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世界渡りの死霊術師  作者: 京 高
五章 転生者と残された者
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五 異世界へ

 翌日、解決のための目途が立ったイヅミたちは再び節子のいる墓地を訪れていた。

 しかしそこで三人は予想外の物を目にすることになる。


「異界への門!?」

「まさかイヅミ以外にも世界を渡ることのできる人がいたってこと!?」


 墓石の前に開いた漆黒の穴、それは紛れもなく昨日イヅミが作り出した異世界へと繋がる門と同じものだった。


「しまった!節子さんの想いを甘く見ていた。この異世界への門を開いたのは節子さんだ!」


 恐らくは昨日感じた微かな気配を頼りにこじ開けたのだろう。普通はできないことだが、それをやってしまうのが死者の一念なのである。


「そんな!それじゃあ節子さんは、彼女はどうなったの!?」

「分からない。とにかく、すぐにあちらの世界に向かうことにするよ」

「気を付けて……」

「ありがとう。報酬の充電器が貰えるように頑張ってくるとしますか」


 軽口を一つ残すと、イヅミはリンを伴って異世界への門の中に飛び込んだのだった。




 門をくぐった先は背の低い草が一面を覆う草原だった。時には猛吹雪の極寒地帯や深い樹海のど真ん中に放り込まれたことすらある。

 それに比べれば空に輝く太陽が三つあることくらい何でもない。それどころか転移先の環境としてはかなり良い部類に入るだろう。


「気温もほどほどに暖かい程度で過ごしやすい。季節的にも具合がいい時期に当たったようです」


 何度も世界を渡って早々悲惨な目に合ってきたイヅミはホッと安堵の息を吐いていた。


「そういうもの?まあ、あなたが行動しやすいならそれに越したことはないのだけれど」


 一方、長い年月を指輪に宿ってきたためか、リンは特に感じいるものがないようである。


「肉体があった頃の感覚との乖離(かいり)が大きくなっていくと魂に余計な負担を与えてしまいます。あなたもたまには暑さや寒さを感じた方がいいですよ」

「遠慮しておくわ。私は寒いのは嫌いだけど、暑いのも苦手だから」

「やれやれ……。まあ、それはそれとして……。母の想念というものは時に凄まじい力を発揮するものなのですね」

「どういうこと?」

「いますよ、彼女の息子さん。恐らくはあの中にね」


 イヅミが指さした先は小高い丘となっていて、その周囲を巨大で頑丈そうな防壁が取り巻いていた。そしてそちらの方向から異質な魂の存在をありありと感じていたのだった。


「異世界に続く門をこじ開けるだけでなく、息子の居場所のすぐ傍へと現れる、か……。愛情というより執念めいた力を感じてしまうわ」


 都合が良過ぎる展開に込められた想いの力の一端を垣間見た気がして、リンはぶるりと体を震わせた。


「大切に思うという一点においては愛情も執念もそれほど違いはありませんよ。ただ……、一つ問題もあるのです」

「問題?」

「ええ。肝心の節子さんの存在を感じ取ることができません」


 門を開いたのはいいが、世界を渡る際に別の場所へと飛ばされてしまったのかもしれない。


「大問題じゃないの!もしかして、世界を渡ることに耐え切れずに消滅――」

「それはありませんよ」


 息子のことを心配する一念でここまでのことを成し遂げたのだ、早々消滅するほど柔ではあるまい。


「しかし弱っている可能性は大いにありますので、早急に見つける必要があるでしょう」


 弱って身動きが取れなくなっているだけならばまだ良い方で、別世界産の魂だということでおかしな連中が目をつけるかもしれない。

 逆に強い思いに突き動かされることで、この世界の者たちを害してしまうかもしれないのだ。どちらにせよ真っ当な結末へは辿り着き辛くなってしまう。


「とにかく、彼女の目標である息子さんへと接触してみましょうか」


 現状、節子へと繋がるただ一つの当てである彼女の息子が転生した――であろう――存在に会うため、イヅミたちは丘の上にある防壁に囲まれた場所へと向かうのだった。




 三十分ほども歩いて近付いたそこは町であるようだった。入口らしき所では商人か旅人が数人並んでおり、兵らしき武装した者たちが彼らを順番に検査をしていた。


「次の者!……おや?見ない顔だな。冒険者か?」


 黒衣を着込んだイヅミに兵たちが胡乱な視線を向けてくる。


「そのようなものです。が、えー、この町は何という町なのでしょうか?」

「はあ?お前、一体何を言っているのだ?」


 自分たちの鋭い目つきにたじろぐこともなく、しかし意味不明なことを言い出すイヅミに兵たちは自然と警戒の度合いを上げていった。


「いえ、実は私どうやら魔法の実験の最中に事故にあったようなのです。気が付くとその先の草原に倒れておりまして」

「そんな怪しい説明を信じられるか!」


 適当なことを言ったと思われたのか、それとも嘘を吐いていると思われたのか。兵たちは手にした武器を構えて、イヅミを包囲し始める。


「困りましたね。事故で頭をやられてしまったのか、記憶が定かではないのでそうとしか言いようがないのですが……」


 一方、適当な来歴を口にしたイヅミは一触即発の空気が漂う中で、場違いなほどに落ち着いていた。

 が、記憶をなくしていると言い張るのであれば、もう少しオドオドとしているべきだったのかもしれない。その堂々とした態度を見た兵たちは、完全に敵として彼を見ていた。


「ちょっと、ここで騒動を起こしてどうするのよ!?」


 イヅミの隣では、彼にだけ見えるリンが彼にだけ聞こえる声で叫んでいた。そんな彼女にだけ聞こえるように小さな声で囁き返す。


「大丈夫ですよ。私の予想ではもうすぐ現れるはずです」

「現れる?一体誰が――」

「どうした!?何か問題でも起きたのか?」


 その時、リンの声を遮り入口の奥、つまりは町の方から一人の男が飛び出してきた。


「き、キーシアス殿!?」


 偉丈夫という程ではないが鍛えられた体つきをしている男を、兵たちが最敬礼をして迎えていた。それでもイヅミへの最低限の警戒役に数名を残しているあたり、兵たちの練度の高さが窺えた。


「俺はあんたらの上司でも何でもないから礼は不要だ。それより、何があった?」

「実はこの男が要領を得ない怪しげなことを口走っておりまして」


 兵たちのうち比較的階級が上だと思われる人物が説明を始める。その当事者のはずのイヅミは兵たちの動きを無視して、顎に片手を当てて考え込むような恰好をしていた。


「おお!事故で断片的になった記憶でも微かに思い出すことができました!キーシアス様!以前お世話になったことのあるココノエです!覚えてはおられませんか!?」


 そして、粗方の説明が終わりそうな頃合いに突如、大声でキーシアスへと呼びかけたのだった。


「なっ!?こ、ココノエだと!?」


 自らの呼びかけに大袈裟とも言えるほどの驚きを見せたキーシアスの姿に重なるように、イヅミには異質で歪な魂が見えていたのだった。


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