七 崩れゆく虚飾
キーシアスに続いて家の外に出ると、そこには屈強な男たちが何人も並んでいた。
「この昼の最中からゴーストが現れたとはどういうことだ?」
「それが、見張りをしていた魔力感知持ちの探知に引っ掛かったそうで……」
男たちの中の一人がしどろもどろになりながら報告している。
「間違いや勘違いではないのか?」
「それはありません。正門近くの詰め所にいた魔力感知ができるもの全員に確認させましたが、同じ波動を感じたということです」
別の男が今度はしっかりとした口調で答えていた。どうやら報告に来た者たちの中では彼が最も状況を把握しているように見える。キーシアスもそれに気が付いたのだろう、その男性の方へと体ごと向きを変えたのだった。
「距離と数は?」
「南方におよそ一里、今のところ一体だけとのことです」
「……分かった、対処には俺が出る。魔物避けの結界があるから大丈夫だとは思うが、皆は町の中に散開しておいてくれ。混乱に乗じて良からぬことを企む輩がいないとも限らん。そちらも十分に警戒するように」
「はっ!」
「それと壁の上から各方面を魔力感知持ちと遠目の技能者を組ませて見張らせろ。陽動である可能性も捨てきれないからな」
「分かりました!すぐに指示を出します!」
キーシアスの指示を受け集まった男たちが各地に散っていく。そんな様子を見ながらイヅミたちはもたらされた情報について小声で話し合っていた。
「ねえ、今の話のゴーストって」
「ええ、まず間違いなく節子さんのことでしょう。少し待ってくださいね。……やはり彼女です。しかし、これは良くありません」
「無茶をしたツケが出ているのね……」
イヅミが開いた道の痕跡があったとはいえ、無理矢理異世界への門をこじ開けた上に世界を渡ったのだ、何らかの影響を受けていたとしてもおかしくはない。むしろ肉体という魂を守る鎧がない状態にもかかわらず、その存在を保ったままでいられていることは称賛に値することであった。
そしてリンが指摘した通り、節子の魂は著しく消耗していた。
さらに元の世界では希薄だった魔力の影響を受けてしまい、半ば魔物化しかけていたのだ。このまま流れに任せていれば親子で傷付け合う、または殺し合うことにもなりかねない。
「相手がゴーストであれば、私が何とかできる可能性は高いでしょう」
そんな性質の悪い悲劇のような展開にさせないためにも、イヅミはキーシアスに同行する旨を伝えるのだった。
最初は渋っていた彼も、途中でイヅミが死霊術師であることを思い出したのか、最終的には積極的な反対はしなくなっていた。
「だが、俺の邪魔だけはするなよ」
と釘を刺すことだけは忘れなかったが。その姿を見てイヅミは自己顕示欲が強い、自らを良く見せるためには場合によっては親しい者ですら切り捨てるかもしれないと、心の内で警戒を強めたのだった。
入る時の大袈裟なやり取りが功を奏したのか、町の外に出るのは呆気ないほど簡単だった。ここでもキーシアスは近付いてくる者たちに自分が直接対処に出ることを伝えていたのだが、イヅミにはそれが彼らの不安を取り除くためではなく、自らの存在を誇示しているように思えてならなかった。
イヅミの予想は当たった。件のゴーストに出会った瞬間、
「お前も俺の名声の糧にしてやる!」
キーシアスはそう叫ぶと、いきなり下げていた剣を抜き放ち斬りかかっていったのだ。
「あの馬鹿!」
「させませんよ、守れ!そして捕らえろ!」
突然の凶行に悪態を吐くリンの隣で、イヅミはいたって冷静に周囲を漂う自然霊に命じて土壁を作ると、振り下ろされた刃をその中へと絡め取らせた。
「貴様!邪魔をするなと言っておいたはずだぞ!」
「ええ、確かにそんなことも言っていましたね。ですが私は了承していませんよ。そして話し合いが通じる相手に問答無用で切りかかるような愚か者の言う事をきかずにいて良かったと、少し前の自分の選択を誉めて上げたいですね」
「ゴーストなんて魔物と同じだ!そんな相手に話し合いなどできるものか!」
どうやらこの世界でのゴーストとは魔物と変わらない扱いであるらしい。確かに自我を失って悪霊化したものへの対処としては、強い意志をぶつけて消滅させることが最も手っ取り早い手段ではある。
生前の記憶と自我をわずかばかりでも取り戻させて『魂の休息所』へと送ることが最良ではあるのだが、それができるのは神に仕える聖職者かイヅミのような死霊術師くらいのものである。
そのため、悪霊化してしまった場合の大半はこうした消滅の手段が取られることになるのであった。
「なんのために私が一緒に来たと思っているのですか」
「ぐぅ……、離せ!お前は一体どちらの味方だ!?」
暗に自分がいれば対話も可能であると告げているのだが、頭に血が上ってしまったキーシアスは剣を引き抜こうと力任せに柄を引っ張り続けていた。
どうやら彼は自分が思い描いた通りに事が進まなくなると途端にダメになってしまうらしい。いわゆるアドリブがきかないタイプであったようだ。部下らしき男たちに細かく指示を出していた一番の理由は、そうした事態が起きるのを防ぐためだったのだろう。
「私は死霊術師ですよ、生者と死者のどちらの味方かと問われれば、死者と答えるに決まっているでしょう」
とイヅミが答えた時、ゴーストが土壁をすり抜けて薄く透けたその身を現した。
「季……士……」
魔力による影響か、瞳は濁り表情は虚ろになっていた。目の前の青年が探し求めていた相手であることも見えてはいないかもしれない。
それでも辛うじて感じるところがあったのか、その口からは愛し子の名が紡がれたのだった。
「ひ、ひいいいいいい!!!?」
一方、鼻先に迫ったその姿を直視してしまい、キーシアスは悲鳴を上げた。あの様子からして自身の古い名を呼ばれたことにも気が付いてはいまい。
反射的に逃げようとした足はもつれ、無様に尻もちをついてしまう。町から離れていたのでその様を目にしたのがイヅミたちだけだったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
「く、来るなあああ!!うわあああ!!」
泣き叫びながら頭を抱えこんでうずくまる彼からは、塗り固められ作り上げられた威厳や尊大さといったものは微塵も感じられなくなっていた。




