第8話(累計 第182話) ダムガール、抑止論を再び語る。
「アミータ姫、いらっしゃいますか! ジェット魔法陣とアクティブレーダー魔法陣ですが、こんな感じになりましたぁ」
「アル先生、すっごく早くないですか? まだ資料をお渡しして三日目ですよ?」
「アルさま。こちら、『一応は』結婚前の乙女の部屋。せめてノックくらいはして入室なさってくださいませ」
バタンと、わたしの部屋のドアを開けて飛び込んでくるアルビナス先生。
手に魔法陣用の特殊インクで書かれた羊皮紙を数枚持っている。
……ノックどころか、いきなりドアを開けるものだから、ヨハナちゃんから突っ込まれるのは、流石に元王族教育係としてはどーかと思うの。『一応』と前付けするヨハナちゃんも、いい加減に失礼だとは思うけどね。
王族の教育係としてティオさまの幼少期からお仕えして下さった方がアルビヌス先生。
出自は、元々ブルジョア系の平民。
大きな商家が実家で、貴族官位を購入した法服貴族。
……立場的にはジュリちゃんの家に近いんだけど、先生が平民にしては異常な魔法才能を持っていて、親御さんが息子の行く末を考えて官職を買われたんだって。
かなり優秀かつ、差別心も出世欲も皆無。
というか学問関係以外にとんと無欲で、貴族内での派閥争いにも一切関与せず。
そういう人だから、王族としても安心とティオさまの教育係に選ばれたそうだ。
リナちゃんやドゥーナちゃんとも仲良くお話出来る方なので、わたしも一安心。
……ティオさまがお優しく、平民や魔族であろうとも差別しないのは、アル先生の教えもあるらしいの。先王陛下、ティオさまがいずれは臣籍降下することも見越して、帝王学だけでなく一般教養や人権教育もしていたのかもね。
初めてお会いしたときは知的好奇心が大暴走。
我が愛機タロス号を前にして興奮状態になって、ドゥーナちゃんやわたしに食らいついて質問攻めにしてきた。
……前世からの理系人間なわたしも、アル先生の気持ちは分かるわ。こっちで重力ダムを見たら、しがみ付いて技術者に質問攻めする自信あるし。
「あ! すいません、アミータ姫。つい、貴女さまがうら若き女性であるのを半分忘れていました。いえね、ここまで技術談議が出来る方がこれまで身近には、ほぼいませんでしたので、興奮しちゃってます」
本人から聞いた話によれば、アル先生は魔法学院でも浮いた存在。
まだまだ研究者としては若手で、古だぬき共が闊歩する魔法界隈の老人たちから半分無視されているんだそうな。
……ティオさまの教育係になったのも、魔法学園から厄介払いされたのもあるんだとか。
人畜無害な性格から安全牌。
かつ老人らが自分たちの研究を邪魔されたくなかったのではなかったのかと、わたしは話を聞いた時に思った。
「わたくしは、そんなにお作法は気にしませんが、まだ乙女ですので、そのあたりは気を使ってくださるとうれしいですわ。で、ヨハナちゃん、一応は余分ですわよ?」
……もはや遠慮の欠片もないのが、ヨハナちゃんだよね。それでも、大事な時はちゃんと臣下の態度で接してくれるから安心ね。
「はいはい、アミちゃん姫さま。では、お茶を入れてきますので、しばしお待ちを。アルさま、くれぐれも、アミちゃんに手を出したら……」
「も、もちろんです、ヨハナさん。オレ、まだティオ殿下。いや、ティオ閣下から火炙りにされたくは無いですよ。確かにアミータ姫はお可愛いですが」
意味深な笑みを浮かべつつ魔力オーラを放つヨハナちゃん。
アル先生に釘を刺して部屋から出ていく。
アル先生もヨハナちゃんの威迫にびくつくのが、実に面白い。
……ヨハナちゃん、いつの間に魔力威圧なんて覚えたのかしら? 器用だよねぇ。
「アミータ姫は、配下にとても愛されてますね。実に良き関係です。さて、ここからは真面目にお話しましょうか。ご依頼の魔法陣、これは姫が作られる兵器に装備されるものですね」
急に真面目な顔になって、机の向かい側の椅子に座るアル先生。
魔法陣を書いた羊皮紙を机の上に提示し、これが何に使うのかを訪ねてくる。
「はい。とても悲しい事ですが、ヒト型知的生命体。この場合は亜人や魔族も含むのですが、生存競争をするために争いをやめる事が出来ません」
「それはしょうがないでしょう。オレは、生き物の『業』だと思っています。誰もが自分勝手ですから」
わたしの語りに同意するアル先生。
自分勝手、野生のままに生きる上で争うのが自然だと。
「ですが、わたくし達はお互いに愛し合い、思いを告げ合う事も出来ます。戦う前にお互いに話し合い、妥協点を見出す事も可能ですね」
だが、わたしは愛が人々を繋ぎ、争いを避ける事も出来ると述べる。
「なるほど。それを魔族。ゴブリン王陛下と成したのが今ですね。今まで魔族とは戦い、殺し合う事しかできませんでした。ですが、アミータ姫は、そんな悲しい出来事を止めました。オレには想像も出来ない偉業ですね」
「ですが、この話し合いに持ち込むため。わたくしは力を行使しました。その力が武力であり、近代兵器。力のない正義は無力ですから。あ、正義と言っても人によって正義の定義は変わりますので、一般的な意味での正義ですわ」
アル先生、グリシュさまとの和平は想像もできなかったらしい。
これまでのゴブリン族らとの生存戦争を考えれば、それも当たり前。
とはいえ、彼自身はリナちゃんとも仲良くお話出来る方なので、襲ってくる相手を殺すのはしょうがないという解釈なのだろう。
……法王国の原理主義派みたいに、魔族は見たら殺せじゃないのは助かるわ。
「話をするのに力を使う。ほう、実に興味深い手法ですね。ですが、ちゃんとゴブリン王と対話にまで持ち込めているのですから、お見事ですね」
「話を聞く価値がある。話を聞かずに襲って来れば痛い目を見る、と思わせる力を見せれば、賢い相手なら対話に乗ってくるでしょう。そこが分からない愚か者を容赦なく殲滅出来得る力も保持するのです。もちろん、実力行使は最終手段。兵器の出番がなく、誰の血を吸わないで引退出来れば一番ですね。この考えを抑止力と言います」
わたしは抑止論について語る。
弱肉強食の世界に生きる上で、自分の意見を押し通すのは力がいる。
悲しい事ではあるが、無意味に殺し合うよりはマシなのだ。
……前世でも冷戦期以降は、こんな感じだったのよね。ただ、そこを理解しないバカがテロ戦争なんかを始めるから、わたしも巻き込まれたんだけど。
「だから、どんな敵でも殲滅できる圧倒的な力を欲しながらも、その力を自分からは絶対に使わない。アミータ姫のお考えが理解できました。オレもアミータ姫の願いが叶う様に力をお貸ししますね。平和であれば、その分研究に力が入れられますし」
「ありがとう存じます。では、魔法陣を見せて頂きますね」
ヨハナちゃんが帰ってきたころ、わたしはアル先生から詳しい説明を聞いていた。




