ほとんど単語単位だ。解読するにしても時間がかかるだろう」


「読める単語ってどんなのが読めたんだ?」


「一番気になるのが、善意のラビリンスって言葉だな」


「え?」


「そう、奇跡のラビリンスじゃないんだ。もしかしたら、ここと似たような所が他にもあったのかもしれん」


 雇い主の発した言葉を聞いたショウゴは固まった。かつて町で出会ったクリュスという美女から同じ言葉を聞いたことを思い出す。あのときは聞き流してしまったが、こうやって書物にも書いてあるとなると無視できない。


 それに、そんな言葉を知っているクリュスが何者なのかということも気になって来た。未だに怪しい存在ではあるが、なぜか悪意があるようには思えない。一体どんな理由で自分に近づいて来たのか気になった。


 満足そうにうなずいたクィンシーがショウゴに告げる。


「これは持って帰るぞ。町でゆっくり解読してみようと思う」


「ここじゃおちおち読めないだろうからな。この隠し部屋はもういいのか?」


「他に読めるものはなさそうだからもういい。返す返すも残念だな」


 そう言うと、クィンシーは先に隠し部屋から出て行った。ショウゴも最後に見て回って後に続く。


 最後まで埃臭い部屋から出ると、2人は探索を再開した。




 隠し部屋を発見した後のクィンシーはショウゴから見ても機嫌が良かった。顔にこそほとんど現われていないが言動の端々にその感情が表れている。ショウゴとしてもやりやすいので非常に都合が良い。


 そんな精神状態が影響したわけでもないのだろうが、探索の方も順調に進んだ。罠に引っかかることもなく、魔物もほぼ現われることがなかった。


 今日はこのまま探索できそうだと期待していた2人だったが、そんな良い雰囲気も出会った集団に台無しにされてしまう。


 調査済みの通路に囲まれた区域を探索しているときのことだった。次の部屋へと向かう途中、6人の男たちと出会う。4人は冒険者で、残る2人はその風貌から貴族の若い男とその従者らしいことが態度でわかった。更に貴族とその従者はもちろん、冒険者4人も嫌な雰囲気がするので近づきたくない。


 この組み合わせを見たとき、ショウゴは冒険者ギルドにあった依頼を思い出した。確か、依頼主が箔付けをしたいから悪意のダンジョンを遊周するという話だ。


 とは言っても、こういう相手は平民を相手にしないことも多いので、話しかけなければそのまますれ違って終わりということもある。それに期待して2人は道を譲ってそのまま通り過ぎようとした。


 ところが、どうやら相手は2人に用があったらしい。従者らしき青年が声をかけてくる。


「そこの2人、止まれ。話がある」


「なんでしょうか?」


「こちらにおわすワイマーク子爵家の次男でいらっしゃるエルドレッド様が、この地下5層にある怨嗟の部屋を見学なさりたがっている。しかし、あいにくとこちらはその場所を知らんのでな、お前たちの持つ地図を見て確認したい。なので、我らに献上せよ」


「は?」


 対応していたクィンシーが嫌そうな顔をした。目の前の貴族が権威を笠に着る人物だと知ってショウゴも少し顔をしかめる。


「そういったことは事前に調べておくべきだろう。それに、そちらの護衛は知らないのか? この階層で護衛を務められるくらいの実力があれば、ある程度探索してるはずだろう」


「余計なことは言わなくてもいい。黙って地図を献上せよ」


「何で苦労して描いた地図をタダでやらないといけないんだ。少なくとも対価を渡すべきだろう」


「貴様、賤民が貴人に要求されたものを献上するのは当然のことではないか!」


「パリアの町の住人でもないオレからしたら知ったことじゃない。自分たちで探すんだな」


「無礼な! 貴様、エルドレッド様に楯突くとどうなるかわかっているのか!?」


「どうなるっていうんだ?」


「貴様、町にいられなくなるぞ!」


「そりゃ町の中の話だろう? 城壁の外にある貧民街までは手が回らんはずだぞ」


「はっ、やはり賤民は愚かだな。貴様は冒険者だろう。ならば、所属している冒険者ギルドの指示に従わねばならんはず。我ら貴族が冒険者ギルドに影響力があることを知らんのか?」


「もちろん知ってるさ。しかし、こんなことで冒険者ギルドが大々的に動くことなんてないし、できてもせいぜい嫌がらせくらいだろう。オレたちにとっちゃ大したことじゃないね」


 顔を歪めて反論したクィンシーに対して、お付きの従者が顔を真っ赤にした。自分たちの寄って立つ権威に真っ向から楯突かれたのだから当然である。


 その様子を若干不安そうに眺めていたショウゴは本当に問題がないのか考えてみた。最低限、悪意のダンジョンと換金所に出入りできれば仕事はできる。案外何とかなりそうな気がした。


 最悪な雰囲気の中、小さく笑ったクィンシーが踵を返して歩き始める。それに対してエルドレッド一行は何も言わない。襲いかかっても不思議ではないくらいの顔をしているのにだ。


 それを気にしつつもショウゴは雇い主の後に続いた。

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