第26話(累計 第158話) ダムガール、異界の本を読む。
「えっとですね、枢機卿さま。これは、もしかして前法王猊下が所持なされていました外典でございますか?」
数人の配下だけを連れて、わたし達に会いに来た枢機卿のおじさん。
彼が提示してきた書物。
それは、この世界ではあり得ない「オーパーツ」。
漂白された植物紙に活版印刷及び写真印刷すらされているものだった。
「ええ、おそらくはその通りです。私共が元法王の自宅及び神殿での居室を捜索。その過程で発見したものです。彼の側仕えらにも証言を頂きましたが、元法王自らが所持していたのを目撃したことがあったそうです」
「アミお姉さん。これがどうして本だと分かるのですか? ボクが知る本とは全く違います。装丁も中の紙も……」
「アミータお姉さま。貴女さまが心当たりがあるという事は、もしや?」
わたしの問いに答えてくれる枢機卿。
彼の言葉によれば、この本は元法王の家から発見されたもの。
おそらく元法王や異端審問官らが話していた「外典」だろう。
……にしても、この本。日本語で記載されているのよね。見た感じ、一般流通した本というより同人誌っぽいわ。
「アミータお姉さん。お聞きした内容からして、この本。『オーパツ』的な物でしょうか。見えないボクでは判断できないのですが……」
「ルキウスくんなら、こう言えば分かりますよね。『漂白された植物紙による完全製本。写真印刷と活版印刷。その上、印刷されているのは日本語です。おそらくは個人や小集団作成の同人誌に見えます』あ、これは二人の間で通じる暗号ですの」
……『暗号』というのは、不思議そうな顔の枢機卿さまに誤魔化すための良い訳ね。只人の間では基本言語は全て同じ。魔族とかドワーフ族などでは、種族別の言語があるそうだけど。他のみんなは、概ね察してくれたみたいね。
事情を一番理解しやすいだろうルキウスくんに、わたしは日本語で説明する。
この世界に日本語で印刷された本が存在することが、異常以外の何物ではない。
ルキウスくんが言う通り、オーパーツ。
本来、ここにあるべきでない異物なのだ。
……植物紙自体、ここ最近になってわたしが量産し始めたくらい。それまでは東方からの輸入くらいしかなかったから、大抵の本は羊皮紙ベース。その上に活版印刷。活字は、ようやくわたしが伝授したばかり。その上、写真や絵の印刷なんて明らかにオーバーテクノロジーだよぉ。
「お姉さん、表題は何と書かれていますか?」
「『乙女ゲーム『エリーザ・クエスト~白薔薇な聖女は真の愛を探す~』 公式設定集』、出版者はゲーム作成集団と書かれています。『同人ゲーム』の制作者による公式設定集ですね。枢機卿さま、少し中身を見せて頂いても宜しいでしょうか?」
……この世界の元になったゲーム、やっぱり同人ゲームだったのね。だから、わたしもどんなゲームや小説なんかが元になっていたか、分からなかったのね。 へぇぇ、題名にエリーザの名前が付いているわ。さすが、聖女さま。
「え? アミータ嬢は、この本に書かれた文字が読めるのですか!? 中には手書きで書かれた注釈文、おそらく翻訳されたらしき文が追加で書かれているのですが、これまでは誰も本文の記述が読めなかったため、翻訳文が正しいのか判断が出来なかったのです」
「アミお姉さんだけが読める文字とは……。あ! そういう意味でしたか。なるほど、先程からお話している言葉も含めて、ボクは理解しました」
「アミータお姉さまだけが読めるのなら、そういう事なのですね」
「アミちゃん姫さまなら、何があってもおかしくないです!」
「アミータさま、流石の英知でございます」
誰も読めなかった本を読める時点で、どうしてとなるだろう。
だが、わたしの事情を知る仲間たちはみんな、理由に気が付いてくれた。
「同人ゲームですか。僕は詳しくない分野ですが、製作者が出した公式設定集なら、ゲームのシナリオ。つまり、この世界の『未来』や『過去』が書かれている訳ですね」
「ええ、おそらくです。猊下。猊下!? わたくし、この本を読んではダメなのでしょうか?」
まだ驚いたままの枢機卿さんや、彼のお付きの方々。
神殿と全く関係なかった異国の乙女が、いきなり誰も読めなかった聖典の一冊を読めば、驚くのもしょうがない。
「は! は、はい。どうぞ読んでくださいませ」
わたしが声を掛けると、ようやく正気に戻る枢機卿のおじさん。
わたしの方に、うやうやしく本を差し出してくれた。
「では、読まさせていただきますわ」
そっと本を開く。
すると、紙とインクの懐かしいにおいがふんわりとわたしの鼻にも届いた。
「これは、良いインクを使った本ですね。ふむ、手触りからして装丁に使った紙も上質なもの。これは確かに異界の書物。こちらでは、まだ作れないですね」
わたしの横に来たルキウスくん。
盲目な彼は、嗅覚と触覚で本を確認する。
「ど、どうなんでしょうか、アミータ嬢。貴女さまやルキウス殿は、何かお分かりのご様子なのですが……。私どもの文官や神官たちでは、まったく解読も出来ず困っています。いくつかの簡易な文字は何回も出てくるので、ある程度の規則性までは読めていますが、文様状な複雑な文字らしきものが完全にお手上げで……」
……ロゼッタ・ストーンみたいに複数の言語で同じことを書いてくれていれば、解読もできるわね。この本もこちらの言葉で注釈文が書かれているから、同じように解読は出来るのだろうけど、アイデアをこちらから提供する必要は無いよね。この本が読めるというアドバンテージを失いたくないし。
「そうですねぇ。わたくしも完全に読める訳ではなくて……。あ!? どうして読めるのかは、乙女の秘密ということで宜しくですわ、オホホホ」
「アミちゃん姫さま。それ、追及されたら不味いって自白なさってますよ。アタシに分かるくらい演技が下手でどうしますか?」
高笑いでごまかすつもりだったのだが、ヨハナちゃんから小声での耳元突っ込み。
視線を本から枢機卿のおじさんに向けると、なんともいえない複雑な表情をされていた。
「枢機卿猊下。アミお姉さん、いやアミータさまでもこの本を解読するのには、しばしお時間がかかります。当地に滞在する間、お借りすることはできますのでしょうか? もちろん解読できた内容に関しましては、当方と共有というかたちで提供できたらと思っております」
わたしの事が追及されそうな気配を読んでくれたのか、ティオさまから助け船が来る。
この外典、わたしもゆっくり読みたいものだし、しばらく貸してもらえるのなら、万々歳である。
「そ、そうですね。私共でも苦戦する本。公爵閣下とアミータ嬢なら信用できますので、特別にしばしお貸しします。そうそう、元法王の処遇について、お知らせしておきます。彼ですが神殿内部の反省房奥深く。『神へ声が届かない部屋』にて魔封じの魔道具を更に使ったうえで捕縛しております。今後、様々な尋問をすることになるかと思いますが、公爵閣下らにはこれ以上ご迷惑をお掛けしないと思いますので、ご安心を」
その後は、世間話を少々したのち、苦笑い気味な笑顔を保ったままの枢機卿さまたちは、わたし達の宿舎から立ち去っていった。
「さて、アミお姉さん。今日も色々とお尋ねすることが多いですし、お小言もありますので、御覚悟を」
「はいぃぃぃ」
「アミちゃん姫さま。自業自得でございますわ」
その後、毎度の叱責タイムが発生してしまいましたとさ。
ぐすん。




