中層を巡る者たち
特別な施設と呼ばれる一群の施設で変わった仕掛けを突破したショウゴとクィンシーはその後一泊した。特にショウゴは精神的な疲労がいつもより大きく、野営地と定めた場所で夕食を食べるとすぐに眠る。
翌日、ショウゴはある程度すっきりした様子だった。本人曰く完全ではなくある程度という回復具合だったが、探索に支障はないとクィンシーに報告する。そのため、この日もいつも通り探索することになった。
未踏地の通路をクィンシーの指示で進むショウゴは罠を警戒して周囲に気を配る。神経が削れる作業だが手を抜くわけにはいかなかった。
そうして鐘の音1回分の探索をしたところで休憩に入る。肩の力を抜いたショウゴは大きく息を吐き出した。
水袋を口にするショウゴはクィンシーに話しかけられる。
「探索の速度を上げたいが、できそうか?」
「まだ無理だ。ようやく地下4層に慣れてきたところだから。そんなに急ぎたいんだったら、役割分担して探索するか? 床と壁の下半分は俺担当で、壁の上半分と天井はクィンシーっていう形で」
「しかしだな。見落としが怖いから、2人で全体を見た方がいいんじゃないか? オレが少し引いた場所から全体を見るのは重要だと思うぞ」
「それはわかってる。急ぎたそうだったから速く進める方法を提案しただけだよ」
落ち着いた様子でショウゴがクィンシーに自分の意図を説明した。何か問題があればそれに対して提案をし、更には検討していく。これを繰り返して2人は探索を進めた。
探索と議論を繰り返して先に進む2人だったが、あるとき、前方から10人程度の集団が姿を現す。冒険者パーティが一般的に多くても6人であることから人数が多めの集団だ。そして、そんな集団の中に前に町の酒場で見かけた人足の姿を目にする。これで目の前の集団が何であるか理解できた。
そんな集団に対してクィンシーが声をかける。
「こっちは地下4層を探索している冒険者だ。オレがクィンシー、こっちはショウゴ。あんたらは?」
「こちらは『偉大な手』だ。私はチャールズ・ヤング、この探険隊の隊長だ。私たちは今、地下5層を目指している」
「それじゃお互い目的は違うな。だったらこのまますれ違ってしまおう」
「悪くない考えだが、ひとつ提案がある」
特に用がなければ悪意のダンジョン内で出会った者同士はそのまま別れてお終いだ。クィンシーとしては探険隊と話すことはなかったので離れようとしたが、向こうはそうではないらしく2人を呼び止める。ショウゴは首を傾げ、クィンシーは訝しんだ。
そんな2人にチャールズが提案する。
「地下4層、この階層の地図をお互いに見せ合わないかかね?」
「地図を? それはまたどうして?」
「お互いにまだ足を踏み入れていない場所の情報を教え合うことで、どちらも探索の手間を省けるだろう。悪い話しではないと思うが」
「そちらは地下4層の探索を始めてどのくらいになるんだ?」
「今日で2日目かな。それが何か?」
「オレたちは今日で4日目なんだ。交換する情報量が不釣り合いだな」
クィンシーの返答にチャールズが黙った。いささか重い雰囲気が満ちてくる。
隣で話を聞いているショウゴとしてはどうしたものかと考えていた。こういう話しを相手が持ちかけてくるということは、探険隊はまだ地下5層へ続く階段を見つけていないのだろうと想像する。そして、あわよくばこちらの地図に階段の情報が載っていることを期待していることも何となく察せられた。しかし、階段を見つけていないという点ではこちらも同じである。そうなると、後は単純に持ち寄る情報量がどれだけ多いかだ。今まで調査した範囲あるいは地図として書き込んだ情報量の差が重要になってくる。階段が見つからなかった場所をたくさん知ることができるほど、その場所でないどこかを探せば階段を発見しやすくなるというわけだ。
こう考えると、地図の情報を交換したときにチャールズの方が利益が大きくなる。多少ならともかく、倍程度も与える情報量に差があるとなるとクィンシーが躊躇うのも当然だとショウゴは思った。
やがて小さくため息をついたチャールズが少し肩を落とす。
「そうか。残念だよ。それでは、失礼するよ」
「ああ、元気でな」
別れの挨拶を交わすと、チャールズ率いる探険隊はゆっくりと去って行った。やがて通路の角を曲がったことで姿が見えなくなる。
最後まで見送った後、ショウゴが小さく息を吐き出した。それからぽつりと漏らす。
「もっと気軽に地図を見せ合える状態だったのいいんだけどな」
「そうだな。しかし、地図は地味だが努力の結晶でもある。簡単には人に見せられんよ」
「地図を作っているのはクィンシーだから、それについてはクィンシーが考えればいいと思う」
「その通りだ。さぁ、探索を再開しよう」
大きく息を吐き出したクィンシーが声色を明るいものに変えた。その声を聞いたショウゴは肩を鳴らしてから先頭を歩き始める。今まで通り、雇い主の指示に従って進んだ。
歩みは遅くとも地道に続けていればそれは積み重なる。昼頃には予定していただけ通路の探索が進んだ。昼休憩後は未調査の扉の向こう側を調べる。
そうしていくつかの部屋を調べた後、次の部屋を探索するべくショウゴとクィンシーは移動した。目的の部屋までたどり着くとまずは扉を調べようとする。ところが、それは既に開いていた。そして、室内には4人の冒険者がいるのを目にする。
「クィンシー、先に誰か入ってるぞ」
「最悪地図が描ければいいから、そこまで気にしなくてもいいだろう。階段はあるか?」
「ない。罠もなさそうに見えるけど、あの4人、何かおかしくないか?」
通路から窺うように部屋の中を見ながらショウゴが隣のクィンシーに問いかけた。室内は正方形のようで、その1辺に対して1人ずつが対峙し、天井近くを見つめて何かをつぶやいているのだ。小声なので何を言っているのかまではわからない。はっきり言って普通ではなかった。
何とも不気味な言動をしている冒険者たちを見ながらショウゴが雇い主に提案する。
「クィンシー、ここから部屋の地図を描いて他に回らないか? どうにも中に入りたくないんだ」
「オレも同じだよ。少し待ってくれ」
羊皮紙とペンを取り出したクィンシーが急いで地図を描き込んだ。その間、不安そうな表情のショウゴが部屋の中を眺める。意図がわからないので怖いが、問いかけるのは更に恐ろしいので黙って見ているしかない。
やたらと長く感じられた待ち時間の末にクィンシーが地図を描き終えた。そうして2人が踵を返してその場を離れようとしたとき、突然部屋の中から声をかけられる。
「よう! お前たちもこの中に入りに来たのかい?」
「は?」
「この部屋、なかなかいい感じだよな! オレたちもすっかり気に入ってるんだ!」
「え?」
何もない部屋を気に入っていると言われた2人は立ち止まってしまった。まずいことに離れる時機を逸してしまう。声をかけてきた1人だけでなく、他の3人も寄ってきた。4人とも非常に愛想が良いものの、その目はどこか異常に見える。悪巧みをしているというよりも何かに狂っているという様子だ。
何とかこの場から離れようとする後ずさる2人に対し、同じだけ近づいて来るどこかおかしい4人がにこやかに話しかけてくる。
「オレたちはな、ここにある舞踏場や美術館に通うためにカネを集めてるんだ」
「こんな鉄の通貨なんだけどな、これを競技場や劇場なんかで稼いで来るんだよ」
「それで遊技場や図書館に入るのに使うんだ。これが結構面白いところなんだぜ」
「お前たちは行ったことがあるか?」
異様に目を輝かせた冒険者4人が次々と語りかけてきたことにショウゴとクィンシーは顔を引きつらせた。なんと言うか、狂気が伝染しそうな気がして恐ろしい。
尚も一歩下がりながらショウゴが口を開く。
「えっと、競技場と劇場になら一応」
「あ、バカ答えるな!」
「おお、そうか! 同志よ!」
ショウゴの返答に迫る4人の冒険者が喜んだ。そこから相手側が一方的に盛り上がってしゃべる。ショウゴとクィンシーは何を言っているのかよくわからなかった。
冒険者4人は散々楽しそうに語った後、2人に対して地下4層で罠がなく魔物も侵入してこない安心して休める場所を教えてくれる。これだけ聞くと随分と親切に思えるが、それまでの言動が異常なせいで信用できない。そして、それを機に冒険者4人は再び無表情になると踵を返して部屋に戻っていく。
全員の姿が見えなくなったところでショウゴとクィンシーは我に返った。また出てきて絡まれては適わないと慌ててその場を離れる。
得体の知れない恐ろしさに触れた2人はしばらく何もできなかった。




