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世界渡りの死霊術師  作者: 京 高
五章 転生者と残された者
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三 転生者

「ただ、意識して特定の世界への門を開いたことなどないので、上手くいくかどうかは分かりませんけれど」


 普段はどうしているのかと言われれば、いつの間にかどこかの異世界への門が開いているのである。そろそろ次の世界へと向かおうかと考えることが、門が開く鍵になっているのではないかと思っている。

 そしてこの世界にだけ頻繁に出入りできているのは、イヅミのことを良く知る彼女がいて、そこが帰る場所だと認識しているから、なのかもしれない。


 そういう訳で、上手くいくかどうかはやってみなくては分からない、という状態だった。

 仮に失敗したとしても、節子にはそれを理由に『魂の休息所』へと向かってもらえるだろうから、無駄になることはないはずである。


「それでは始めます」


 世界を隔てる壁に穴を開けるようなイメージを思い描く。

 四苦八苦すること約十分、突如漆黒の穴が生まれた。


「ふう……。この先に何か感じるものはありますか?」


 いきなり話を振られて、節子は恐るおそるといった具合で穴の中を覗き込む。


「……何も感じられません」


 穴から視線を外して、首を横に振る。それを機に力を抜いて漆黒の穴、すなわち異世界への門を閉じる。


「それじゃあ次の世界」


 そして再び別の世界へと門を開いていく。一度感覚が掴めれば後は簡単なものである。今度はものの数十秒で門を開くことができた。

 そんなイヅミに対して、リンたち二人は呆れたような顔を向けていた。世界を渡る技術は古代魔法文明期の国々がその威信をかけて開発、実用化したものである。それをたった一人で難なく行っているのだから、呆れもするというものだろう。


 異世界への門を開き、それを節子に確認してもらうという作業を繰り返すこと十数回、墓地を訪れた時間が昼をかなり回った頃だったため、周囲の景色に朱が混ざり始めていた。


「そろそろいい時間になってきましたね。あと数回試してダメなら、日を改めることにしましょうか」


 イヅミの提案に残る全員が頷く。周囲には気を配ってはいたが、日が暮れてから墓地に居座り続けていると確実に不審者扱いされてしまう。

 すっかり慣れてしまった感覚を用いて、またどこかの異世界へと繋がる門を開く。すると、こちらも慣れてしまったもので、すぐに節子が門の中を覗き込む。

 と、そこでこれまでとは違った動きが発生した。


「季士!季士なの!?」


 いきなり節子が門の中へと飛び込もうとしたのである。


「お、落ち着いて下さい!何の対策もなしに入ればあなたの存在そのものが消えてしまいます!」


 世界を渡るための門を作ることの困難さもさることながら、世界を渡るという行為それ自体にも相当な危険が付きまとっている。

 簡単に言えば大量のエネルギーを吸い取られてしまうのである。


「行かせて!この向こうにあの子がいるの!」

「このままだと危険よ!一旦門を閉じて!」


 リンの叫びに従い門を閉じると、節子は「ああ……」とか細い声を上げてその場に崩れ落ちたのだった。


「ともかく、異世界に赴くという事になると色々と準備が必要となります。また明日改めてお伺いすることにしますので、今は少しでもその身をお休め下さい」


 彼女の取り乱した様子から、落ち着かせるために少し時間を空けた方が良いだろうという判断となりイヅミたちは一旦その場から離れることにしたのだった。




「それで、節子さんの息子さんとやらが異世界にいるというのは間違いないのね」

「私自身が確かめられたわけではないので絶対とは言い切れないけれど、彼女の反応から見るとまず間違いないだろうね」


 節子と別れたイヅミたちは、場所をあるマンションの一室に変えて明日からのことを話し合っていた。

 この部屋は以前、悪霊になりかけていた死者を送ったことのある場所であり、それからというものイヅミがこの世界を訪れた時の定宿となっていた。

 いわく付き物件として誰も入りたがる人間がいないというのも大きな理由ではある。さらに全身黒づくめのイヅミが時折利用しているため、その噂が鎮火することなく燻り続けているのだという事にこの場にいる者たちは気付いてはいない。

 ちなみに、この部屋の一件が彼女と出会ったきっかけでもあったりする。


「少し気になったのだけれど、転生というのは悪いものなの?」

「『魂の休息所』を経由するという本来の手順を飛ばしているから、少なくとも良い物だとは言えないかな。前世の記憶といえば聞こえはいいかもしれないけど、その実、魂に余計な負担をかけていることになる。短命になるだけならまだいい方で、下手をすれば魂が擦り減って消えてしまうかもしれない」


 いくつもの異なる生の記憶を持ち続けていられるほど、魂というものは強固にはできていないのだ。


「それと……」

「まだあるの?」


 げんなりした顔をしながらも彼女は続きを促した。


「老成した魂に引きずられてしまい、肉体がおかしな変化を遂げてしまう可能性もある」


 そして魂の入れ物としての性質上、肉体は宿る魂に合わせて変質しやすいという特徴を持っているのである。

 逆に青年期のように肉体の成長に促されて精神、魂が成熟していくこともあるのだが、それは今回の件とは関係がないので割愛する。


「特異な力を持つ場合もあるようだけど、魂が通常ではないために起きる突然変異のようなものだから」


 遺伝子と魂という違いはあれど、傷付くことが原因で発生することを考えると似たようなものであるのかもしれない。


「それに特異な力というのは、非常時には求められても平時には疎まれてしまう類のものだよ」


 英雄譚が凱旋をした場面で終わるのは、それ以降は英雄の力を必要としなくなるからだ、と見ることもできるのである。


「どのような環境下であったとしても、そんな力を発現させてしまえば、それ以降は確実に過酷な人生となってしまうことだろうね」

「……夢も希望も、ロマンも妄想もあったものじゃないわね」


 やれやれと頭を振り、お手上げとばかりに両手を掲げる彼女。


「思うにこの世界、いや、この国の人たちは異世界を美化し過ぎているように思える。所詮は人が暮らす世界なのだから、大した違いなんてものはないよ」


 例え異世界であっても現実の厳しさは変わらない。どんなに上手く立ち回ろうとも苦しいものは苦しいのである。

 多くの世界を行き交ってきたイヅミは、そのことを嫌というほど知っていたのだった。


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