第2話(累計 第134話) ダムガール、旅の前にゴブリン王と謁見する。
「グリシュ陛下。この度は御身の民を多数殺してしまいました。申し訳ありません」
「いやいや、閣下。こちらこそ、貴方やアミータ嬢の手を血で汚す様な事になり、心苦しく思う」
野盗討伐の夜から数日後。
わたしとイグナティオさまは小数の配下を連れ、ゴブリン王グリシュさまの元、川の中州に建設された租借地ゴルグラスの公館に赴いている。
野盗退治の報告、そして近日中にステイラ神聖法王国へリナちゃんと一緒に赴くことを告げる為に。
……リナちゃんは、コンビットスの公館にて出立の最終準備なの。昨日、リナちゃんとディネさんだけで、ご両親にご挨拶はしたと聞いているわ。家族だけの会話に、わたし達が割り込むのは違うよね。
「只人のバカが工事用ゴーレムを盗み出すなんてしなければ、魔族の方々も大規模な野盗など愚かな行動に向かわなかったと思います。なので、ゴーレム開発に関係し、その上に領主一族のわたくしが何もしない訳にはまいりませんですわ、陛下」
「それでも、可憐な令嬢さまの手を血で濡らすのは良きことでは無いですわ。アミータさんのお父さまのご心配を忘れないでくださいね」
「ありがとう存じますわ、メレスギルさま」
……貴族令嬢かつ女騎士の称号を持つわたしは、領民を守るために戦う義務はあるの。リナちゃんのお母さまからも心配してくださるのは嬉しい事だけどね。
わたしに対し、娘を見る様に心配そうな顔で話しかけて下さるメレスギルさま。
元々、絶世の美女であるダークエルフの女性が優し気な憂い顔をしてくださるのは、何とも言えない気持ち。
美人さんをこんなに心配をさせてしまうのは、とても悪かったと流石に思ってしまう。
わたしには、今世では母に心配しされながら怒られた経験は無いが、前世の母も心配させながら最大の親不孝。
それもテロにあって非業の死を迎えてしまった事は、酷く悲しませたのだろう。
……今度、時間があったらルキウスくんにわたしの『死後』の事を聞こうかしら? いや、聞いても悲しいし悔やむだけよね。もう、過去は変えられないんだし。
「わたくし、絶対に皆さまを悲しませるような最後は今度こそ絶対にしませんわ」
「あら? 今度って、前に一度死んでしまったみたいな話をするのはおかしいですわよ、アミータさん」
……あ、しまったわ。まだグリシュさま達には前世の話をしていないの。何時かは話さなきゃとは思うんだけど。
「え、えっとぉ。そうですよね、うふふ」
「アミちゃん姫さま。迂闊でございますわよ」
耳元でヨハナちゃんがツッコミ囁きをしてくれる。
わたしの迂闊さは、中々治らないらしい。
「これ以上、アミータ嬢を悲しませぬよう、俺の方でも厳しく配下の行動を監視する。全く、どうして俺の命令を無視する上に、過去の愚かさから逃れられぬのか? 俺だって、血の疼きを理性で抑え込んでいるのに」
「人。この場合は魔族らも含むヒト型知的生命体は、基本ワガママで自分勝手なんですよ。性悪説といいますか、本能。自分が生き残るためには他者が邪魔だと思ってしまうんです」
自分の配下が自らの元を離れて魔族の本能のままに暴れる事を悲し気に語るグリシュさま。
彼とて魔族種の王であり、己の中に流れる血は殺戮や略奪を求める。
「ですが、知恵を得、愛を知った者は、お互いに助け合う事が生き残る可能性を高める事に気が付いたのです。教育、そして親からの愛情を受けたものは、愛を忘れません。お二人の娘さま、リナちゃんとディネさんは魔族でありながらも善良であり、愛を信じております。魔族であろうと只人であろうと、愛。そして教育は人生を豊かにしますわ」
「なるほど。俺もメレスギルを愛し、二人の娘を愛した。最初に公爵領に赴いた者達も愛ゆえに家族を守るためだった。だからこそ、只人の法にも従い、これまでとは違う生活にもなじんだ。今では、コンビットスにて魔族の子らが只人の子と共に机を並べて学問に励み、同じ工事現場にてオークらが只人と共に働き、同じ酒場で盛り上がる」
わたしは、自分が以前。
前世から思っている事を語ると、グリシュさまも自分や魔族らの変化について話す。
その声には、くすぐったさと愛しさを感じる。
これまでの奪い悲しみを増やすばかりの生活から、何かを生み出し笑顔が増える生活に。
慣れないが、何処か心地いい。
グリシュさまの声には、そんな感じがした。
……護衛役のハイオークやホブゴブリンのお兄さんたちも笑みを浮かべてくれているわ。最初会ったときと皆、表情が全然違うの。
「ですわね、貴方。山向こうにいた時より、グリシュさまはお忙しいそうですが、笑顔も増えました」
メレスギルさまは、にこやかに夫。
ゴブリン王を眺める。
グリシュさまも、眩しそうな眼で妻、メレスギルさまを見ていた。
……お二人とも、とっても仲良さそうなの。もしかしたら、リなちゃんに弟か妹ちゃんが生まれたりして。そうなったら、嬉しいなぁ。
「皆、全てはアミお姉さんの企み。甘い『罠』ですね。ボクも平民らの教育に関して、こんこんとお姉さんに説経されました。富だけでなく学問も広く分け合うものだって」
ティオさまも話に加わる。
ティオさま自身、身分や種族で差別する人では決してないが、まだまだ教育の大事さを理解していなかった。
こと、平民らの教育については最初は気が付いていなかった。
自分のように親から教えてもらえば充分だと思っていたそうだ。
……元々は王族のティオさま。そりゃ平民の事情に詳しいはずは無いし、家庭教師とかは王国内最高峰の方をあてがって貰えていた訳だわ。
わたしが説明すると、自分の勘違いにすぐに気が付かれたティオさま。
領内各所での平民向け教育を開始した。
主に神殿の神官たちにより宗教色を薄めた教育をしてもらい、領内全体の学力、識字率を上げる事を目標。
ひいては、技術者や指導者などを平民らからも育成する方針にした。
……コンビットスにて魔族の子らが異端審問官に襲われそうになっていたのも、そんな経緯なの。幸い、わたしが助ける事ができたけど。
「うむ。俺も『罠』にはまってからは、今の暮らしを堪能させてもらっておる。そうそう、閣下らがこの地を離れる事は魔王どのには一切知らせぬつもりだ。今の生活を俺も守りたいからな」
「感謝いたします、グリシュ陛下。ボクも皆さんの生活を守るため、神聖法王国との対談に挑みます」
既に話は間接的に聴いていたが、グリシュさまはわたし達の不在を魔王に告げ口しないことを公言してくれた。
公爵領内にわたし、そしてティオさまやファフさんという最大戦力が不在という事が分かれば、魔王は兵を急遽派遣してくる可能性がある。
そうなれば今までの平和は終わり、グリシュさまらと戦い誰かが死ぬことになる。
……グリシュさま、公言しなくてもいいのに、ありがたい話だよね。そりゃ余剰兵力は残すし、油断しないように残存部隊にも命は既に下しているの。最悪、裏切られてもなんとかなる様にね。
グリシュさまも全部が全部、わたし達に教えてくれているはずも無いし、わたし達も同じく全てを開示したわけではない。
最悪の場合、わたしもグリシュさまたち魔族らを殲滅する準備が出来ている。
もちろん、使いたくはない最終手段ではあるが。
「ありがとう存じますわ、陛下」
「なに、リナの安全もあるからな。もうリナの泣き顔は見たくないぞ」
半分フザケ気味に、わたしに話しかけてくるグリシュさま。
私も彼に最高の笑顔を返す。
「はいですわ!」
この幸せな関係が永久に壊れないことを祈って。




