表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶対無理と思っていた学園一の美少女と付き合い始めたら、何故か甘々な関係になりました  作者: 延野正行
終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/49

エピローグ

このお話で終わりです。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

 例年よりも寒かった冬が終わりを告げ、3月も末が近くなれば、随分と空気が暖かくなってくる。さすがに桜はまだだけど、コンクリートの隙間には気の早いタンポポが、黄色い花を咲かせていた。


 現在、光乃城学園の講堂では詩子さんのお別れ会が執り行われていた。

 昨日、卒業したばかりの3年生も混じって全校生徒が参加し、卒業式以上の盛り上がりをみせている。

 すでに、あちこちからむせび泣く声が聞こえ、時々「いかないでくれ」と奇声なのか吠えているのかわからない声が聞こえる。

 ちょっと異様な空気であったけど、壇上に立つ詩子さんは時折笑顔を見せたり、声を詰まらせたりしながら、別れの挨拶をしていた。


 会も半ばになった頃、メインイベントが始まる。


 光乃城学園での最後となる詩子さんへの告白式だ。

 試験を勝ち抜き、挑戦権を手に入れた果報者。

 マイクで名前を読み上げられると、1人の男子生徒が緊張した面持ちで、詩子さんが待つ壇上へと登壇した。


「やっと帰ってきました」


 男子生徒は傅いた。

 称号を授与される騎士のように厳かな空気に包まれる。

 おもむろに薔薇の花束を差し出した。


「美しい……。百本の薔薇の花束よりも、あなたの方が何倍も、いや何百倍も美しい。しかし、姫崎さん。僕はそれ以上に美しいものを知っている」


「まさか……あなたの心なんていいませんよね」


「そう。あなたの心……で、す。え? なんでわかったんですか?」


 男子生徒は一旦停止した画像のように固まる。

 詩子さんは冷たい視線を送った。


「わたし、芸のない人が嫌いなんです」


「いや、ちょっと待って。僕はこれ以上、あなたを愛するという言葉を知らないからこそ、同じ言葉をあなたに――」


 慌てて言いつくろうものの、詩子さんの態度は変わらない。

 むしろ余計に『姫騎士』の怒りを増長させた。


「進歩のない人は猿にも劣ります。あと、口が臭いです。残念ですが、ゴキブリの足の臭いがする人とは、人類は付き合えません。どうぞ火星でも目指して下さい」


「な――」


 バッサリと斬られた。

 男子生徒はがっくりと項垂れる。

 長いゴングを聞きながら、コーナーで真っ白に燃え尽きるプロボクサーを思わせた。


 詩子さんは一礼すると、壇上を降りる。

 温かい拍手が送られた。

 たくさんの詩子コールが講堂に響いた。


 ぼくもその様子をうかがいながら、拍手を送る。


「何を呑気にしとるのだ、お前は」


 園市がぼくの横っ腹を肘でこつく。

 さらに横にいた鈴江も、園市の意見に頷いた。


「全くだ。ラブレターを書くのに、翌日の朝までかけたというじゃないか。大減点されて、試験に落ちるなど、以ての外だ」


「そうだ。俺たちの苦労はなんだったのだ。愚か者め」


 2人してぼくを責め立てる。

 仲いいなあ、2人とも。


「「よくない!!」」


 声を揃えた。

 やっぱり仲いいじゃん。


「2人の言うとおりだ、大久野帝斗」


 といったのは、いつの間にか後ろに立っていた賀部先輩だった。

 隣には鳥栖さんもいる。


「会長は大傑作を書けとはいったが、小説を書け(ヽヽヽヽヽ)なんて一言もいってないぞ」


 むすっとぼくを睨む。

 横で鳥栖さんが「にゃはははは」と笑った。


「でも、ひとえも読んだけど、かなり面白かったよ。まあ、ひとえを小学生という表現をしたことについては、殺意を覚えたけど」


 しゃー、と奇声を上げ、鳥栖さんは爪を立てた。

 鈴江はクラスメイトをいさめた後、ぼくに話を振る。


「本当にいいのか、帝斗。お前のラブレター(ヽヽヽヽヽ)は、今や学校の関係者全員が知っていることだ。あれを読んで、お前と姫崎さんとの関係を好意的に思うものは少なくない。このまま正式に付き合うことだって出来たのだぞ」


「付き合う、か……」


 ふと思う。


 付き合うってなんだろう。

 恋人同士ってなんだろう。


 そこに答えなんてあるのかな。

 これが恋人だ、付き合い方だ――なんてことはあるのだろうか。


 少なくともぼくは幸せだった。

 きっと詩子さんもそうだったと思う。


 あの1時間は決して、ゆびさされるようなことではなかった。


 ぼくにとって、放課後の時間は最高に甘い1時間だったんだ。



 ◇◇◇◇◇



「ふー……」


 姫崎真具は眉間を揉む。

 その脇には、プリントアウトされた原稿の束が置かれていた。


「いかがでしたか、父上」


 タブレットの画面には、赤髪の少女が映っていた。

 真具の娘であり、現在光乃城学園で生徒会長をしている亜沙央だ。

 普段は飄々としているのに、珍しく奥歯に力を込め、真剣な表情だった。


 真具はたった今読み終えた原稿の上に手を置く。

 内容を反芻するように、ページの端をパラパラとめくった。


「文章は稚拙で、誤字も脱字も多い。日本語の表現が所々間違っているし。擬音も多くて、よほど美文とはいえないだろうな」


「手厳しいですね」


「これでも世界を動かすほどのコングロマリットの代表でね。毎日小説1冊分に匹敵するほどのビジネス文書を読んでいると、どうしてもあら探しをしてしまう。我ながら実に野暮な職業だと思うよ」


「なるほど。――で、彼の想いは伝わりましたか?」


「手段としては古めかしいし、回りくどい。私ならもっと上手くやるがね」


「その言い回しこそ、回りくどいでしょう。単刀直入に、姫崎社長」


 真具は再び「ふー」と息を吐き出す。

 降参といわんばかりに、首を振った。


「認めないわけにはいかないだろう。これを1日で書き上げた根性も含めてね」


「グローバル企業の代表が根性論ですか?」


「人間を動かす時の最後はね。如何に自分の狂気性を、他人に感じさせられることが出来るかどうかなんだよ」


「肝に銘じておきましょう」


 画面の中の娘は、少しホッとした様子で肩をすくめた。

 一方、真具は少し声をこわばらせ、尋ねる。


「亜沙央、私は間違っていたのかね?」


 真具は最善手を打ったと思っていた。

 帝斗と詩子には確かに悪いことをしたと思う。

 だが、時が経つにつれ、結果的に良い方向に向かうと信じていた。


 けれど、その確信は、青年が書いた膨大な(ヽヽヽ)ラブレターによってわからなくなった。


「人なのですから、見解の相違というものがあると思います。じっくり向き合わなければ、見えてこないものもある。父上ならわかるはずでしょ」


「確かにな」


 大きく頷く。

 亜沙央は続けた。


「恋というものには触れることができない。嗅ぐことも、舐めることも、その悲鳴を聞くこともできない。あるのは『好きだ』という想いだけ。形なんて決められるわけないんですよ。あったとしても、それはひどく無意味なものだ」


 真具は大きく眉を上げた。

 画面の娘は怪訝な表情で首を傾げる。


「どうしました?」


「なに……。我が娘は詩人だな、と思っただけだ」


「不在がちの父上は忘れていると思いますが、私も一応女子なんですよ」


 この年になっても、まだまだ新しい発見はあるものだな。


 真具は密かに感謝した。

 同時に娘たちの成長に驚く。

 そして、あの大久野帝斗という青年にも。


「それで? お前は、私に何をさせたいのだ」


 勝手に最終審査員などに祭り上げたのだ。

 賢い長女のことだから、きっと何かあることはわかっていた。

 むしろ、それに興味があって、引き受けたのだ。


 亜沙央の答えは非常に淡泊だった。


「それを私に聞くのはまた野暮ですよ、父上。それを読んで、大久野帝斗が何を求めてるのか。おわかりではないということはないでしょう」


 真具はやれやれと首を振る。


「お前は意地悪だな。わかった。手配をさせよう」


 ありがとうございます、亜沙央は画面越しに頭を下げる。

 通話を切った。


 真具は鬚を触る。


「恋の形か……」


 ぽつりと呟き、春の空を眺めるのだった。



 ◇◇◇◇◇



 4月になり、ぼくは2年生になった。


 まだ肌寒い日はあるけど、空気は確実に春だった。

 満開の桜並木を横目に、ぼくは最初の登校日を迎える。

 春休みの不規則な生活から脱し切れていない身体は、やや重たく、眠気を誘った。


 校門前に来る。

 静かだった。

 あれほど熱狂的な生徒たちは、潮が引いたようにいなくなっている。

 あちこちで久しぶりにあった同級生に挨拶する声が聞こえた。

 学校として、それが普通の姿であっても、一抹の寂しさを感じずにはいられない。


 今日から、詩子さんがいない学校生活が始まる。


 そう思うと、やはり心に来るものがあった。

 ぼくは鞄と、妹が持たせてくれたお重弁当を背負いなおし、トボトボと歩き出す。


 教室の割り振りをされた場所で、生徒が集まっていた。

 背伸びしながら、クラスを確認する。

 良かった。

 また園市、鈴江と一緒だ。


 ぼくはさらに視線を動かし、名前を探す。

 だけど、「姫崎詩子」という名前はどこにも記載されていなかった。


 教室に行けば、先に来ていた幼なじみ2人と早速、顔を合わせる。

 園市からは手荒い歓迎を受け、それを諫める鈴江とで喧嘩が始まった。

 いつも通りの日常。

 だけど、教室の角で円卓の兵隊たちによって、守られた姫騎士の姿はなかった。


 世界は何事もなかったかのように進んでいく。

 死闘を繰り広げた告白審査試験も、涙で濡らしたお別れ会も、いまや夢だったのではないかと思うほど、現実感がない。

 むしろ、姫崎詩子が――美の女神すらかすむ説明できない美しさが、本当に存在したのかすら疑わしい。


 元々なかったものが、ないのであれば、これは喪失といえるのだろうか。


 ともかく、学校生活は滞りなく進んだ。

 昼休みが過ぎ、放課後になる。

 ぼくは例の教室へ足を運んだ。


 人の気配がしたので、慌てて扉を開ける。

 いたのは、ソロ練をする吹奏楽部の部員だった。


 燃えるような茜色の空に向かって、フルートを吹いている。

 長い影法師は、廊下の方まで伸びていた。


「何か?」


 部員は首を傾げる。

 ぼくは「ごめん」といって、ドアを閉めた。


 屋上や天文室、通学路――他にも色々なところへ行った。

 けれど、詩子さんはどこにもいない。気配すら感じられなかった。


 茜色の空を見ながら、ぼくは思う。

 いつかこの空を詩子さんも見ることがあるのだろうか。


 時差8時間。

 遠い国にいる恋人に思いを馳せた。





 家に帰る。

 ご飯を食べ、お風呂に入った。

 部屋のベッドでごろりと転がった後、メールの着信通知音が鳴る。


【そろそろですが、大丈夫ですか?】


 生乾きの髪をバスタオルで拭きながら、ぼくは返信を返した。


【大丈夫だよ。用意するから、ちょっとだけ待って】


 机のタブレットを開く。

 それには『HIMEZAKI』のロゴが入っていた。


【準備OK】


 すると、着信音がぼくの部屋の中で軽やかに響き渡る。

 タブレットと同じロゴが入ったルーターが、ジジッと小さく音を立てた。


 画面に現れたのは、真っ白なコックの服装をした詩子さんだ。

 長い髪を後ろで束ね、コック帽を頭にのせている。

 どんな姿になろうとも、彼女は美しかった。

 けど、その頬には生クリームがついている。


「頬に生クリームついてるよ、詩子さん」


 開口一番にいう。

 真っ白な顔が、いつぞやのトマトソースみたいに赤くなった。

 慌ててハンカチで拭う。


「今のは見なかったことにしてください」


 照れてる照れてる。

 そんなところも溜まらない。


「仕事、大丈夫なの?」


「ちょうど今、お昼休憩をもらったところなんです。だから、ほら」


 お弁当を見せる。

 きっと自分で作ったのだろう。

 レパートリーも日本にいた時より増えてる。

 詩子さんの努力が感じられた。


 さっき食べたばかりなのに、お腹が鳴る。

 聞こえたのだろう。

 詩子さんは「ぷっ」と口元を抑え、吹きだした。


「もう……。帝斗くんったら」


「だって、美味しそうなんだもん」


「ありがとうございます。……出来れば、食べさせてあげたいのですが」


「十分だよ。通信費とか機材とか全部姫崎家(そっち)もちってだけでもありがたいのに、これ以上迷惑はかけられないよ」


 ぼくは画面に手を付けた。

 詩子さんも同じようにする。

 傍目から見れば、手を合わせているように見える。

 ぼくたちを阻むのは、薄く冷たいガラスだけだ。


 本音をいう。


 今すぐにでも詩子さんの元へ行きたい。

 1時間といわず、一生ずっと彼女の側に寄り添いたい。


 けれど、ぼくはまだちっぽけな高校生だ。

 薄ガラス1枚破れない脆弱な男だ。


 でも、いつか――。

 いつかきっと詩子さんにふさわしい男になりたい。

 同じ物を見て、同じ物を聞き、同じ空気を吸って、同じ時間を過ごしたい。


 それまで、ぼくはこの(とき)を大切にしようと思う。


「じゃあ、始めようか」


「はい。はじめましょう」


 ぼくたちの1時間を。

 恋人同士の時間を。


「こんにちは、帝斗くん」


「こんばんは、詩子さん」


 ぼくたちはそれぞれの時間を生きている。

 けど、この1時間だけは神様だって文句を言わせない。


 だって、ぼくはこんなにも幸せなんだから……。


 これは間違いなく“普通”のどこにでもある学園ラブコメディ。

 リトルオークと呼ばれるぼくと。

 『姫騎士』なんて少々物騒で可愛げのある綽名の姫崎詩子。


 その大事な1時間のお話である。


無事、完結となりました。

改めて、ここまで読んでいただいた方に感謝を申し上げます。

またブクマ・評価・感想をいただきありがとうございます。

最後まで作品のモチベーションを下げることなく、やってこれたのは読者の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。


この後、あとがきを書くつもりです。

作品のことを少しお話しようと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ