18時限目 幼なじみの秘密
雨が続いているので、更新頑張りますよ!!
私こと――新氏鈴江は知っている。
幼なじみである大久野帝斗と、護衛対象である姫崎詩子が付き合っていること。
それが1日1時間しかないことを。
別にさして凄いことではない。
円卓の幹部であれば、誰でも知っていることだ。
そもそも彼らのために、虚言、陽動、詐術、トリック、封鎖――あらゆる策略を駆使し、その1時間を捻出しているのは、他でもない――。
我々、円卓なのだ。
その貴重な1時間を、姫崎詩子は私との時間に割きたいと要望した。
会長は「面白そう」とあっさり了承された。
とうの彼氏に至っては、「詩子さんが、そうしたいのであれば」とこちらもあっさりと受け入れる。
かくして、私は円卓の幹部メンバーの羨望の下、2人がよく使う教室に向かっていた。
本来は封鎖する側の私が誰もいない東棟の廊下を歩いている。
どうしても違和感がつきまとった。
教室にたどり付く。
2秒ぐらい躊躇った後、私はノックした。
「どうぞ」という声が、楽器の音色のように聞こえる。
引き戸を引いた。
目に飛び込んできたのは、赤い夕焼けだった。
炎のような光が窓から飛び出し、教室を紅蓮に染めている。
その中で1つの影が大きく、廊下側まで伸びていた。
姫崎詩子が茜色の夕日を受け、立っていた。
「いらっしゃい。どうぞ」
隣の席を指し示す。
おそらくいつもそこに帝斗が座っているのだろう。
私は遠慮して、1席外れた席に座った。
帝斗と同じ席に座るのは気が引けたからだ。
姫崎さんは特に気分を害することもなく、柔らかに微笑んだ。
ドキッとしてしまう。
いつも側にいて、その美しさは嫌になるほどわかっているのに、口が動いてしまう。
「綺麗……」
「え?」
「な、なんでもありません」
慌てて取り繕った。
かあ、と全身が熱くなるのを感じる。
何をいっているのだ、私は!
「早速ですけど、新氏さん。例のものを見せてもらっていいですか」
「は、はい」
対面の席に座り直すと、姫崎さんは身を乗り出し要求した。
私は側に置いた学生鞄から1冊のアルバムを取り出し、机に広げる。
「まあ……」
またも【姫騎士】の表情が変わる。
私が持ってきたのは、昔の写真だった。
自分と帝斗(その他園市)が映った写真だ。
「あ。これが帝斗くんですね」
「はい……」
「帝斗くん、この頃からプニプニしてるんですね。かわいい!」
その感触を確かめるように、頬のあたりをなぞる。
目を細め、愛おしそうに眺めた。
「こっちは新氏さんですね。可愛いです」
「そんなこと……」
おそらく4歳の夏だろうか。
ビニールプールで浮き輪を付けた帝斗と、カメラを向ける父に水鉄砲を向ける水着姿の私が映っていた。
私が目一杯やんちゃな感じで笑っているのに対し、帝斗の方はボケッとカメラに目線を向けている。
「そういえば、この頃の帝斗はあまり喋らなかったんですよね」
「そうなんですか?」
「何を考えているかわからないというか。いつも園市と私に引っ付いてくるというか」
「へぇ」
他愛のない昔話でも、まるで宝物でももらったかのように大げさなアクションをする。
初めて見る【姫騎士】の姿だった。
こんな姫崎さんと、毎日1時間――帝斗は会っているのだろうか。
この際、はっきりといっておく。
私に姫崎詩子への執着はない。
円卓に入ったのも、毎日教室に告白しにやってくる有象無象の輩にクラスメイトが困っていたからだ。
だけど、今ここにいる彼女を見ていると、少しだけ気持ちがわかる。
姫崎詩子には、人の心を揺るがす何かがあると思う。
美しさとは別の何か。
他者にその美貌を強制するというか、有無も言わせぬ魅力がある。
時折、歓声を上げながら、姫崎さんはアルバムを楽しんでいた。
美しい横顔を見ながら、私は思い切って尋ねる。
「あの……姫崎さん。なんで、帝斗なんですか?」
「――え?」
「私から見ても、姫崎さんはとても綺麗です。マスコミとか周りが騒ぐのもわかります。けれど、帝斗は違います。姫崎さんとは真逆です。地味で、特に取り柄もない。太っちょな男の子――それだけです」
「そ、そこまで――」
「失礼なことをいうかもしれませんが、あなたはもっと自己を過大評価すべきです。この世には帝斗よりもいい男の人なんて、いくらでもいます。……あなたはもっと周りが納得する人間とお付き合いするべきじゃないですか?」
全部告白してから、私はようやく気づいた。
自分のいったことが、とても残酷なことだと。
それはきっと姫崎さんが毎日返している言葉よりも、辛辣なものだったに違いない。
姫崎さんは何も言わなかった。
ただ呆然と私の方を見ていた。
「すいません。私、つい興奮しすぎて。……やっぱやめます、円卓――。正直、もう私は必要ないと思うし」
「いいえ。その必要はありません」
姫崎さんははっきりと言った。
その顔は予想とは裏腹に笑顔だった。
「新氏さんの言うとおりだと思います。確かにわたしは皆さんが望むような結果を示していない。そのために帝斗くんにも迷惑をかけることになってしまっています」
「そ、そこまでいって――」
姫崎さんは首を振った。
「でも、知ってしまったんです。大久野帝斗くんという男の子を。彼の魅力を」
「帝斗の魅力?」
「安心感ですよ」
「あんしん……」
人を評価する言葉としてはひどくかけ離れているような気がした。
しかし、姫崎さんは大まじめに答え続ける。
「側にいるだけで、ホッとするというか。すべてを委ねられるというか。……冬のお布団みたいに柔らかくて、暖かくて……。――あれ、ダメですね。なんか人を褒める言葉ではないような気がしてきました」
姫崎さんは少し誤魔化すように笑う。
けれど、私にはなんとなく理解出来た。
「小さい頃、よく帝斗と私、あと園市ってヤツとよく遊んでたんです」
私は唐突に切り出す。
「で――時々。帝斗がいなくて、私と園市だけで遊ぶ時があったんです。でも、なんか気まずい雰囲気になったりするんですよ、どうしても。空気に棘があるというか。――あ、言っておきますけど、私が園市ってヤツが好きだったとかそういうことではありませんから」
「それで?」
「で――。帝斗が合流すると、その空気が一変するんです。帝斗はほとんど何もいわないけど、何もしない子供だったけど、私たちの緩衝材っていうか」
「安心できるんですよね」
そう。そうなのだ。
大久野帝斗は、何故かただ側にいるだけで他者を安心させるような魅力がある。
姫崎さんと同じで、帝斗にも説明できない何かがあるのだ。
「ねぇ……。くどいようだけど。帝斗を騙したりしてませんよね」
「前にも同じようなことをいわれました」
「もしかして、理采?」
「ああ。幼なじみだから、よくご存じなんですね」
「ま、まあね」
前の騒動の時、私も現場にいた。
まさか、兄を慕う妹が、すっかり【姫騎士】ファンになっているとは思わなかったが。
「あの~。聞いて良いですか?」
「なんでしょうか?」
「もしかして、新氏さんも帝斗くんのこと好きなんですか?」
…………。
ち、ちょっと待て!
どうしてそうなるんだ!
と、というか、なんで私は顔を赤くしているのだ。
手汗まで。
待て待て。
そんなわけない。
私は帝斗が好きじゃない。好きなわけない。
確かにあいつといると安心するとはいった。中学の時、一旦別になった時も、ちょっぴり寂しかったし。高校になって、しかも同じクラスになれた時は、控えめにいっても天に舞い上がる気持ちだったとか断じて……。
――はっ!
私は椅子を蹴って立ち上がった。
「新氏さん?」
姫崎さんは首を傾げる。
同時に教室の外で物音が聞こえた。
「何やつだ!」
裂帛の気合いとともに駆け出す。
すると、廊下側で影が動いた。
バタバタと逃亡を謀る。
私は扉を払うようにして開けた。
夕闇の廊下を駆ける生徒を見つけると、全速力で追いかける。
幸い相手の足は遅い。
階段前で召し捕る事ができた。
馬乗りになり、その襟首を掴む。
「大人しくしろ! どうやってここの場所――」
生徒の顔を見て、私は絶句する。
後からついてきた姫崎さんが叫んだ。
「帝斗くん!?」
「や、やあ。詩子さん、鈴江」
「ど、どうしてここに?」
尋ねたのは姫崎さんだった。
私はというと、驚きすぎて言葉がでない。
「2人が話すって聞いてさ。ちょっと心配になって」
「心配なんて……。昔の帝斗くんのお話を伺っていただけですよ」
「む、昔の? そうなんだ。言ってくれれば、話したのに」
「彼女としては、他の人の評価も気になるところだったんです。それに、新氏さんには入学当初からお世話になってましたし。いつかお話が出来ればなあ、と思ってて」
「じゃあ、いっそ友達になったらいいじゃないかな」
「え? は? ちょっと帝斗!」
私の頭の上を飛び交う言葉に、ただただ圧倒されながら聞いていたら、とんでもない提案が降ってきた。
すると、姫崎さんは黒髪を振って、私の方に身体を向ける。
「是非。わたしとお友達になって下さい、新氏さん」
手を差し出す。
私は何度もその芸術品のような手と、顔を比べた後、手を伸ばした。
そろそろと握る。
柔らかく、優しい温度を感じた。
「よろしく……。お願いします」
「はい。よろしくお願いします」
ホッと息を吐いたのは、帝斗だった。
我々を見比べながら、安心したように微笑む。
「良かったよ。ぼくはてっきり詩子さんが鈴江に告白を受けているのかと」
「あら? なんでそうなるんですか? 鈴江さんは、立派な女性ですよ。とはいえ女の子から告白されることもしばしばですけど」
「あ。そうか。詩子さんは知らないのか」
「何をですか?」
【姫騎士】はまたも首を傾げる。
帝斗は目で合図を送った。
きっとあのことだろう。
私は黙って頷いた。
隠していても詮ないことだ。
誤解されたままでいるのも、気まずいし。
「えっとね。ちょっとびっくりするかもしれないけど。鈴江はその――」
男の子なんだ。
「へ? はっ?」
「つまり、身体は男の子なんだけど。心は乙女というか。まあ、結構男勝りだけど……。えっとね。聞いたことがあるかもしれないけど、言い直すと――」
男の娘なんだ……。
「う、うそ……」
姫崎さんは私をマジマジと見つめた。
黒い双眸に、スカートをはいた女子生徒が映る。
うん。我ながら、今日も可愛い。
「えっと……。もし良かったら確認しますか?」
「か、確認?」
私はおもむろにスカートをたくし上げる。
【姫騎士確認中…………】
「ふひゃああああああ!! い、今わたしの手に、な、なななな生暖かいなまこが!!」
私は頬を染める。
ちょっと気持ち良かったかも(ポッ)。
姫崎さんはというと、私の逸物を触った手を掲げながら、のたうち回っていた。
【姫騎士】と恐れられた姿はない。
まるで、クラスメイトに1人はいそうな普通の女子生徒のように見えた。
でも、ちょっと少々オーバーリアクションではないだろうか。
どうして、こうなったかというと、まあほとんどが両親の教育だ。
女の子がほしかった両親と、女の子のように可愛かった男の子。
その思惑がガッチリ噛み合った結果が今の新氏鈴江だった。
とはいえ、私は全く後悔していない。
身体が男だが、心は乙女。
まさに帝斗がいった言葉通りなのだ。
「ね? これでわかったでしょ。鈴江がぼくのことを好きになるわけないよ。だから、安心して、詩子さん」
「う……うん」
半泣きになりながら、姫崎さんは頷く。
帝斗……。
やっぱり聞いていたのか。
うん。まあ、そうだな。
心は乙女だが、身体は男だ。
私が帝斗のような身体も鍛えていないぽよんぽよんの男を好きになるはずがないのだ。
「あれ? 鈴江どうしたの?」
「べ、別に……。なんでもない!」
「え? でもさ」
顔……。赤いよ?
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