地下4層
充分に休養したショウゴとクィンシーは3回目の探索をするべくパリアの町を出発した。丸1日以上かけて悪意のダンジョンへとたどり着く。
螺旋の階段を降りた先にあるそこへ入った2人は今回から中層まで降りる予定だ。そこでひとつ問題がある。何と、地下4層へ続く階段にたどり着くまで丸1日かかるのだ。正確には悪意の山脈の麓を鐘の音1回分近く歩く分も含めての丸1日なのだが、何にせよ町の出発時点から数えると2日間はひたすら移動に費やすことになる。中層までは意外に遠いのだ。
地下4層へ続く階段の近くにある部屋で野営した後、2人は階段のある部屋へと入った。下へと続く段を一歩ずつ進んでゆく。
最後まで段を降りきった2人は周囲を見回した。そこは部屋だった。床、壁、天井を構成する石材は規則正しく敷き詰められており、それ自体がぼんやりと光っている。
「地下3層までと同じだな」
「見た目はな。しかし、ここからは中層だ。間違いなく今までとは違うぞ」
地図を描き終えたクィンシーが道具をしまいながらショウゴに忠告した。
階段のある部屋から出た2人は周囲を警戒する。通路は左右に伸びており、右側は突き当たりまで何もなく、左側は途中で分岐路がひとつあった。
右側に伸びる通路をクィンシーが決めるとショウゴがゆっくりと歩く。冒険者ギルドにある資料によると中層からは罠が悪質化するとのことだった。それを踏まえた上で移動しなければならない。
「わかりやすい目印みたいなのが付いてればいいのにな」
床、壁、天井を警戒しながらショウゴは独りごちた。どこに何があるかわからないまま進むのは神経がすり減る。
嫌な気分になりながら歩いていると、ショウゴが前に出した足に違和感があった。疑問に思う前に急いで横に転がる。すると、次の瞬間元いた場所の床に矢が当たり、鈍い音を立てて跳ね返ってから床に転がった。
素早く立ち上がったショウゴは元いた場所の床に目を向けたまま口を開く。
「どこから飛んできたんだ?」
「天井と壁の交差する辺りからだ。あの辺り、あった、あそこに小さな筒みたいなのがあるだろう。あそこから飛んできたみたいだな」
「ちっくしょう、見てたはずなのになぁ」
「あれは結構見えにくい。きちんと偽装してある」
「これ、通路で魔物と乱戦になったら怖いな。いつ撃たれたかわからんまま死ぬぞ」
「毎回魔法を使えば発見できるんだろうが、歩く度に延々とは確認できん。なかなか性格が悪いな、ここの設計者は」
嫌そうな顔をしながらクィンシーがため息をついた。さすがに上層とは同じようには進めないらしい。探索の速度はかなり落ちそうだった。
それでも諦めるという選択はない。クィンシーの号令でショウゴは再び前に進んだ。
通路で罠が作動したことで通路の探索時間は大幅に延びた。上層までの半分以下に落ちたのだ。罠の数がごく少数でも見えない場所から攻撃されると思うと足は鈍る。そういう意味で最初に作動した仕掛け矢は2人の精神に相当な負荷をかけた。罠としてはかなり有効な仕掛けと言えるだろう。
廊下でこれということは扉や部屋にも罠が仕掛けてあると2人はより警戒するようになった。事実、昼から扉の向こう側を調べ始めるといくつかの罠を発見する。扉、正確には扉の取っ手には刺し針が、部屋には落とし穴がそれぞれあったのだ。いずれも解除あるいは回避できたが、ここに来て本当に罠が増えた。
とある部屋で宝箱の罠を解除したショウゴがため息をつく。
「上の階に臆病者のたまり場ってあったが、降りてきたがらない理由が少しわかった。これは面倒で仕方ない」
「一理ある。単純にカネを稼ぎたいだけなら地下3層でも充分だ」
「でもそうなると、中層以下で活動してる他の冒険者はどうしてそこを選んでるんだろうな? 危険に見合うだけの収入があるんだろうか」
「普通はそう見るんだろうが、果たしてどうなんだろうな」
「クィンシー、今からでも目的を切り替えないか?」
「バカ言え、何のためにこんな遠くまで来たと思ってるんだ。カネを稼ぐだけなら元いた場所で稼いでるぞ」
「そんなに儲かるのか?」
「遺跡から魔法の道具を持ち帰って売り払ってるからな。1度で結構な額になる」
「いいなぁ、俺、そういうのにあんまり縁がないんだ」
「そうなのか。いや待て。ショウゴ、お前の武具はただの武具じゃないだろう。剣の原材料の方はわからんが、その革の鎧の材料は竜種のものだったはず。確か、戦って勝ったんだよな?」
「そうだ。特別な能力があるとはいえ、一晩ずっと戦い続けたのはさすがにかなりきつかった」
「竜種殺しが俺を羨むなんてな。しかしお前、だったら何で地下3層の魔物部屋で苦戦してたんだ」
「竜種殺しは無敵の代名詞じゃないぞ。あくまでも竜種を殺したっていうだけだ。津波みたいに魔物に押し寄せられたら当然余裕なんてなくなるからな」
「あーまぁ確かに理屈ではわかるんだが、うんそうか。単体ならともなく、数の暴力には勝てないのか」
「そういうときはやっぱり魔法で焼き払うのが一番だな」
「ほう、やはりそうなのか」
魔法を持ち上げられたことにクィンシーは笑顔を浮かべた。実際、それだけの成果を出しているのだから当然とも言えよう。
休憩がてらの会話が終わると2人は次の部屋に向かった。そうして順番に調べて行く。やがて調査済みの通路に囲まれた区域の部屋はすべて探索し終えた。時間はまだ鐘の音1回分ほど残っている。
「ちっ、やっぱり通路の探査が思うように進まないから変に時間が余るな」
「だったら、今日から明日の朝まで通路だけ探索するか?」
「そうした方がいいだろう。よし、それなら今からあっちに行こう」
「ちょっと待て、何か来るぞ」
行動の方針が決まって指示を出したクィンシーに対して、ショウゴが待ったをかけた。雇い主が見守る中、最寄りの分岐路に近づく。そっと覗くと遠方から豚鬼が4匹近づいて来るのが見えた。いずれも成人男性よりも一回り大きく黄土色の肌をした巨漢で頭部はほぼ豚で、上半身は半裸、下半身は粗末なズボンをはいていたり腰蓑を巻いていたりしている。武器は刃こぼれした槍や棍棒など多彩だ。
自分の合図で後からやって来たクィンシーにショウゴは見たことを報告する。
「4匹の豚鬼が近づいて来ている。やれることはやれるが」
「さすがにダガーで対処できる相手じゃないな。これからのオレは魔法主体で戦うぞ」
「ここで待ち伏せするか?」
「いや、魔法を使うから遠距離戦で、ああいや、やっぱり待ち伏せしよう。魔法で眠らせてから戦うぞ」
「うわえげつねぇ」
「魔物相手に何言ってるんだ」
雇い主から呆れた表情を向けられたショウゴは肩をすくめた。それから武器である片手半剣を鞘から抜くと飛び出せるように構える。
長杖を構えたクィンシーがショウゴの斜め後方に立った。
2人が分岐路の陰でじっと待ち構えていると豚鬼たちが近づいて来る。人間には気付いていないらしく、4匹で何やら話しをしていた。完全に油断している。
そうして魔物が分岐路近くまでやって来たとき、クィンシーが呪文の詠唱に入った。豚鬼の先頭が見えると長杖を突き出して睡眠とつぶやく。
効果はあった。4匹中、先頭から3匹は膝から崩れ落ち、床に倒れる。完全に不意を打ったことで抵抗すらできなかったようだ。一方、最後尾の1匹は何らかの理由で耐えきる。
次いでショウゴが角から飛び出す。全身を震わせて未だに眠るまいと抵抗している1匹に突っ込んで袈裟斬りにした。その最後尾の豚鬼は何もできずに倒れる。
「よし、後は寝てるこいつらにとどめを刺すだけだな。クィンシー、一番後ろの奴はなんで眠らなかったんだ?」
「そいつだけ視界から外れていたんだよ。飛び出してから魔法を使おうか迷ったんだが、お前がいるから1匹くらいなら問題ないだろうと思ってな」
「信頼されてて嬉しいよ。それじゃ、とどめを刺すか」
気になった点を解消したショウゴは眠っている豚鬼に剣を突き刺して回った。正面から戦うとその力がなかなか面倒な魔物だが、眠って無抵抗だと小鬼よりも簡単に倒せる。
死んだ豚鬼の代わりに現われた魔石は上層のものよりも一回り大きかった。これなら前よりも買取価格は期待できるだろう。
「通路の罠のことを考えると、できるだけ今みたいに不意打ちをする方がいいだろうな」
「無理な場合は魔法で派手に片付けてやるさ」
「それは頼もしい。ぜひそうしてくれ」
2人は笑顔を浮かべながら魔石を拾った。魔物の方は何とかなりそうだと自信を持つ。
そうなると後は罠だ。こればかりは警戒しながら慎重に進むしかない。
戦闘後の後始末が終わったショウゴとクィンシーは移動を再開した。




