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悪意のダンジョン  作者: 佐々木尽左
第2章 中層

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特別な施設(後)

 悪意のダンジョンらしいと言えばそうだが、命を賭けた陸上競技をすることになったショウゴは疲れ果てていた。事前にそういう施設があるという知識は得ていたものの、実際にやってみると感想は事前のものとはまったく異なってくる。


 宙に浮く専用鉄貨を手にして懐に入れたショウゴは立ち上がった。体はだるいが呼吸はほぼ平常通りにまで戻っている。


「はぁ、きつかった。こんなのがこれからあちこちあるのかよ」


「みたいだな。なかなか疲れるが、これからも見つけたら1回は入るぞ」


「いいよな、魔法(ドーピング)できる奴は」


「素の身体能力だとオレはお前ほどじゃない。魔法を使わないと今の競技は死んでたぞ。そのくらいは考慮してくれ」


「はいはい。あー、もう入りたくないなぁ」


 心底嫌そうな顔をしながらショウゴは出口に向かって歩き始めた。競技が終わった以上、ここに長居する意味はない。扉を開けて通路に出る。


 後から続けて出てきたクィンシーが地図を確認した。周囲の様子と見比べて小さくうなずく。事前に探索した場所だと断言すると次の部屋に足を向けた。


 それからしばらくは通常の部屋の探索が続く。扉と部屋で罠の有無を見てあれば解除か回避、そして室内の探索をした。たまに豚鬼(オーク)が出てくるが、クィンシーの魔法である程度抵抗力を奪ってからショウゴが倒していく。地下4層は数が多くないので魔物単体が多少強くなっても対処できた。


 いくつもの部屋を調べ、その度に地図へと記載していく。罠の頻度が上層よりも多くなったのでその速度は低下しているが、それでも2人は着実に行動範囲を広げていった。


 そうして残りの探索時間が鐘の音1回分を切ったとき、次の特別な施設にたどり着く。今度は劇場(シアター)の印がある他の部屋のものよりも立派な扉だ。


 扉に描かれた印を目にしたショウゴが顔を歪める。


「また来たな。同じ日に2回も入りたくないんだが」


「とは言っても、放っておくわけにもいかないだろう」


「これ、やらなくても下の階層には行けるだろう?」


「下の階層にいくだけならな。前にも言ったが、専用鉄貨が必要になる特別な施設もあるんだ。それを稼ぐ必要がある」


「あーそうだった」


 雇い主の説明を受けてショウゴは渋い表情になった。できれば忘れたままでいたかった記憶である。


 抵抗を諦めたショウゴは扉を開けた。その向こう側は舞台袖だ。観客席から見える舞台の両脇にある演者が控える場所である。ただし、道具も何もない。そこに舞台袖という空間が広がっているだけだ。


 通路側に立つショウゴが振り返ってクィンシーに声をかける。


「俺、演劇なんてやったことないぞ」


「本当に劇をやるわけじゃない。劇に模したものをやるだけだ」


「それはそれで不安になるんだけどな」


 先に舞台袖へと踏み込んだクィンシーに向かってショウゴは返答した。しかし、言葉が返ってこなかったので小さくため息をついてから中へと入る。後ろで扉が閉まった。


 室内は大きな劇場の舞台かあるいはそれを模したものだ。他と同じように精巧な石造りである。しかし、舞台を中心に幕などの布が各所に垂れ下がっており、観客席の方は緞帳(どんちょう)が下ろされているため見えない。


 周囲の様子を見るショウゴが不思議そうにつぶやく。


「もしかして俺たちだけで劇をしろっていうのか? 小学校の学芸会で端役をやっただけだっていうのに。大体誰が見るっていうんだ」


「これはオレたち参加者が演じきるのが目的だ。観客に見せるのが目的じゃないから観客席は気にしなくてもいい」


「なるほどねぇ」


 うんざりした様子のショウゴは事前に教えてもらっていた知識を頭に浮かべた。


 この劇場では、演者となる人間が人間を模した人形かランダムで選ばれた魔物と短い劇を演じることになっている。とはいっても、実際は演じる劇が何であれ、人間を殺すような流れになっていた。人間は演者の攻撃をすべて躱してゆき、最後まで生き残ったら終幕となる。


「演劇を模した公開処刑みたいに思えるんだが」


「確かに。しかし、劇の流れから逸脱しすぎると殺害対象となるから注意するんだぞ」


「人間以外の演者全員が一斉攻撃をしてくるんだったか? やっぱり正気じゃないな」


『これより、主を称える宴─屠殺編─を開演します。演者の皆様は舞台袖で待機してください』


「なんかひどい題名が聞こえてきたぞ」


「その辺りは気にするな。いちいち気にしても仕方がない」


「あとひとつ。どのタイミングで舞台に入ればいいんだ?」


「向こうの動きを察するしかない。見落とすと死ぬからな。食らいついていけよ」


「演劇をする奴に対する注意じゃないな、それ」


『間もなく演劇が始まります。演者の皆様、舞台袖で準備してください』


 舞台近くまで寄った2人が警戒していると、緞帳(どんちょう)が上がり始めた。それに合わせて観客席が見えてくるが、その場所は真っ暗で何もない。先程の徒競走で床が崩落した後の底と同じだ。


 観客席の風景にショウゴが呆然としていると、舞台が昼間のように明るくなった。それでついに演劇が始まってしまったのだと悟る。


 反対側の舞台袖には人間を模した顔のない人形や何体かの魔物が立っていた。それらが順番に舞台へと入場していく。そして、舞台上で踊ったり叫んだりし始めた。


 そもそもどんな筋書きなのかショウゴにはさっぱりわからないので、目の前の舞台で動いている人形や魔物が何をしているのか理解できない。こんなおおよその流れも掴めない演劇をどうやってぶっつけ本番でやりきれというのかと内心で頭を抱える。


 悪態と後悔で胸中を埋め尽くしていたショウゴは人形が1体こちらへ近づいて来るのに気付いた。そうして舞台袖近くで立ち止まると手を差し伸べてくる。どういう意味なのかわからず呆然としていると、隣のクィンシーが前に出た。その手を取ってそのまま舞台に上がってゆく。


「え、行くべきだったのか?」


 タイミングを逃したのではと思ったショウゴは焦った。劇の流れから逸脱しすぎると殺害対象となり、人形や魔物が一斉に襲ってくるという知識が不安を煽り立ててくる。ここに来て緊張感が一気に増した。


 どうなるのかとショウゴが身構えていると次いで小鬼(ゴブリン)が近づいて来る。そして、先程の人形と同じように手を差し伸べて来た。


「まさか小鬼(ゴブリン)の手を取ることになるとは」


 殺し合うことはあっても手を取り合うことなど想像だにしなかったショウゴは困惑しながらその手を取った。そのままゆっくりと舞台の中央に導かれ、手を離すと同時に別の場所から豚鬼(オーク)に棍棒で殴りかかられる。


 目を見開いてその棍棒を避けたショウゴだったが、間髪入れずに顔のない人形がダガーを手にして斬りかかってきた。これは一体どんな演目なんだと思いつつも横に避ける。


 その後も次々と周囲の人形や魔物に襲いかかられたショウゴは次々とその攻撃を避けた。そうしているうちに、これはこちらから攻撃できないだけで戦闘と同じなのだと思うようになる。演劇という名の戦いなのだ。


 問題は他に何か仕掛けがあるかもしれないという点である。演劇という名目でこちらを一方的に攻撃してくるのならば、舞台装置という名の仕掛けがあってもおかしくない。


 次第にいつもの調子を取り戻したショウゴは油断なく人形や魔物の攻撃を躱し続けた。ちらりとクィンシーに目を向けるとあちらも同じように避けている。ただ、魔法で身体強化をしなかったらしく、その動きはショウゴよりも拙い。詰んでしまうほどではないにしろ、たまに大きく転がるなどして逃げ回っていた。


 人形や魔物が代わる代わる2人を攻撃し続けていたが、やがてそれも終わりのときがやってくる。今まで延々と襲ってきていた者たちが突然2人から離れたのだ。そうして観客席との境で一列に並ぶとお辞儀をする。それは、緞帳(どんちょう)が降りきるまで続いた。


 劇が終わると人形や魔物は舞台袖に去ってゆき、舞台の明るさも元に戻る。


 2人が周囲を眺めていると目の前に小さな鉄の板が現われた。今回はどちらにも2枚である。


「結局、俺たち何を演じていたんだろうな?」


「主を称える宴─屠殺編─というタイトルだから、たぶんオレたちは食材扱いだったんじゃないかな」


「ということは、俺たちは料理をする場面を演じてたってことか」


「確かにそうかもしれないな」


 嬉しそうに専用鉄貨を懐にしまう雇い主を見たショウゴは小さく頭を振った。何を喜んでいるのかが理解できない。


 ショウゴとしてはできればもう特別な施設に関わりたくなかった。ダンジョンの難易度とは別に理解できないことばかりなので気疲れしてしまうからだ。しかし、雇い主は特別な施設に積極的な様子なので付き合うしかない。


 自分も懐に専用鉄貨を収めたショウゴはクィンシーと共に部屋を出た。

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