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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第2章 中層

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33/63

珍しい出来事

 パリアの町の戻って来た翌朝、ショウゴとクィンシーは宿の相部屋で目覚めた。それぞれが外出の準備を始める。


 朝食である干し肉と黒パンを食べているショウゴはちらりとクィンシーに目を向けた。どちらも起きてからまだ一言もしゃべっていない。原因は昨晩の夕飯時だ。美女に目を奪われたことを給仕女と一緒に冷やかしたからである。あれ以来、機嫌を悪くして口を利かなくなってしまったのだ。


 やり過ぎたのは確かに悪いとショウゴも思ったのでショウゴはすぐに謝罪した。ところが、未だ完全に受け入れてもらえていない。今ではそんなに怒ることなのかと逆に不思議に思っていた。


 不思議と言えばもうひとつある。どうにもクィンシーがあの美女に関することで何かを隠している節があるようなのだ。確証はないものの、いつもの雇い主らしからぬ言動にショウゴは首を傾げていた。


 ともかく、今のショウゴとクィンシーの関係はあまり良くない。町にいる分には差し支えないが、この状態で悪意のダンジョンに入るのは自殺行為だ。早く解決できるに越したことはないのでどうしたものかとショウゴは知恵を絞っていた。


 その間、当のクィンシーは気にした様子もなく外出の準備を進めている。朝食を食べ終わると備え付けの机の上に自分の背嚢(はいのう)を置き、手を入れて何かを探し始めた。ところが、しばらくするとその表情から余裕がなくなる。背嚢(はいのう)をかき回す手つきも次第に乱暴になっていった。ついには中身を片っ端から取り出してゆく。


 ほぼ朝食を食べ終えたショウゴはその様子を不思議そうに眺めていた。探し物が見つからないというのは見ればすぐにわかる。ただ、なくしてクィンシーが焦るほどの物が何かがわからない。長杖(スタッフ)を始め、普段見る仕事道具は別の場所にきちんと置いてある。


 ついに背嚢(はいのう)を逆さに向けて振ったクィンシーが大きくため息をついた。それを見ていたショウゴは我慢しきれずに声をかける。


「クィンシー、さっきから何を探してるんだ?」


「あー、それはだな」


「珍しいな。俺に言えないようなものなんて持ってたのか?」


「いや、そうじゃない。あのだな、落ち着いて聞いてくれ」


「わかった。いいぞ」


「前に奇跡のラビリンスの中で、お前は例の黒猫から水晶をもらっただろう」


「もらったな。その後クィンシーに渡したけど」


「あれが見つからないんだ」


「え?」


「オレが知ってる範囲の場所を探し回ったんだが、あの水晶がどこにも見つからないんだ」


「もしかして、なくしたのか」


「どうもそうらしい」


 苦虫を噛み潰したかのような顔をしたクィンシーが自分のやったことを認めた。非常につらそうだ。


 それを聞いたショウゴは怒りよりも驚きの方が大きかった。クィンシーが物をなくすところを初めてみたのだ。特に人から借りた物をぞんざいに扱う人物ではないことを知っているだけに相当なことが起きたと理解する。


「どこかに落とした記憶はないか? この辺りが怪しいというのでもいい」


「心当たりはないな。あったらその時点で気付いて拾ってる」


「最後にどこへしまったと記憶してるんだ?」


背嚢(はいのう)の中のこの辺り、ああ、中身を全部出したからわからんな。貴重品なんかを入れておく袋があるんだが、その中に入れてこの中にしまったはずなんだ」


「そこから取り出した記憶は?」


「ない。この袋を再び開けたのはついさっきだ」


「その袋に穴は開いてないよな?」


「ああ、開いていたら他の物も落としてるだろうからな」


 深刻な顔をするクィンシーに付き合ってショウゴも色々と水晶の捜索に関わったが、結局見つからなかった。まさかの事態にため息をつく。


 あの水晶はそれ自身の価値がどのくらいなのかはショウゴにもよくわからない。しかし、滅多に見かけないという黒猫から与えられた物という点を考慮すると、かなりの価値があるのではないかとも推測できた。そう考えると、クィンシーがこれほどなくして悔やんでいるのも納得できる。


 では、肝心のショウゴはどう考えているのかだが、正直なところあまり何とも思っていなかった。場合によっては相当な価値が出てくるのかもしれないが、現時点では古代文字が中に刻まれた水晶でしかない。そして、そうとしか思えない以上、なくしたクィンシーを怒ろうとも思わなかった。


 すっかり肩を落としている雇い主に対してショウゴが声をかける。


「なくした物は仕方ないだろう。見つからないなら諦めるしかない」


「それでいいのか?」


「いいよ。大体、悪いと言ったところで、どうにもならないだろう?」


「確かにな。なくしてしまった物は帰って来ない」


「だったら、諦めるしかないだろう。それに、もしかしたらまたあの黒猫からもらえるかもしれないしな」


 何でもないという様子でショウゴは返答した。その姿を見ていたクィンシーは若干呆れた表情を浮かべたが、やがて力のない笑みを向けてくる。


「そう言ってもらえて助かる。それと、なくして悪かった」


「もういいよ。それより、荷物を片付けたらどうだ? 派手にぶちまけただろう」


「これは片付けるのが面倒だ」


 謝罪により手打ちとしたショウゴは、苦笑いしながら広げた荷物を片付けるクィンシーを微笑みながら眺めた。




 朝から紛失騒動があったものの、ショウゴとクィンシーはどうにか外出する準備を整えた。それから宿を出る。行き先は冒険者ギルド城外支所で共通の目的は両替だ。


 扉が開け放たれたままの出入口から建物の中に入ると多くの冒険者が往来していた。暴力的な雰囲気が漂う活気に汗と革の臭いが重なり、暑苦しい臭いが鼻を突く。


 2人は受付カウンターの端にある折り畳みの仕切りが立てかけてある場所に向かった。そうして両替用の受付カウンターで両替してもらう。


 両替が終わると2人は仕切りのある場所から離れた。そこでクィンシーが口を開く。


「オレは2階の資料室に行ってくる。あの水晶のことも一緒に調べておくからな」


 伝えるべきことを伝えたクィンシーはその場を離れた。2階に続く階段を登る途中で姿が見えなくなる。


 雇い主を見送ったショウゴは受付カウンターから伸びる行列に並んだ。まだ話をしたことがない受付係へと伸びる列である。話を聞くだけで依頼を受ける気がないので、あまり目を付けられたくないからだ。


 順番が回ってくる受付係に話しかける。


「悪意のダンジョン関連の依頼はあるか? 2人組でも受けられるようなやつだ」


「おお、あるぞ」


 そう言って提示されたのは次の4つだった。


 1つ目は、運び屋の荷物輸送依頼である。地下6層の『停滞者のたまり場』と呼ばれている場所までの荷物運びを依頼者と共にする仕事だ。危険回避能力が高い者は歓迎ということである。これは前から引き続き残っている。


 2つ目は、『饗宴場』への同行者依頼だ。特別な施設に関する依頼である。地下7層の『饗宴場』で共に討論してくれる者を募集しているという。これも前から引き続き残っている依頼だ。


 3つ目は、探険隊の調査護衛依頼だ。これは地下6層から地下8層に存在する『美術館』型、『饗宴場』型、『図書館』型の特別な施設に関する調査の護衛である。


 4つ目は、仇討ち補助の依頼だ。下層にいる依頼人の仇を討つ手伝いをしてくれる者を募集とのことである。


 受付係の話を聞いていると、ショウゴは前に聞いたときと同じようにある程度依頼が入れ替わっていることに気付いた。


 黙って話を聞いていたショウゴに受付係が更にしゃべる。


「概要はこんなものかな。まず、1つ目の依頼についてだが、これは水や食料、それとその他の消耗品を運ぶ仕事だ。報酬は低いが倒した魔物から手に入る魔石は自分のものにできる。2つ目は、一緒に討論に参加してくれっていう仕事だ。結構変わった依頼だよな。詳しくは依頼者に話を聞いた方がいい。3つ目は、特別な施設に関する調査の護衛だ。体を動かす方じゃなくて、見たりしゃべったりする方だな。具体的に何を調べるかは、これも依頼者に聞いてくれ。最後の4つ目だが、仇討ちの手助けだ。普通の護衛の仕事とは違い、依頼人が仇と戦うときは手出し無用ということになってる。かなり変わった依頼だ。こんなものかな」


「変わった依頼が多いなぁ」


「まぁな。こんなことはそうないんだが。珍しいこともあるもんだ」


「うーん、どれも今ひとつだ。また次の機会に引き受けるよ」


 話を聞いたショウゴは肩をすくめる受付係との話を終えた。


 何度かの探索をして気付いたことだが、どうもショウゴたちはこの冒険者ギルドで提示される依頼とかち合うことが多い。聞いたところでどうなるわけではないにしても、頭の片隅に入れておくことでもしものときのために備えておく。


 ショウゴはそのまま受付カウンターから離れた。

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