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第51話 さあ、書を捨てるのだ


 にこにこと、どこか楽しそうにしているわたしを見て、マティアスくんも微笑んでいる。


 むー、失敬失敬。

 すっかり、一人物思いに耽ってしまった。


「ごちそうさま。今日も美味しかったです」


「いえいえ、こちらこそです」


 そんなに美味しそうに食べてもらえるなんて、わたしは幸せ者だよ。


「では、そろそろ行きましょうか、ミヅキさん」


 えー、どこへ行くんだい、マティアスくん。

 このあとは、ちょっと竃の扱いの練習をしたいんだけど。


 さっきは、お湯を沸かすだけで苦労したので、ただ今猛烈反省中なのだ。

 『炎の剣亭』のお昼営業の戦略を練るどころではない。


 まずは、竃の薪に火を点ける。

 そこから始めるのだ。とほほ。


「薪に火を点ける魔導器なら、今度つくってあげますよ」


 マティアスくん、キミはそんなものまで作れるの?!

 まー、冷蔵庫っぽいものやらエアコンっぽいものやら、いろいろ作っちゃうんだからライターくらいは簡単なのかな。


 できれば、薪や炭の奥の方へ着火しやすいものにしてもらえると助かります。

 そうそう、そんな風に火の出るトコが長細いやつだと初心者でも使いやすいのです。


「面白いことを考えますね、ミヅキさん。任せといてください」


 元いた世界、お家ではガスコンロを使っていた。

 しかもインドア派だったわたしは、キャンプなんてやったこともないから焚き火の火起こしさえできないんだよ。


 あっ、そうだ。

 着火材、なーんてものは、こちらの世界にもあるんだろうか。

 おっちゃんが火属性の魔法の使い手なので『炎の剣亭』にはマッチも置いてないようなのだ。


 マッチ、それがこちらの世界に存在することは知っている。

 少しだけ顔馴染みになった、下町の商店街の中には、タバコを嗜んでいる方々もいるのだ。彼らがタバコに火を点ける時には、マッチを使っているのを見たことがあるのだ。


 マッチはあっても、こちらでの紙は少々貴重品みたいなので、古新聞みたいな焚き付けとして燃やしてもオーケー、みたいなものも見当たらないのだ。


「着火材、って何です? 火起こしするための燃料ですか?」


 おー、そうか。マティアスくんみたいに幼少の頃からの魔法の使い手も、火起こしなんて必要ないからね。焚き付けなんて知らないんだね。


「でも、僕の実家のある地方では、キーファの実を、暖炉の火を起こす時に使うと聞いたことがあります」


 キーファの木は、この国全域に岩山や海辺の砂浜も含めて、幅広く自生している木だそうだ。

 特に、マティアスくんの実家のある地方では植林もされていて、名産品の木材として利用されているらしい。


「キーファの木の葉は普通とちょっと違っていて、針みたいに細長くて鋭いんですよ」


 あれ? それって、もしかしてその木、落っこちてきた実は、茶色くて丸っこかったりする?


「そうですね。その実を乾燥させて、開いたところに火を着けて使うそうですよ」


 おー、それはきっと松ぼっくりだ。

 キーファの木は、たぶん、この世界における松に相当するものなのだ。


 良し、すぐに買いにいこう。

 あ、でも今は季節じゃないからキーファの実は出回ってないのか。


「ふふっ、やっぱり。ミヅキさんは、食事のあとは、きっと街に出ると思ってました」


 ひゃー、さっきの「さあ、行きましょう」って、そういうこと?

 わたしって、そんなに気持ちが顔に出やすいんだろうか。

 自分じゃ、そんなタイプじゃないって、ずっと思ってたのに。

 なんだか、ちょっと恥ずかしい。




 春の日差しが目映い表に出たわたしたちは、数々のお店が軒を連ねる通りを歩く。


 この世界に来てから初めて、ちゃんとこの町中を歩いた気がするよ。


 なにしろ今日まで、貴族街と呼ばれるお城を中心とした一定のエリア内だけをうろうろとしていただけだからね。


 貴族街と言ったって、この国には、どうやら貴族様と庶民たちの間に身分の差による差別はないみたいだ。

 だから、庶民が貴族街に足を踏み入れることは許されない。なんてことは、まったくない。


 もっとも、貴族様たちも、家督争いであるとか、地方で領地を収めている方々なんかは、その領地経営に苦心しているようで庶民には分からない悩みもありそうだけど。


 ここ王都に住む貴族の方々の多くは、庶民の運営する事業に出資することで、その売り上げの一部を収入として得ているそうで、元の世界で言えば大株主様といったところなのでしょう。


 最終的な判断は王様に委ねられるとしても、国の運営の大筋は議会によって行われているそうです。なんて言ったっけ、こういうの。似た様なことを世界史の授業で習ったはずなんだけど。




 そんな話をマティアスくんとしながら、碁盤の目のように区画された町中をどんどん進む。


 この町は、お城を中心にして、放射状に街並が広がっているのだ。

 遠くに見えるは、町を守るための高い壁。振り返れば、高くそびえる塔を持つお城。


 かつて、この国に召喚された聖人の方々は、貴族街よりも庶民的なエリアに居を構えることが多かったそうだ。

 その中には、壁の間際、郊外にお住まいになられた物好きな方もいらっしゃった模様。

 聖人様のお屋敷の幾つかはまだ残っていて、名所のように保存して管理されているらしい。


 そういう、古い建物や場所を大切にしてるのっていいよね。

 しかも、この区画割りだと迷子になりにくいというのが素晴らしい。


 あー、別に方向音痴なんかじゃないからね。

 たまーに、お店巡りに夢中になって、ふと気がつくと「ここはドコ?」ってなるだけだからね。


「ふふふ、今日は、僕も一緒だから、大丈夫ですよ」


 だから、帰り道に一瞬迷うだけであって、分からなくなってるんじゃないってば。


「今どこにいるのか、分からなくなったら、あれを見ると良いです」


 マティアスくんが指し示すのは、大きな通りと通りが交わる十字路に立てられた看板。


 おー、通りの名前が書いてあるのか。これは便利だ。

 あー、でも、その通りがドコにあるのか分かってないと。


「あのう、地図とかないんですか?」


「この国全体や、地方独自の周辺を示した地図ならあります。けれど町中の地図はないですね」


 ふむ、後々この辺りの商店街マップを作って配布すると受けるかもしれない。

 マップをうまく活用すれば『炎の剣亭』にも、新しいお客さんが来てくれたりするのかな。

 できればイラストなんかをあしらった、可愛らしいお品書きなんかを添えたいもの。


 わたしは、心の中のメモ帳に「商店街マップとメニューの制作」、と密かにメモをとるのでした。

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