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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第2章 中層

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28/63

教えてもらった部屋

 悪意のダンジョンを探索中に偶然助けた商売人と冒険者を町に送り届けたショウゴとクィンシーは、数日休んだ後に再びダンジョンへ赴いた。今回で4回目の探索なのでそろそろ色々と慣れてきた頃だ。


 地上で1泊した2人は翌日縦穴を通って悪意のダンジョンへと入る。そこからはクィンシーが描いた地図に従って一気に地下4層まで降りた。ここで更に1泊する。


 探索はその翌日からが本番だ。前回の最後の方は色々な問題に遭遇したせいで充分な探索ができていない。まずはその中途半端な地域から探索をやり直す。


 たまにやって来る魔物を蹴散らしながら2人は順調に通路や部屋を巡った。上層に比べて慎重に行動しないといけないので歩みは鈍いが、それでも他の冒険者たちの邪魔がなければ結果は積み重なってゆく。


 昼休憩中、2人は調査済みの部屋で保存食を食べていた。干し肉と黒パンである。それを水袋に入っている薄いエールで柔らかくして噛んでいた。


 ある程度食べたところでショウゴがクィンシーに話しかける。


「今回は順調だなぁ」


「まったくだ。探索はこうでないとな。そもそも、前回は邪魔が多すぎたんだ」


「なぜか冒険者と出会うときはまとまって会うよな。1日で3回も会うときがあるし」


「ああいう出会いは勘弁だな」


「ところで、ひとつ気になってることがあるんだ。前に頭がおかしそうな4人組から教えてもらった部屋があるだろう。罠がなく、魔物も侵入してこない安心して休める場所だったか。あそこには行くのか?」


「詳しい場所を教えてもらったからな。1度は確認しておこうと思う」


「えぇ、行くのか? あいつらがお勧めした場所だぞ?」


「わかってる。本当にそこにあるのか知りたいんだ」


「今回ばかりはない方がいいな。あったら絶対ろくでもない場所だと思うぞ」


「まぁ、近くを通りかかったら見てみるというくらいの気持ちだ。本当にそこで休むかどうかはそのとき考えればいいだろう」


 のんきに答えるクィンシーに対してショウゴは呆れた表情を向けた。怪しい部屋になどそもそも近寄るべきではない。雇い主は元々好奇心が強いみたいなので、その感情に突き動かされているのかなと考えた。


 昼休憩が終わると2人は探索を再開する。今度は主に調査済みの通路で囲われた区域にある部屋を調べた。扉の罠の有無を調べ、部屋に何か仕掛けがないか探す。


 そうして何度も探索していると、とある部屋で魔物を発見した。上位豚鬼(ハイオーク)1匹に豚鬼(オーク)4匹の集団である。


上位豚鬼(ハイオーク)がいるのか。珍しいな」


「中に入るなよ。下がれ。我が下に集いし魔力よ、厚き火となり、燃える盾となれ、火壁(ファイアウォール)


 指示を飛ばしたクィンシーがすぐさま魔法の呪文を唱えた。詠唱が終わると出入口の辺りに火の壁が現われる。人間を見て興奮した豚鬼(オーク)たちがそのまま突っ込んで燃え上がった。甲高い悲鳴を上げた豚鬼(オーク)たちが火の壁を突破した後に床を転げ回る。


 その間にクィンシーは大きく後退していた。通路の反対側の壁まで近づきつつ口を開く。


「床に転がってるヤツは後回しにしろ! ヤツが来るぞ!」


「わかってる! うぉ、来た!」


 火壁(ファイアウォール)を突き破ってきた上位豚鬼(ハイオーク)が倒れた豚鬼(オーク)を蹴散らしながら突っ込んで来た。全身が焼けただれているにもかかわらず、苦しむ様子もなく怒りにまかせて棍棒を振り回してくる。


 そのでたらめな攻撃に多少の厄介さを感じつつも、ショウゴは巧みに棍棒を躱した。そして、棍棒を握っているその右腕を切り飛ばす。その瞬間、強烈な悲鳴が上位豚鬼(ハイオーク)の口からほとばしった。


 間近で大音量の悲鳴を聞いたショウゴが顔をしかめつつも、次いで右足を斬って相手を動けなくする。こうなるともう勝負ありだ。最後にとどめを刺す。


 残るは豚鬼(オーク)4匹だが、こちらは全身火傷で青息吐息だ。かろうじて立ち上がった者も2匹いたがその動きは鈍い。


 近づいたショウゴは立ち上がった豚鬼(オーク)をまず仕留め、次に起き上がれない方にとどめを刺した。半死半生の魔物ならさすがに怖くない。


 戦いが終わるとショウゴは振り返る。


「終わったな。それにしても、通路で戦うように指示するとは思わなかったぞ」


「部屋の中で戦ったら乱戦になる可能性が高かったからだ。それに、出入口を火壁(ファイアウォール)で塞いでしまえば楽ができると思ったしな」


「あいつらいきり立ったら止まらないもんなぁ」


「魔物の習性を利用するのも戦いには重要なのさ」


「でも、さすがに上位豚鬼(ハイオーク)は生命力が強いよな。乗り越えてくるとわかっててもやっぱり驚いたよ」


「絵面が強烈だからな。間近で見たらそうなる。さて、魔石を拾って探索を再開しよう」


 雇い主の言葉に賛同したショウゴは床に落ちている魔石を拾った。その間にクィンシーが魔物がいた部屋の地図を描き込む。


 その後も2人はいくつもの部屋を探索していった。通路で魔物に遭遇したり扉に罠が仕掛けてあったりしたが、排除に解除を繰り返して進んでゆく。


 やがてこの日の探索時間も残りわずかとなった。純粋に悪意のダンジョンの仕掛けだけが相手だったのでショウゴは随分と順調に進んだように思う。


「クィンシー、今日は結構進んだんじゃないか?」


「そうだな。大体予定通りには探索できた」


「へぇ、それじゃ地下5層へ続く階段もそろそろ見つかりそうか?」


「明日辺りに見つかってくれたら嬉しいな」


「そうだよなぁ。ところで、次はどの部屋なんだ?」


「あー、それがだな。例の部屋になる」


 周囲を警戒しながら歩いていたショウゴは思わず足を止めて振り向いた。怪訝そうな顔を雇い主に見せる。


「例の部屋っていうのはなんだ?」


「頭のおかしい冒険者がしきりに勧めて来た部屋だよ。今からそこに行く」


「この近くにあるのか」


「もうすぐそこだ。次の扉だぞ」


 嫌そうな顔をしたショウゴはため息をついた。押しつけるように教えてきた例の冒険者たちのことを思い出して頭を振る。とても真っ当な部屋とは思えない。


 しかしそうは言っても、すぐそこにあるのならば仕方ないともショウゴは諦めの気持ちも抱く。自分1人だったら絶対に避けるが、雇い主が行くと言っている以上は最終的に拒否できない。


 これ以上ここで問答しても埒が開かないのでショウゴは前に進むことにした。どうであれ、さっさと調べて立ち去ってしまえば良いのだと思うことにする。


 指示された通りの場所にやって来るとショウゴは扉の前に立った。見た目は他のものと何も変わらない。罠があるのか調べてみたがなさそうだった。念のためにクィンシーに魔法で確認してもらうとやはり何もないらしい。


 大きく一呼吸したショウゴは思い切って扉を開けた。そして、中を見て絶句する。壁や天井に罵詈雑言や不穏な言葉がびっしりと書いてあるのだ。最初に思い浮かんだのが、前の世界で電車の線路の高架下の壁にある落書きだった。しかし、書かれた密度はまるで違う上に書かれている言葉もこちらの方がはるかにひどい。


 扉の前で立ち尽くしているショウゴを追い越してクィンシーが中へと入る。


「やっぱりまともじゃなかったな。なんだここは?」


「資料にあった『不安になる休憩室』だと思う」


「クィンシー、あれってこんな部屋だったのか?」


「みたいだな。しかし、よくもここまで書き込んだもんだ」


「ひどい気分だよ」


「まぁそう言うな。中にはまともなことも書いてあるぞ。『汝、神に喜びを与えよ』とか、『すべての願いは最奥にあり』とか」


「どこがまともなんだ。罵詈雑言じゃないってだけだろう」


「しかし、ここが不安になる休憩室だというのなら、あの冒険者たちが言っていた通り、この部屋には罠がないだろうし、魔物も侵入してこないんだろう」


「本当か? 油断したときに罠が作動したり、当たり前のように魔物が入ってくるんじゃないのか?」


「だったら試してみよう。ちょうど今日の探索も終わりだから、今日はここを野営地にする」


「はぁ!? 本気で言ってるのか?」


「本気だ。お前だって疑問に思っているんだろう? だったら実際に試して確認すればいいじゃないか」


 まさか自分の言葉で自分の首を絞めることになるとは思わなかったショウゴは絶句した。こんな所で寝泊まりするなど御免蒙りたいが、疑問に思ったことをその場で解決できるのならやってしまうのが探索の基本でもある。なので、クィンシーの意見の方が正しいことは間違いない。冒険者ギルドにある資料にもむしろ安全であると書かれているのならば泊まるべきだ。後は精神的な問題だけである。


 結局、ショウゴはクィンシーと共にこの不安になる休憩室で1泊した。その間、罠が作動することはなく、しかも扉を開けた魔物は人間を見ても気にせずそのまま去って行ったことに衝撃を受ける。


 何とも気持ちが落ち着かない部屋だとショウゴは強く思った。


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