第11話(累計 第185話) ゴブリン王、魔王からの使者と対面する。
「今回はどのような要件かな? これまでは連絡員による文書通達のみであったのが、貴公が自ら来られようとは?」
「グリシュどのであれば、私が直接赴いた意味も分かるであろう? オヌシは、本気で魔王陛下を裏切るつもりか?」
ゴブリン王グリシュが治める街、租借地ゴルグラス。
雪が激しい中、わざわざ山脈を越えてグリシュに会いに来た魔族が居た。
彼は、小さくも快適な建物である公館に案内され、会談室にてグリシュと対面した。
「ダイロンどの。お主は魔王陛下をどう思う? お主は妹ぎみが性奴隷にされても……。部族の男どもが皆殺しにされても、魔王に従った。それがダークエルフ族を生き残らせるためだというのは、俺も理解している。だが、その忠誠に見合う褒章を得られておるのか?」
「妹、メレスギルの事は他ならぬオヌシに預けられるから納得しただけの事。姪らは健勝にしているのか? メレは、今日はどうしたのだ? 兄が来たというのに、顔を出さぬのは少々不自然なのだが……。ん、この茶は旨いな」
グリシュ王の前に座るダークエルフ、ダイロン。
メレスギルにも似た優美な顔を悲しみに歪ませ、義理の弟に語り掛ける。
お互い身内でもあるので、魔王の使者相手にしては警備も薄く、ダイロンは何も疑わずに、毒味も無しで茶を飲む。
「この茶葉は、ある女性からの贈り物だよ。ディネもリナも元気過ぎるくらいだ。最近でも俺に対し、意見を言ってくる。幼子ゆえの潔癖な思いをぶつけてくるのが、実に可愛い。そうそう、メレだが少々あってな。後で会うと良い。この夏には新たなる我らの血族が増えるぞ、義兄上」
「なに!? 子が、子が生まれるというのか? リナ以降、十年以上生まれなかったのに?」
グリシュは、魔王の使者としてでなく義理の兄であるダイロンに笑顔で語る。
ダークエルフ族を裏切ってまで魔王に仕えたダイロン。
それは一族を守るために仕方なく行った事。
彼が魔王の配下になる事で、ダークエルフ族が全て断種されることは防げた。
ダイロンが本当は家族思いで、良き義兄であるのを知っていたから。
「ふはは。この街の環境が実に良くてな。茶はもちろん、酒も食べ物は上手いし、清潔な環境で毎日風呂にも入れる。その上、魔族の民が嬉々として喜び暮らしておるぞ」
「た、確かに。川に挟まれたこの街はまるで古代文明人が作った王都の様だ。全てが何かの石で舗装されており、各所の噴水では綺麗な水が吹き出している。街中にはゴミや汚物ひとつ落ちておらず、ゴブリンとオーク、只人が共に家を建てているのを見て、おどろいたぞ?」
グリシュが自慢げに租借地ゴルグラスの事を説明すると、ダイロンも驚きの声を隠さない。
高度な文化を持っていたダークエルフ基準でも、ゴルグラスの様子は普通では無かったからだ。
「そう、これが我が娘が懐いておる『泥かぶり』令嬢。アミータどのの力だ。我らはな、あの小娘に戦わずして負け、そのまま甘くて幸せな『罠』にハマってしまった。もう、過去の殺して奪い合う生活には戻りたくない。笑顔で妻子と暮らせる今を守りたいのだよ」
「……。だが、魔族国家内にまだ居る同胞らはどうなる? もし、オヌシが反逆をしたと魔王陛下に知られれば、全て根絶やしに……」
グリシュの様子、そして妹メレスギルの懐妊や姪らの話を聞き、事情は察したダイロン。
だが、魔王直属の使者として参った身として。
そして多くの同胞らを守る為政者として、ダイロンにも譲れないものがある。
「それは重々理解しておる。というか、使者の義兄上が気づいている事、魔王陛下が知らぬはずもない。義兄上が最後通告であり、人質。ここで魔王陛下に屈従しようとも、反旗を翻そうと結末は同じであろうよ。魔王陛下がアミータどのと対峙する限り、深く接触した我ら共々滅ぼす気に違いあるまいて。俺は妻子を守るため、戦う!」
「そうか。この地に送られた時点で、オヌシは死兵も同然。どうなろうとも魔王陛下にとっては関係なかったのだろう。それにしては、魔王陛下は手ぬるくないか? これまで通りであれば、オヌシを暗殺に来ているのでは?」
ダイロンの思いも理解しつつ、妻子を守るため戦うと宣言するグリシュ。
お互いに引けぬ事を理解したダイロンは、表情を崩し義弟が妹を守るのを微笑んで認める。
その上で、魔王がわざわざ面倒な事をしてグリシュを懐柔しようとすることを疑問として放った。
「暗殺など毎度の事よ。昨晩も幾名かを返り討ちにした。俺らはアミータどのから軍事支援も既に受けておる。中途半端な敵など雑作も無いわ。魔王陛下も、現状維持で時間稼ぎをしたいだろうから、本格的に動くまでは妨害工作もこの程度であろう。義兄上も、アミータどのと戦うつもりなら覚悟するがいい。あの乙女、敵対するものには容赦はせぬぞ。鉄の雨に撃たれると痛いではすまぬわい。ははは!」
「あれほど残虐かつ冷徹な猛将であったオヌシが、父親の顔となるか。これは、私もアミータどのに会ってみたいものだ。ディネやリナを懐かせた上にグリシュを妻子が大事と言わせた乙女よ」
グリシュも豪快な笑みを義兄に返す。
これ以降はアミータと運命を共にして戦うと。
ダイロンもその意味を理解し、優しくも残虐であった義弟の変貌に驚く。
そして妹夫婦を幸せにした乙女に会いたいと思った。
「すいませーん。そのアミータでございます。後ろでメレスギルさまと一緒にお話を聞いてましたぁ」
そんな時、グリシュの背後から少女らしき声が聞こえる。
「ダイおじ様、御観念くださいませ。貴方さまもアミータお姉さまの『罠』にハマってますから」
「兄上、夫やアミータさまをお責めにならないで下さいませ。こんな時期に懐妊してしまったわたくしが全て悪いのです」
グリシュの背後にあったドアが開かれ、ふくれっ面なゴブリン少女、お腹がおおきく膨れたダークエルフ美女。
そして彼女らの背後から、申し訳なさそうな顔の只人少女が出てきた。




