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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第2章 中層

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急な依頼を引き受けるには

 恐ろしいものから逃げたショウゴとクィンシーはしばらく休憩をした。魔物や追い剥ぎとの戦いで負けたときの逃走経路を使ったので迷子にはなっていないが、探索が大きく後退してしまう。


「クィンシー、しばらくあの辺りには近づきたくないぞ」


「オレもだ。くそ、何だってあんな連中があそこにいるんだ」


「普通の人間に狂人の考えることなんてわからないから仕方ないって」


「そうだな。あんなのは予想できない」


 ため息をついたクィンシーが水袋を口にした。それから黙って正面を見つめる。


 この悪意のダンジョンに入ってからというもの、出会う冒険者やパーティに問題があることが多いとショウゴは感じた。普通なら挨拶をしてすれ違って終わるはずなのに、そうでない場合がちょいちょいある。雇われている身なので先を急ぎたくて焦るということはないが、それだけにこういった問題は多少遠回りしてでも避けたかった。


 休憩を終えると2人は探索を再開する。先程の場所は避けて別の地域から手を付けた。罠も魔物もいない部屋が立て続けるが今はその方がありがたい。


 今日はもうこのまま終わってほしいと願うショウゴだったが、その願いは届かなかった。


 1区画内の部屋を探索し終えた後、次の地域に移り始めたところで2人は戦闘音を耳にする。ほぼ同時に嫌な顔をしたが、ちょうど行き先だったので様子だけでも窺ってみた。


 争う音がするのはとある部屋だ。開け放たれた扉の向こうから聞こえてくる。壁際からそっと顔を出したショウゴとクィンシーは室内に目を向ける。すると、9人の人間が入り乱れていた。8人が1対1で戦い、残る1人が部屋の隅で震えていた。


 どんな状況なのかさっぱりわからなかったが、ショウゴは見覚えのある冒険者を見つける。


「クィンシー、あいつ、パリアの町に来たばかりの頃に酒場で話しかけた奴だ」


「名前はアラスターだったか? パーティ名が曲芸師(アクロバッツ)の」


「そんな名前だった。でも、なんで戦ってるのかがわからないな」


「そうだな。それに、1人部屋の隅で震えてるヤツも何者かわからん。冒険者ではなさそうだな。商売人か?」


「クィンシー、これどうするんだ? 一応知ってる奴が戦ってるんだが」


「とはいっても、事情も知らずに加勢するのはまずいだろう。曲芸師(アクロバッツ)の方が悪かったら目も当てられんぞ」


 知っているとはいっても酒場で1度一緒に飲みながら話をしたという仲でしかないので、さすがに無条件で加勢するというのは確かにショウゴにも躊躇われた。しかし、このまま何もしないというのも落ち着かない。


 そんなことを2人が考えていると状況が動いた。曲芸師(アクロバッツ)の1人が相手に斬り殺されたのだ。アラスターがリーダーと叫ぶのを耳にする。


 互角に戦っていた者同士の一角が崩れると、その後は連鎖反応が起きたように他も崩れていった。手の空いた男が仲間に加勢して戦うと曲芸師(アクロバッツ)のメンバーの1人があっさりと斬り倒される。


 アラスターが中心になってもう1人の曲芸師(アクロバッツ)のメンバーとデイヴと呼ばれたが男が通路へと逃げようとした。その途中でメンバーが相手の1人を斬り殺す。しかし、次の瞬間別の男に刺し殺されてしまった。


 様子を見ていたショウゴとクィンシーだったが、急速に動く状況に対して立ち上がる。


「ショウゴ、離れるぞ。巻き込まれたらたまらん」


「わかった」


 考える時間を取り上げられたショウゴは雇い主に従った。もう迷っている暇はない。


 2人して逃げようとしたが、判断はわずかに遅かったようである。踵を返して走ったところで室内から飛び出てきたアラスターとデイヴに追いつかれたのだ。そして、偶然にも逃げる方向が同じだったので4人揃って逃げる形になってしまう。


 走り始めてからそのことに気付いたショウゴは後ろを振り返ると、1人欠けた3人の冒険者たちが血相を変えて追いかけてきた。実はじっとしていた方が正しかったのではという考えた脳裏をよぎったがもう遅い。


 隣を走るクィンシーにショウゴが声をかける。


「クィンシー!」


「わかってる!」


 返答した次の瞬間、クィンシーは通路から枝分かれしている分岐路に入った。ショウゴがそれに続く。アラスターとデイヴがそのまままっすぐ走れば逃走劇は終わりのはずだった。ところが、例の2人は同じように分岐路を曲がり、追っての3人も同じく迫ってくる。


「お前ら! ついて来るな!」


「ショウゴ、一緒に酒を飲んだ仲だろ! 助けてくれよ!」


「ひぃひぃ!」


「ダメだこれ! 追いつかれるわ」


 デイヴと呼ばれた男が遅れ始めていた。体力があるように見えないが、その見た目通りの評価で正しいらしい。最後尾から徐々に脱落してゆく。


 正直なところ、アラスターはまだしもこのデイヴという男は初対面なのでショウゴも何とも思わなかった。このまま見捨てても誰も文句は言わないだろう。


 しかし、見捨てたら見捨てたで後味が悪いのも確かだった。それに何か、ここで見捨てるというのは間違った選択肢のように思える。


「うわあああ!」


「ああもう!」


 ナイフを鞘から引き抜きつつ、ショウゴは急減速してデイヴという男に斬りかかろうとしていた冒険者の1人に振り向きざま投げつけた。それは狙い過たず喉元に突き刺さる。


 喉にナイフが刺さった男が倒れるのに巻き込まれまいとしたその仲間2人が横に避ける間に、ショウゴは片手半剣(バスタードソード)を鞘から引き抜いた。その勢いそのままに倒れた男に目を向けていた片方の男へと斬りつける。そのまま反応刺せずに首の半ばまでを切断した。


 残る追っては1人だが、ショウゴはその冒険者に一気に詰め寄る。時間をかけるつもりはなく、何合か切り結んだ後に斬り伏せた。


 短時間で3人を倒したショウゴはその場で剣先の血糊を拭き、鞘に収める。その間に逃げていた他の者たちが戻って来た。


 最初に声を上げたのはクィンシーである。


「ショウゴ、どうして相手をしたんだ?」


「そこの人が遅れて始めて殺されそうになったからなのと、逃げるのが面倒になったから。だって、この2人がいつまでもついて来てたからな」


「おい、アラスターとやら、これは一体どういうことだ?」


「あー、これは依頼の仕事で」


 クィンシーに睨まれたアラスターが若干気圧されながら事情を説明し始めた。


 それによると、悪意のダンジョンに囚われた商売人デイヴの友人冒険者を地上に連れ戻そうとしたが、説得に失敗して相手パーティごと殺し合いになったという。会った当初から目つきが異常で本当に話し合いなど通用するのか曲芸師(アクロバッツ)の面々も怪しんでいたが、予想したとおりになってしまったらしい。


 体よく巻き込まれてしまったショウゴとクィンシーは怒ろうとしたが、アラスターの話しを聞いて怒りにくくなった。そういう異常な様子の冒険者に2人も遭遇したばかりだったからだ。追ってきた冒険者たちも想像通りならばアラスターたちに非はない。


 渋い表情をする2人にデイヴが声をかける。


「この度は、助けていただいてありがとうございます」


「礼はいい。それより、助けた謝礼を支払ってくれ。今回はそうだな、金貨4枚だ」


「そんなに!?」


「お前の命には金貨4枚の価値もないのか?」


 不機嫌そうなクィンシーに睨まれたデイヴが黙った。そう言われると交渉もしにくい。何しろ、これから地上に戻るための護衛を必要としているのだ。交渉が決裂してアラスター1人を伴うだけというのは心細い。


 横から雇い主と商売人の話し合いを見ていたショウゴはわずかに顔を引きつらせた。立場が弱いと苦労するというのはよく知っているが、それを目の前で見ると何とも言えない気持ちになる。


 最終的に、ショウゴとクィンシーは1人につき日当金貨1枚の報酬を得る契約をした。更に、倒した冒険者たちの装備品と所持品の売却もデイヴに対して行い、その売却金もまとめて支払うことで話しがまとまる。


 日当の金貨1枚などは相当高い。しかし、クィンシーに言わせると、ダンジョン内での突発的な依頼は料金が割高になって当然だという。それに、地下4層への依頼を出せる商売人ならこのくらいの出費は覚悟するべきであるとも付け加えた。そもそも戦えない身で悪意のダンジョンに入るのが悪いのである。


 尚、アラスターが仲間の遺品を持って帰りたいと言ったので、付き合うことになった。あの部屋に戻り、冒険者の証明板、武器、小物の所持品、食料など、持って帰れる物は持って帰ろうとする。その結果、デイヴ共々荷物を多数抱えることになりふらついていた。


 現在位置からだと悪意のダンジョンの外に出るにはほぼ丸1日かかる。2人の様子を見たショウゴは不安になった。それでもやると決めたのは2人なので何も言わない。


 近くで1泊してから4人は地上に向かって出発した。

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