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第50話 『炎の剣亭』は秘密でいっぱい。なのだ

「やっぱり、ミヅキさんのお料理は美味しいです」


 マティアスくんと二人、主のいない『炎の剣亭』で賄い料理を囲む。


「日頃食べている、お湯で戻すイモとは段違いですね」


 今日の料理は、サイコロ状に角切りにした、ジャガイモ、ニンジン、タマネギを炒めたもの。

 味付けはジャーマンポテトと同じだけど、切り方を変えると食感も変わって、また別の味わいとなるのだ。


 わたしの得意技、キャベツの千切りとマスタードのドレッシングを合わせたサラダも作った


 もちろん、さっき見つけた、おっちゃんの秘蔵品らしき骨付き加工肉もさいの目切りにしてふんだんに使っているよ。


 こうして食べてみると分かるのだけど、これはどうやら塩漬けされたのち、熟成された肉らしい。

 骨のカタチから察するに、なんの肉かは知らないけれど、どうやら腿の部位であると思われるのだな。

 切り口とか、試しに一口食べた時の感じから、どこかの工程で加熱処理されている模様。


 この国の畜産事情が、良く分かっていないので、なんのお肉なのかまでは判別できないんだけど。

 自分の舌を信じるならば、なんとなくブタ肉みたいなものに思えます。


 不気味な魔獣のお肉だったら……。いやいや、それはないかな。ないよね?


 とするなら、これは骨付きのハムということだろうか。

 よく百貨店の地下食品売り場で、お歳暮のシーズンになると飾られてるやつだ。


 高級品じゃん。


 おっちゃん、仕入れなんだか試飲なんだかの旅から帰ってきたら、隠し持っていたこれを肴に、一人で一杯やるつもりだったな。

 自分ばっかり、ずるーい。


 まあ、いいよ。おっちゃんだって、いろいろ苦労してるんだし。

 それにきっと、おっちゃんのことだから独り占めなんかしない。

 わたしもご相伴に預かれるはず。……たぶん。




 でも、なにかな。この世界に来てから結構経つのに、未だに元いた世界のことをひょっこりと思い出すことが多いね。


 料理してると、調理方法や食材のこと。レシピとか、無駄知識とか。


 魔法の話を聞いたときには、あまり得意ではなかった科目の教科書が浮かんできたし。


 はっ?! これはもしや、わたし独自の固有スキルの発動というやつでは?!


 うー、だとしても、聞いたことのある話や、読んだことのある本の内容をぼんやり思い出すって、どうなの?!

 そこは、一度でも読んだことのある本の内容は、克明に思い出せるっ! とかじゃないのっ!

 特殊技能(ユニーク・スキル)、“一度読んだら忘れないビューテホー・メモリーズ” みたいなさ。


 もしも教科書の内容を、こと細かに思い出せたなら、マティアスくんを巻き込んで現代知識で無双できたじゃないか。


 くっくっくっく。

 そおれっ、物質を圧縮だーっ! 暖かいでしょ、秘技暖房っ!

 からの反転っ! 物質を蒸発させろーっ! 涼しいでしょ、秘技冷房っ!


 あれっ? 物質の三態って、こんなんだっけ?

 教えて、理系の人。


 あー、でもだからって、こんな風に私利私欲のために力を使わないのが聖人様。

 それ(ゆえ)に、かつての聖人様方は聖人と呼ばれるのであって、こんなこと考えちゃうわたしは、やっぱり聖女落第なのだ。




 ふと気がつけば、わたしもマティアスくんも、お皿は空っぽ。

 食事を終えたマティアスくんは、何故かわたしを見てにこにこと笑っている。


「ミヅキさんって、表情豊かで、見ていて飽きませんね」


 むー、わたしって、そんなに顔に出るタイプじゃないと思うんだけど。

 でもその代わり、心の中であれやこれやと思うことは多い。それは認めます。


「そ、そうでもありませんよ。お茶でも入れましょう」


 でも、どういう訳だか、少しだけ動揺してしまうわたしでした。




 気を取り直して、わたしはお茶を入れる。


 おっちゃんみたいに火の魔法を操れないので、お湯を沸かすだけでも一苦労だよ。

 おまけに、この世界の茶葉の分量とか、ベストのお湯の温度なんかが分ってないのさ。


 見兼ねたマティアスくんが、手伝ってくれた。


 指パッチンで薪に火を点けると、小ぶりな鍋を、その火にかける。

 彼もまた、おっちゃんと同じように“水に魔法を掛けてお湯にしちゃうのは美味しくないよ派”らしい。





「ああ、そう言えばですね」


 苦心惨憺した上で入れたお茶をいただきながら、マティアスくんが切り出した。


「この前はミヒャエル先輩が、随分と心配していましたよ」


 おや? そうだったの。


「ええ。僕が先輩に事の次第を知らせに来た時は、いつになく驚いていましたし」


 おっちゃんは、わたしが倒れたと聞いてから、とんでもない勢いでルドルフさんたちを尋ねたそうだ。

 そして、彼らの顔を見るなり、


「なにやってんだ、お前らっ! このドあほーっ!」


 などと叫んだとか。


「それは、こちらの台詞です。何をしていらっしゃるのですか、ミヒャエル様」


 当然のようにネーナさんに反撃されて、説教されていたらしい。


 さも、ありなん。


 この世界にも「ドあほー」という表現があったことにも驚きだけど。

 おっちゃんが、そんなに心配してくれたなんて、もっと驚きだよ。


「ミヅキさんがお休みになられたあとは、しばらく部屋の前をうろうろとしてましたしね」


 ——あの調子では『炎の剣亭』に戻っても、仕事なんて手につかなかったんじゃないですか。


 マティアスくんの言葉に、わたしは『炎の剣亭』の前に、再び立った時のことを思い出す。


 あのときのおっちゃんの顔。あれは、わたしを心配してくれた表情だったんだね。


 ふふふっ。


 何故だかちょっとうれしくなって、笑ってしまうわたしなのでした。

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