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世界渡りの死霊術師  作者: 京 高
五章 転生者と残された者
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六 異世界からの転生者

「やれやれ。彼をおびき寄せるための芝居だったのね。それなら最初からそう言っておいて欲しかったわ」


 突然始まったイヅミの不審な行動に対してやきもきしていたリンが憮然とした口調でそう言った。


「申し訳ない。上手くいくかは賭けだったもので」

「そういう割に、自信があったように見えたけれど?」

「まあ、いくらかの勝算はあった、というところでしょうか」


 死霊術師としての力によって異質な魂を内包するキーシアスなる人物が近くにいることは分かっていた。そして彼が予想していた通りあの世界からの転生者であるなら、騒ぎを起こせばあの世界の者特有の妙な正義感を刺激されて、近づいてくるだろうと考えたのだった。

 そしてその目論見は見事成功し、ココノエという単語に過剰に反応したことからキーシアスが節子の息子が転生した人物であること、前世の記憶が残っていることが確認できたのだった。


 あの後、門番たちはイヅミのキーシアスに対する馴れ馴れしい態度に不審な目を向け続けてはいたが、当のキーシアス本人が明確に拒否することもなかったために無事町の中へと入ることができていた。

 まあ、通行料を支払う際に「迷惑料です。余った分は皆さんの飲み代の足しにでもしてください」と小粒の金の塊を渡したのが主な要因ではあろうが。

 その上で「お互いに他人の耳目がない場所の方が都合が良いでしょう」とキーシアスを説き伏せて、彼の家へと押し入っていたのであった。


「それで、あんたは一体何者なんだ?」


 リンとの内緒話をしていたイヅミの元へ、茶を持ったキーシアスが戻ってくる。招いた訳でもない相手にまでもてなしの姿勢で向かい合うのはあちらの世界での記憶があるゆえ、なのかもしれない。


「少々長くなるのですが――」


 埒もないことを考えながらイヅミはそう前置きをすると、自分の来歴とここに来た経緯の説明を始めた。


「死霊術師なのはともかく、世界を渡ることのできる力だと?俄には信じられないな」

「おやおや、前世の記憶を持ち、さらに異世界への転生なんていう稀有な体験をしている方の言葉とは思えないような台詞ですね」


 即座に返ってきた言葉に思わず黙り込んでしまうキーシアス。言外に「お前は怪しくて信用ならない」という意味を込めていたのだが、「あなたがそれを言える立場だとでも?もっと自分の身の程を知るべきなのでは」と返す刀で叩き切られてしまうことになったからだ。

 彼とて自分の今の在り方が特別でおかしなものであるということは自覚しているのである。


「さて、長々と問答を続けている時間も余裕もありません。さっさと本題に入ることにしましょう。曲がりなりにもこの世界で生きているあなたをどうこうしようという気はありません」


 今の彼は九重季士という死者ではなく、キーシアスという生者だ。より正確に言えば、死霊術師である彼が手を出せる領分にはいないのである。


「まあ、あまり良い状態だとは言えないのでいくつか指摘しておきたいことはありますが、聞き入れようとしてくれない相手にどれだけ説いたところで無駄ですからね」


 加えて、話していて気が付いたのだが、キーシアスは何かを隠そうとしている節がある。それが何かはっきりとは分からないが、イズミは自らが持つ世界を渡る力のような異能に類するものではないかと予想していた。

 そして昨日、あちらの世界で彼女やリンと話していた通り、そうした異能は魂が傷付くことで現れることが多い。何度も使い続けていると古傷を抉るように再び魂が傷ついていきかねないという危険性を持っているのであった。


 しかし、異能の効果が高いほど、強力であれば強力なほどにその力に魅入られてしまうというのはよくある話である。さらに使わざるを得ないという状況に陥ってしまうこともあるだろう。そのためイヅミは状況が芳しいものではないと示唆するに留めたのだった。


「私の目的は元の世界でのあなたの母親、九重節子さんを『魂の休息所』へと無事に送り届けることです。そのために、あなたにも手伝って頂きたい」


 対象は限られるが、その分節子の身内を感知する力は一般の死者に比べて段違いに強い。異世界への門の向こう側からですら息子の魂の居ることが分かったのだ、同じ世界いるだろう今、例え力が減少していようともこちらが何らかの行動を起こしてやれば容易に見つけ出すに違いない。


「何も難しいことをお願いするつもりはありません。節子さんのことを思い浮かべてもらって、自分はここにいると呼びかけてもらえるだけでいいのです」


 門番の応対からキーシアスはこの町ではそれなりに知られた存在のようなので、余計な人々を集めないためにも町の外には出る必要はありそうだが、それを除けばわずか数分で、いやもしかすると数十秒ほどで済むかもしれない簡単な行為だ。

 手間にも満たない作業なのであるが、キーシアスは何故かそれに答えようとはしなかった。


「どうしたのかしら?まさかこいつ、断るつもりなの?前世とはいえ親なのよ。しかも普通なら会いたいと願っても会えない人なのに」


 リンが信じられないという口調で非難し始める。その通りではあるが、世の中にはそうした普通に当てはまれない事例というものも多いものである。

 親子兄弟肉親であるがゆえに余計に憎しみが募るという出来事をそれなりに目にしてきたイヅミにとって、キーシアスの反応はそれほど珍しいものではなかった。


 もっとも、だからといって何も感じないという訳ではない。本来であれば節子は『魂の休息所』に向かい安らかな時を過ごしているはずだった。しかし、息子の存在がようとして知れないことであちらの世界に留まったままになっていたのだ。

 そして我が身を投げうって世界を渡ったかと思えば、心を砕いていた息子からは疎まれかけている。そんな彼女の境遇を思うと、居たたまれず物悲しい気持ちになるのだった。


 諦めるにしろ別の手を考えるにしろ、日を改めるべきかとキーシアスに声をかけようとした時、それは起こった。

 ドンドンドンドン!激しく扉が叩かれたかと思うと、


「キーシアスさん、大変です。ま、町の外にゴーストが現れました!」


 外から切羽詰まった声が飛び込んできた。


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