第42話 おっちゃんの秘密は知らない方が良かったのだ【後編】
「そうですわね。私としたことが、失礼いたしました。いざというと躊躇ってしまったのでしょうか」
そっと目を伏せるネーナさん。
おや、ネーナさんでも言い淀むようなこと? なにがあったのかな。
「では、その話はミヒャエル先輩と間近で接していた、僕の方からお話しいたしましょう」
むー、抜けている? 肝心なところが? これでもまだ足りないというのか、おっちゃんの武勇伝。
「先輩の女性関係の話ですよ」
若干13歳で王宮魔導士となった天才少年マティアスくんは、当然の事ながらお城への出入りも自由。王室関係の方々への接触も比較的自由。
王室の年中行事の中でも、魔法を使う神事関係の折りには積極的に参加を求められるなど、同じお城詰めの護衛騎士の方々とは面識が深かったそうな。
あー、おっちゃんも王室直轄の護衛騎士だったんだっけ。マティアスくんは、その頃からおっちゃんと同僚だったのか。
そんな中で、おっちゃんに目を付けられた……じゃないや、目を掛けられたマティアスくんは、自然と彼と行動を共にするようになる。
おっちゃんの仕事は、王家の皆様をお守りすること。のちに専属になるのだけど、特にお姫様の護衛を任されることが多かったのだそうな。
お姫様の専属ではないものの、彼女の寝室の出入り口にて一晩中寝ずの番をしたり、公務の折りに移動する時などは彼女の乗る馬車の横に自分の馬を付けたりと、結構な激務であったらしい。
それでも、疲れた顔ひとつ見せず、騎士としての役割を果たしたおっちゃん。その後の昇進の際には、お姫様からのご指名で彼女専属の護衛騎士となったという。
おー、おっちゃん、やっぱり優秀じゃないか。
ちなみにお姫様専属ともなると、寝ずの番は同じ寝室内で行わなければならないらしい。移動の馬車の中にも同席して、下座辺りで控えることになるとのこと。
寝室内と言っても、お姫様の寝姿を見ることは許されず、彼女には背を向けたまま、曲者が現れたら、それを察知しなくてはいけないらしい。
いやー、たいへんだったね、おっちゃん。
「そういった護衛の職務の折りには、僕もまたミヒャエル先輩と共に姫様をお守りしました」
おー、そうか。おっちゃんと行動を共にするって事は、お姫様とも行動を共にするってことにもなるんだね。
でも当時のお姫様って、まだ子どもでしょう。
この前の『召喚の儀』の時にお会いした、とんでもなく綺麗なお姫様を思い出す。
意外にも、おっちゃん、子どもに好かれるタイプだったんだな。
「いえ、ソフィア様のことではありません」
あれ? そう言えば、隣国にお嫁さんに行った方がいらしたと聞いたような……。そちらの方でしたか。
「ええ、マチルダ様の護衛騎士だったのです」
お姫様はマチルダ様とソフィア様というのか。名前からして美人さんなんだね。
お会いしたことはないけれど、あのお姫様のお姉さんだったら、どれだけ美しいのやら。
「そうですね、確かにお美しく、そしてお強い方でした」
マチルダ様というお名前は、この国の神話に出てくる戦を司る女神様から取られたそうです。
ソフィア様というのは、同じく知恵を司る女神様だそうで、お二方とも名前負けせずに成長なされて良かった良かった。
「ちなみに、ホズミと言うのは、『竃の神様』のお名前ですね」
ええっ?! わたしの名前は『竃の神様』なの?! そいつは、びっくりだ。
あー、でも、そんなコトおっちゃんも言ってたっけ。
ははっ、わたしは『竃の神様』かー。なんか、わたしらしくって気に入っちゃたよ。
「僕も、ミヅキさんは名前負けしていないと思いますよ」
おー、照れるなー。
あー、でもでも、今はおっちゃんの話だったよね。おっちゃんの昔の恋愛話。
「その頃から、僕はもう、ひょっとしてミヒャエル先輩? などと思っていました」
んー、何がひょっとするんだ、マティアスくん。
マティアスくんは、なんとも判断のつかない微妙な笑顔を見せる。
でも、この流れでいくと、ひょっとすると、まさかとは思うけれど、そのお相手は……。
「そうなのです。ミヒャエル先輩が想いを寄せたのは、なんとマチルダ様だったのです」




