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絶対無理と思っていた学園一の美少女と付き合い始めたら、何故か甘々な関係になりました  作者: 延野正行
第2章

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28時限目 ぼくとジュリエット……

文化祭のお話になります。

 舞台に一条のスポットライトが当たる。

 瞬間、歓声とも悲鳴とも取れる声が客席から聞こえた。

 騒然となり、体育館を埋め尽くした観衆は、惜しみない拍手を送る。


「詩子さま!!」


 1つの黄色い声援をきっかけに、ブーケのように声が飛んだ。


 スポットライトを当てられた詩子さんは、ドレス姿だった。

 フラワービーズのカクテルドレス。

 まるでピンクの薔薇を想起させる。

 肩まで開いた襟元が、照明を受けて、鮮やかな白い肌を引き立てていた。


 大道具係が徹夜して作った城のバルコニーに上る。

 まだ落ち着かない客席が静まるのを待ち、詩子さんはようやく台詞を発した。


「なんて残酷なんでしょ……。星はこんなにも綺麗なのに。わたしの心は星がなくなった夜空のように暗いままなんて。――誰?」


 空を眺めていた詩子さんは、上手(ひだり)を見つめる。

 すると、もう1本のスポットライトが灯った。

 現れたのは、王侯貴族が着るような衣装を纏った青年だ。

 頭にはその身分を示すように小さな冠が載り、足にはハイソックスをはいている。


 凜々しい顔を詩子さんに向ける相手は、ぼくの幼なじみ鈴江だ。


 ロミオとジュリエットの一幕。

 ジュリエットが恋した男が敵対しているモンタギュー家の息子であることを知り、失意にくれる中、こっそりとロミオが中庭に現れる劇中屈指の名場面だ。


 もちろん、詩子さんがジュリエット。ロミオが鈴江だ。



「ああ……。ロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」



 迫真の演技だ。

 とても最初は役を拒んでいた人とは思えない。

 ただでさえ、人を惹きつける魅力を持っているのに、役になりきることによって、観衆の目を釘付けにしてしまう。

 いつの間にか客席はしんと静まり返っていた。

 シャッターとフラッシュもない。

 息をひそめるように、食い入るように舞台を見つめている。


 すごいなあ……。


 改めて、恋人の魅力を思い知らされる。

 その才能とともに……。


 彼女にはいくつかの芸能事務所からスカウトが来ているらしい。

 チケット制なのに、どうやって入ってきたのかそれっぽい人たちもいる。

 きっと姫崎詩子がその気になれば、なんだって出来るかもしれない。


 でも、彼女はぼくを選んでくれた。

 毎日1時間だけど、ぼくと会うために時間を割いてくれている。

 それがどれほどの幸運で幸福なのか、こういう時思い知らされる。


 場面が終わる。

 照明係のぼくは、詩子さんに向けていたスポットライトを慌てて消した。


 まだ終わってもいないのに、拍手が鳴り止まなかった。



 ◇◇◇◇◇



 1日前――。


 光乃城学園は文化祭の準備に追われていた。

 明日が本番。

 クラスは詩子さん主演の「ロミオとジュリエット」の成功に燃え、準備期間中は夜中まで作業していた。

 おかげで立派なセットが組み上がり、衣装もそれっぽいものが出来上がった。

 役者陣もどうにか詩子さんの足を引っ張らないように、今も懸命に稽古を続けている。


 けど、詩子さんは相変わらずだ。

 円卓メンバーに守られながら、台本に視線を落としていた。

 他に彼女がすることといえば、役のことについて2、3質問する程度だ。


 詩子さんを中心にクラスがまとまる中、当人だけは隔離されている現状は、なんとも皮肉だった。


 実は、ここ3日ほど詩子さんとは話していない。

 家での一件が原因ではなく、あれから数日顔を合わしているし、メールも頻繁にやりとりしている。

 単に、文化祭のため人手が足りないらしく、1時間の封鎖のための兵隊が集まりにくいというのが、会長の言い分だった。


 寂しいけれど、全く会えないわけじゃない。

 学校にいけば、お互いの状態はわかるし、なんといっても、ぼくたちはクラスメイトだ。

 言葉を交わすことはないかもだけど、一瞬目線を合わせることぐらいなら出来る。


 ぼくたちは我慢が可能だ。

 たかが3日――。

 そう高を括ってる時期が、ぼくにもありました……。


 正直にいうと、苦痛でならない。

 たった3日会えないのが、こんなに寂しいとは思ってもみなかった。


 詩子さんはどうなのだろう。

 どう思っているのだろう。


 一生懸命、練習する彼女を横目に、ぼくはじりじりとした焦燥を抱えていた。


「帝斗! おい、聞いているのか?」


 目の前にロミオ――じゃなかった鈴江が立っていた。

 どうやらぼくは荷物を持ったまま廊下の真ん中で立ち尽くしていたらしい。


「しっかりしろ。お前、男だろ」


 べんとぼくの背中を叩く。

 君もだけどね。


「姫崎さんはいつも通りなのに、彼氏のお前がそんなことでどうするんだ?」


「う、うん……。ごめん」


 自然と肩が落ち、背中が丸まる。

 再び鈴江は豪快にぼくを叩いた。


「重傷だな、全く……。姫崎さんの言うとおりだ」


「詩子さん……?」


「ちょっと来い」


 ぼくの手首を掴む。

 作業する生徒をかいくぐり、やってきたのは例の教室だった。


「ほら。入れ」


「え? あ。ちょっと!」


 鈴江はポンと背中を押す。

 そして中にいる人に向かって言った。


「5分だけです。それ以上は持ちません」


「十分です」


 聞こえてきたのは、詩子さんの声だった。

 いつもの教室には見慣れないものがある。

 360度カーテンで覆った小さなフィッティングルームがあった。

 引き戸が閉まる。

 鈴江は外で待機した。


「帝斗くん?」


「は、はい」


 背筋を伸ばし、思わず畏まってしまった。


「こっちへ」


 簡易の試着室へと招く。

 ぼくは誘蛾灯に群がる虫のようにフラフラと近づいていった。


「入って」


「い、いいの?」


「うん。大丈夫だから」


「じゃあ、お邪魔します……」


 カーテンを払い、中に入る。

 現れたのは、ピンクのカクテルドレスを着た詩子さん(ジュリエット)だった。


 ふわ……。


 目も心も、ぼくの中に流れる血でさえも、彼女に奪われたような気がした。

 美しい……。

 まるで1輪の薔薇がすっと立っているように見える。


「どうかな?」


 詩子さんは気恥ずかしそうに頬を染める。

 スカートの端をつまみ、軽く会釈した。

 そのお茶目なアクションに固まっていたぼくの顔はようやく綻んだ。


「綺麗だよ」


 それ以外に言葉は見つからない。

 でも、詩子さんは微笑んだ。

 今、気づいたけど、少し化粧をしている。

 唇に淡いピンクのリップを付けていた。


「ありがとうございます。衣装を見せるなら、はじめは帝斗くんって決めてたんです」


「そうなんだ。うん。本当に綺麗だよ」


「帝斗くん」


 詩子さんは改まる。


「会いたかった」


「ぼくも……。ずっと会いたかったよ」


 ぼくたちはキスした。

 リップのついた唇は、少しいつもと違う。

 甘ったるい感じがした。


 ぼくたちは同時に息継ぎをする。

 詩子さんは「ふふ……」と声を上げて、笑った。

 ハンカチを差し出す。


「これで拭いて下さい。さすがに、その口元を見られては不味いと思うので」


「ありがとう。でも、詩子さんのだとは思わないだろうけどね」


 こんこん、とノックが鳴る。

 外の鈴江が鳴らしたようだ。


「もう時間のようですね」


「残念……」


「これじゃあ。ロミオとジュリエットじゃなくて、シンデレラですね」


「そうだね。ぼくたちもシンデレラのように結ばれればいいのに」


 そうだ。

 ロミオとジュリエットじゃなくて、シンデレラと王子であればいいのに。


 すると、詩子さんは腕を差し出した。


「ああ……。ロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」


 台詞の一節をぼくに向かっていう。

 ぼくは台詞を返した。


「ロミオという名が嫌なら、私のことを恋人でもなんでもお呼び下さい」


「どうやってここへ? 誰かが手引きしたのかしら」


「運命の糸が私をここへと導いてくれたのです。たとえ、堅牢な城壁があなたを守ろうとも、私はいずれあなたの下に参上したでしょう」


「ああ。ならば、わたしのこの気持ちも……。運命なのでしょうか?」


「どうか自分の気持ちに正直になってください。私は過去も、今も、未来もあなたを愛し続けるでしょう」


 ぼくは詩子さんの手を取った。

 彼女は微笑む。


「すごい……。台詞を覚えてるんですね」


「あれだけ熱心に教室で練習されると、誰だって覚えるよ」


「会えてよかった」


「ぼくも……」


 そうしてぼくは教室に詩子さんを残して出て行った。

 心にわだかまっていた焦燥感は、少しだけ晴れていた。


4000pt目前まで来ました。

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