第3話(累計 第93話) ダムガール、戦争の始まりを察知する。
「ライ麦の収穫まで、もう少しなのかぁ」
「これ、金色の海みたいだよなぁ」
公爵領北方。
多民族が住まうコンビットスよりも更に国境地帯に近い開拓村。
ここでは、魔族国家から逃げ延びてきたオークやゴブリン、コボルトらの他、只人らが一緒になって農業を行っている。
「『海』って何だ?」
「あ、そうか。アンタらは海を知らんか。イヤ、俺も話に聞いて絵で見ただけなんだが、大きな水たまり。そこいらの池よりも大きくて向こう側の岸が見えないくらい遠いとこらしい。それで、塩っぱいんだとさ」
「うーん、よく分からん。だが、オラたちオークでも畑の綺麗さは分かるぞ。これが旨いパンになるんだよな」
大柄なオークの青年と只人の壮年男性が、すっかり実った金色のライ麦畑を前に語り合っている。
まもなく収穫時期を迎えようとしているライ麦がパンとなる。
それまで奪う事しか知らなかったオーク青年。
彼はパンがどうやって作られるのかすら、今まで考えた事もなかった。
魔族国家内で発生した飢餓。
それはオークやゴブリンら弱小種族にとっては、強き種族に食われるという事。
オーク青年は、幼い妹を連れての逃避行を実行。
厳しい山脈を越え、かすかな希望。
アミータ姫の庇護下になれることを願って、命がけで逃げ延びてきた。
「オラ、アミータ姫さまの元に来て良かった。これで妹にもひもじい思いをさせなくて済む」
「俺たちもアンタらと戦う事が無くて良かったよ。外見は怖いけど、話し合ってみれば、どいつも純朴で可愛い奴ら。一緒に仕事してて楽しかったからな」
二人の種族が違う者たちが談笑しながら顔を合わせる。
アミータ姫が夢見る世界、そのものがここにあった。
そう、この時までは。
「……ん? 山の方で煙が上がっていないか?」
只人族の壮年男は、眩しそうに眼を手で覆いながら北の山脈に視線を向ける。
彼の眼には煙状の物が舞い上がり、こちらに近づいてくるのが見えた。
「あれは!? 急いで村に帰るぞ。あれはゴブリン王の旗印だ。魔王が攻めてきたんだ!!」
眼を細めて見ていたオーク青年。
煙の中に真紅の旗が舞っているのを見、それがゴブリン王のものだと気が付く。
そして、戦争が始まった事を感じ、急いで避難を提案した。
「何ぃ! よし、アミータ姫さまの指示通りに避難をするぞ。誰も残さずに逃げるんだ」
◆ ◇ ◆ ◇
「ティオさま。とうとう戦争が始まってしまいましたわ」
「アミお姉さん。こうなってしまえば勝つしかボク達には選択肢はありません。早速、戦闘準備をしましょう」
わたしとティオさまの元に国境の警備隊から連絡が入ったのは、早春。
まもなく麦の収穫が始まりそうな頃。
ゴブリン王が率いる混成部隊が攻め込んできた。
……報告を受けて、わたしはコンビットスから急いで領都に移動してきたの。
「分かりましたわ、ティオさま。で、国境地帯の避難はどうなっていますか? あの辺りには魔族国家からの避難民による開拓村も存在しますし」
「もっとも北にあった開拓村ですが、いち早く敵の接近に気が付き、幸いな事に避難に成功しました。各地に警備兵と共に魔導トラックを沢山配備していましたので、他の村でも避難は上手くいきました」
わたしとティオさま、公館の会議室で配下の方々から報告を受ける。
机の上には領内地図が置かれており、そこにチェスの駒をおいて敵の場所を示してくれている。
……何があっても逃げられるようにトラックを多めに配備していてて良かったわ。もしものことを考えて、非常時には全部放り出して逃げられるように訓練もしていたの。
無事避難が出来たのなら、敵はおそらく開拓村に陣を引くだろう。
わたし達のように魔導自動車を使えない中世レベルの兵。
なら、移動できるのは早くても一日三十キロがやっと。
……古代ローマでも近世の日本戦国期でも兵の移動速度は同じようなものだったの。
「では、戦線を何処にするか決めないといけないですね。ティオさま。航空偵察を行い、移動速度及び移動方向を確認してください。砲兵隊、戦車部隊、ゴーレム部隊、輸送部隊の準備をお願い致します」
「分かりました、お姉さん。これからも、戦術指示はお姉さんがこちらから行ってくださいませ。ボクは前線指揮を行い、敵の攻撃を食い止めます」
わたしの指示で配下たちは一気に動き出す。
また、ティオさまはわたしに指揮所になる公館に残って、後方指揮を頼んでくる。
「いえ!! わたくしも前線に出ます。だって、公爵領で最大戦力がわたくしの駆るゴーレム『タロス号』ですよ? ティオさまの愛機も立ち上がってはいますが、砲撃戦には対応していないですよね?」
……わたしを心配してくれるのは理解するけど、わたし自身という戦力を使わないのは勿体ないよ。
「で、でも。ボクはお姉さんにこれ以上悲しんで欲しくないんです。この前も多くの血が流れるのを悲しまれていましたのに」
「だからこそですわ、ティオさま! わたくしが動くことでお互いの被害を少なくして勝つことが出来る筈。その為に、わたくしの力を最大限使いたいのです」
わたしはパンと机を叩き、ティオさまに訴える。
少しでも流れる血を減らすため、またわたし以外の人の手が血で汚れるのを減らすために、わたしが戦うのだ。
「はぁ。しょうがないお姉さんです。分かりました。アミータさまには砲撃部隊の指揮をお願い致します。ボクは機動部隊を駆ります」
「それで参りましょう。後は……。リナちゃん、リナ姫の処遇ですね。リナちゃんのお父さまが攻め込んできているのですから」
そしてわたしは、最大の懸念をティオさまに提示した。
敵の大将がリナちゃんの父親という事を。




