知っている雰囲気
ショウゴとクィンシーが町に戻ってきて最初にすることは手に入れた魔石や道具を換金である。数が増えると魔石は重くなり道具はかさばるので早く手放したいからだ。
この日も助けた人足と別れた後、2人で換金所へと向かった。換金所の建物の中に入ると買取カウンターの前にクィンシーが立つ。
「魔石と道具を換金してもらいたい。それと、これを鑑定してほしいんだが」
「羽根ペン? ははぁ、なるほどな。ちょっと待ってろ」
何かぴんと来たらしい業者が羽根ペンを同僚に手渡した。それから再び買取カウンターに向き直って換金作業をに移る。
2人も手伝って成果を換金し終えた後、羽根ペンが戻って来た。業者が買取カウンターに置いてクィンシーに顔を向ける。
「それがどんな代物かわかったぞ。不幸の羽根ペンだ。使用者の幸運と引き換えに対象を不幸にできるんだ。呪いの道具だな」
「真っ黒な見た目通りろくでもないペンじゃないか」
「あの悪意のダンジョンにある特別な施設のうち、舞踏場か饗宴場で出てくることが多いらしい。使用者の幸運と同じだけ呪う相手を不幸にできるということだ」
「使用者の幸福と引き替えということは、使った当人も不幸になるということか」
「恐らくそうなんだと思う。オレも自分で使ったことはないから説明以上のことは話せないぞ。それで、不幸にする内容は羽根ペンで書いたものに準じ、呪いを防がれた場合はその呪いが使用者に跳ね返る」
「誰も幸せにならないじゃないか。なんてペンなんだ」
「作ったヤツは相当性格が悪いんだろうな。記念に持ってたらどうだ?」
「こんな記念品などいらん。カネに換えてくれ」
「言うと思った。ほらよ。こんなのでも魔法の道具だからな。結構悪くない値が付くんだ」
まったくもってひどい道具であることが判明し、クィンシーは嫌そうな顔をした。ショウゴも困った表情を浮かべている。持っていても絶対に使えない一品だ。
換金を終えると2人は宿屋『冬篭もり亭』へと向かった。手に入れた金を山分けするためである。特に悪意のダンジョンの宝箱から手に入れた硬貨は銀貨と銅貨ばかりなので手間がかかるのだ。
宿に戻ると2人で受付カウンターへと向かった。クィンシーが宿の主人に声をかける。
「部屋の鍵をくれないか」
「ちょっと待ってろ。これだな。帰ってきてくれて嬉しいよ。また泊まってくれるってことだからな」
「どうしたんだ、急に」
「いやな、宿屋なんてやってると人の出入りなんてしょっちゅうなんだが、そんな中でも長期で部屋を借りてくれる客っていうのはよく顔や名前を覚えてるもんなんだ。そんな客でもいつかはここを離れちまうんだが、たまに荷物を置いたまま帰って来ないことがあってな」
「最近あったのか」
「ああ。1年くらい泊まってくれてたかな。冒険者だったんだが、部屋もきれいに使ってくれてたからいい客だったよ。それが1ヵ月くらい前に悪意のダンジョンへ行って、契約が切れた昨日になっても戻って来なかったのさ」
「長い間中に入りっぱなしということもあるんじゃないのか?」
「探険隊とかだろ、そのくらいは知ってるよ。あの冒険者たちは長くても10日程度で戻って来ていたからな。それに、今まで契約の更新を怠ったこともないんだ」
宿の主人の話を聞いた2人は黙った。確かにそうなるとその冒険者たちの生存は絶望的だろう。罠に引っかかったのか、魔物にやられたのか、それとも同業者に襲われたのか、可能性はどれもあった。
何とも身につまされる話だが、宿の主人はまだ続ける。
「ただな、あいつら最後の方はちょっとおかしかったんだよな」
「おかしい? どんな風に」
「最初は割と真面目な雰囲気だったんだが、段々と意味もなくにやにやと笑うことが多くなったんだ。しかも、何か独り言みたいにぶつぶつと言ってるときもあったし」
話を聞いていた2人は顔を見合わせた。似たような感じの冒険者を悪意のダンジョンで見かけたことがあるからだ。最初に思い出したのは地下4層の部屋にいた冒険者たちである。嫌なことを思いだしてどちらも顔をしかめる。
「あの悪意のダンジョン関連の仕事をしてる町の連中はみんな知ってるこんな言葉があるんだ。上層で活動している冒険者は小悪党はいてもまだまともだ。中層で活動している冒険者はどこか頭がおかしい。下層で活動している冒険者はどうかしている。ってな」
「初めて聞くな」
「そりゃ冒険者相手にはなかなか言わないだろうよ。悪口みたいなもんだから。ただ、外から見てると本当にそんな感じなんだ。何て言うか、雰囲気からして違うんだよ。あんたらは他の冒険者を見て、そういうことを感じたことはないか?」
「ある」
「そうだろう。だから、オレが言うのも何だが、あんまりあそこに長く通い続けない方がいいぞ。そのうち帰ってこれなくなるかもしれんからな」
次第に深刻そうな表情になっていく宿の主人を見てショウゴは何も言えなかった。自分がおかしくならないという保証はどこにもないからだ。おかしくなるきっかけがどこにあるのかわからない以上、対策などしようがない。
少しの間3人の間に沈黙が流れた。しかし、クィンシーがそれを破る。
「そこまでおかしい冒険者が多いなら、町では冒険者は嫌われているんじゃないのか? オレが知る範囲では毛嫌いされた記憶はないが」
「雰囲気や言動が変になっても悪さをしないからだよ。最初は粗暴だったヤツも妙におとなしくなるんだ。それがまた気味が悪いんだが、同時に商売相手としては悪くないから町の連中に受け入れられてるのさ」
「なるほどな。忠告ありがとう。気を付けておく」
「こっちこそ、長々としゃべっちまって悪かったな。契約を延長したいときはいつでも言ってくれ」
最後に無理矢理笑顔を作った宿の主人がショウゴとクィンシーを見送った。
相部屋に入った2人は今回手に入れた金銭を備え付けの机の上に置いて山分けする。いつもならば心躍る作業だが、このときのショウゴは宿の主人の話が気になってもうひとつ気分が高ぶらなかった。
暗い話題で気分が落ち込んだショウゴだったが、それでも腹は減った。金銭の山分けが終わるとクィンシーと共に酒場『天国の酒亭』へと足を向ける。
仕事が終わった労働者たちが通りを往来しているので混雑していた。多少歩くのに苦労しつつも酒場にたどり着く中へ入る。こちらもなかなかの混み具合だ。
ショウゴはカウンター席が開いているか確認すると店内を歩く。テーブルを囲む客の笑い声に千鳥足で歩く酔客の叫び声などが耳に響いた。こんないつもの光景を見ていると気分も持ち直してくる。
そろそろカウンターに近づこうという場所に差しかかったとき、前を進むクィンシーが突然立ち止まったのでショウゴはぶつかりかけた。何か言ってやろうと口を開けかけたが、雇い主の驚きの表情を見て口を閉じる。その視線を追うとあるテーブル席にぶつかった。
そのテーブルには、ひときわ目立つ美女が4人の冒険者たちと同席している。銀髪紅眼の女だ。ときおり微笑むが、どことなく無機質な感じがする。それと、髪と目の色は違うが前に町で出会ったクリュスと顔立ちがかなり似ているように思えた。
再び雇い主へと目を戻したショウゴはまだ固まっているのを知って少し呆れる。そういえば、初めてこの酒場にやって来たときに給仕女を買おうとしていたことを思い出した。さすがに他の冒険者と同席している女に手を出すのはまずい。
「クィンシー、どうした?」
「あ、いや、何でもない」
「あのテーブルの女がそんなに気に入ったのか?」
「いや、そういうわけではないんだがな」
「この店じゃ初めて見るよな」
「そうだな」
「もしかして知り合い?」
「いや、そいうわけではない。ただ、知り合いと似ていてな、そこに驚いたんだ」
次第に落ち着きを取り戻したクィンシーを見ながら、ショウゴは何となく嘘をついているのではと感じた。しかし、特に根拠はないのでそれ以上は追及しない。
2人がカウンター席に座ると給仕女がやって来たので揃って注文する。このとき、ショウゴはいくらか金を握らせてあの美女のことを聞き出した。周りの冒険者がクリスと呼んでいて、あの4人の依頼者らしいことがわかる。
「あら、ショウゴってああいうお高い美人が好みなの?」
「俺じゃなくてこっちのクィンシーがだよ。さっき長く見とれてたんだ」
「あー立ち止まってると思ったら、そいうことだったの」
「何を言ってるんだ、お前ら」
突然話題にされたクィンシーが仏頂面になるのも構わず、ショウゴと給仕女はにやにやとその顔を見た。こういうことは珍しい。
その後、しばらくショウゴと給仕女が美女のことでクィンシーを冷やかした。




