第29話:ダム・ガール、夜の嘆き。
「うう、苦いの。やっぱり、この身体にお酒はまだ早かったのかしら」
妹、エリーザへ心にもない厳しい事を言ってしまったわたし。
ヨハナちゃんにお願いしてエリーザについてもらい、わたしは夕食後に一人薄暗い部屋の中。
ベットサイドの魔法照明の元、夜着姿でベットに座ってグラスに注いだ琥珀色の液体をあおる。
「自棄酒なんて『前世』の大失恋以来よね。ああ、どうしましょう……」
義母が伯爵領で独裁を敢行。
沢山の魔神を呼出していると、妹から衝撃の事実を聞いた。
あまりの事態に、わたしは妹へ明確な解決策を即答できず。
とりあえずエリーザにはお風呂と食事を取ってもらい、ティオさまにお願いして準備してもらった部屋で寝てもらっている。
「領民を生贄にして魔神を呼ぶなんて、どうしてこんなことに……。ふぅぅ」
喉を焼くアルコール。
わたしは口を蒸留酒で潤すが、心は一向に晴れない。
「魔族国家の暗躍ってのはティオさまへの襲撃から想定出来なかった事も無いけど、まさかよりによって魔神を呼び出すだなんて……」
魔神とは異界から侵略をしてくる異形の存在。
魔族国家では高位魔神を「神」として崇めていると、貴族学校で教えてもらった。
「魔族国家の『草』が伯爵領内にいるのは確かだったけれど、まさかお義母さまの身近にいらっしゃったとは……」
魔族と魔神のつながりは強い。
そしてティオさま暗殺未遂事件から考えて、伯爵領内。
わたしの身近にスパイが居たのは間違いない。
なら、今回の事件も義母を唆した者=魔族国のスパイの可能性が高い。
「あの時点で、お義母さまが『草』というのはあり得ないですし。魔族と伯爵夫人が自分から接触するタイミングも機会もないはずですから」
伯爵夫人が最初から魔族と繋がってスパイ行為をしていた、というのも考えにくい。
「傀儡」にされて利用されている可能性が高い。
「おそらくは、お義母さまの筆頭執事でしょうね、スパイかつ魔神召喚を唆した者は」
頭の中で、今回の事案に繋がる「線」は見えてきた。
「でも、穏便な解決策が思いつきませんですわ。冷徹な話になりますが、まだ伯爵領内で済んでいるうちに抑え込まないと、国家反逆罪で爵位没収どころか、一家全員連座にて処刑されかねないですもの」
……最低でも、わたしとエリーザはお義母さまと戦う姿勢を見せて、同罪にされないようにしないとですわ。一番は、わたし達が直接お義母さまを討つ事ですが……。
わたしが思考の深みに囚われつつあった時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「アミータ姫さま。まだ起きていらっしゃいますか?」
「はい、起きています。どうぞ、入ってくださいませ、ヨハナ」
エリーザの世話を頼んでいたヨハナちゃんが帰ってきた。
孤独になったエリーザに対し、少しでも面識がある人が世話をした方が良いという判断でわたしが、ヨハナちゃんにお願いしたのだ。
「こんばんは、姫さま……。って! アミちゃん、それお酒じゃないですかぁ! まだ、呑むには早いです。没収します!!」
「あん!」
わたしの姿を見るなり、驚いてわたしから蒸留酒の入ったグラスと酒瓶をグイと奪い取るヨハナちゃん。
わたしの事を心配してくれての行動だとは思うのだが、今日くらいは吞まないとやってられない。
「だってぇ、ヨハナちゃん。わたし、もうどうしたら良いのか分からなくなって、途方にくれていたんだもん」
「そりゃ、事情が事情ですものね。ですが、アミちゃん。いくら前世で成人なさられていても、今は未成年。お酒に逃げるのはどうかと思いますよ? アタシで良ければ話し相手にもなりますから、お酒は止めましょう。先程まで、エリーザ姫さまとも色々お話ししましたし」
わたしから奪い取ったお酒をサイドテーブルに置き、わたしの横にちょこんと座ってくれるヨハナちゃん。
そっと、わたしを抱きしめてくれた。
「ありがとぉ、ヨハナちゃん。でもね、グラスに注いだ分くらいは呑ませてよぉ。もったいないんだもん。後ね、これ以上吞まないから……。今晩は、添い寝をお願いできないかなぁぁ」
「はいはい。まったくワガママで寂しがりやな姫さまですこと。では、残り湯を頂いてアタシの夜着を自室から持ってきますので、その間に飲み干しておいて心の整理をつけてくださいませ」
わたしは、ヨハナちゃんの笑みに救われた気がした。
◆ ◇ ◆ ◇
「アミちゃんと一緒に寝るのは、何年ぶりかしら? 昔は寝相も酷かったですよねぇ」
「あ、あの時はごめんね、ヨハナちゃん。蹴ってベットから叩き落したこともあったし。今は寝相は良い……と思うんだけど」
ベットサイドの照明を落とした暗い寝室。
お風呂に入り髪を下ろしたヨハナちゃんは、わたしと顔を向かい合わせでベットに入る。
……本当は貴族令嬢と平民メイドが添い寝なんてありえないんだけれども、わたしとヨハナちゃんの関係ならアリなの!
「ヨハナちゃん、いつもありがとう。今回もエリーザの世話を無理に押し付けて……」
「いえいえ。アミちゃんの無理難題には慣れてますから。と、冗談はさておき。エリーザ姫さま、かなり憔悴しきってました」
ヨハナちゃん真面目な顔になって、とつとつとエリーザから聞いたことを話し出す。
わたしも本人から聞いていたとはいえ、更に知った事実は想像を絶した。
「最初は、神殿治療院の不手際がきっかけだったそうです。ある豪商の娘さんがひどい怪我をなさったのですが、その治療時対応に問題があったそうです」
神官と豪商の間に行き違いがあり、また娘の怪我が重く障害が残る可能性もあったそうだ。
「最初予定していた治癒法では完治が難しいと分かり、治癒魔法のかけなおしが行われたそうです」
娘さんの命は救われたものの、微細ながら運動障害が残る可能性が出たらしい。
豪商は嫁入り前の娘に傷がついた、多額の寄付をしたにもかかわらず完全に治してくれるはずで無かったのかと大暴れをしたと。
「奥様がその話を聞き、神殿のあり方や信仰に問題があったから、神様は完璧な治癒をなさらなかったのではとおっしゃったそうです。後は、誰かに扇動された平民らが暴動を開始。一時的に神殿を閉鎖したそうです」
その後は、抑圧されていた平民らの溜まった不満が爆発、大暴走。
神殿閉鎖から、新たな信仰対象を求めた民に邪神が誘惑をささやいたと、エリーザはわたしに伝えた。
「今、神殿関係者は全員幽閉。新たなる『神』を呼び出す『贄』として孤児院の子らが……」
「あ、ごめん。ヨハナちゃん。そこから先は話さなくても良いわ」
いつのまにか涙声になったヨハナちゃんを、わたしはぎゅっと抱きしめる。
家族が人の道を外したわたしも苦しいが、見知った孤児院の子らが犠牲になっているのを知ったヨハナちゃんの悲しみは大きいに違いない。
「ありがと、アミちゃん。孤児院の子も助けてくれるかな?」
小声で助けを求めるヨハナちゃんに、わたしは力強く答えた。
「うん! 絶対にみんなを助けよう」
その後、わたし達は抱きしめあい、泣きながら目を閉じた。




