第37話 そういえば秘密の相談中だったのだ【前編】
と、ここまでは良い話風なんですけどね、お二人とも。
問題は、ここからなのですよ。
いえ、勝負のところではないです。
槍を取りにいこうとしないでください、ルドルフさん。
結局、その日のお客さんは、おっちゃんの馴染みの衛兵さんたち一組だけだった。
しかも、お帰りのお支払いの段になると、彼らは揃いも揃ってみんなツケを申し出たのだ。
それだけならばまだしも、おっちゃんはそれを快く受けてしまうという暴挙に出たのである。
ちょっと待った、おっちゃん。
商売をするなら、お客さんが例え友達であっても、料金は頂かないとやっていけない。
と、バイト先の店長も言っていたぞ。
そう言いたいのをぐっと堪えたのは、みんなを送り出すおっちゃんが、とっても良い笑顔だったから。
だがしかし、やっぱり、これではいかんぜよ。何日もの間、そんな毎日を過ごしていたわたしが、そう思ったのはツケ台帳を見てしまったからなのだ。
おっちゃんに言われて、カウンターの片隅に置いてあるツケ台帳に、その夜の代金とお客さんの名前を書き込む。
台帳も随分厚くなっていたのを見たわたしは、ついでにパラパラとページを遡ってみれば、あの人たち、いっつもツケじゃん。しかも支払いが滞っとるし。
彼らだけではない。他にも出て来る出て来る、おっちゃんの馴染み客らしき、ツケで飲みに来る常習犯たち。
彼らが何者であるかは知らないが、ちゃんと飲食代を請求して、回収しないといけないんじゃないか。
そうでなければ『炎の剣亭』が店を閉めなければならない日が、遠からず来てしまう。
そんな心配をしてしまうくらいの額のツケが、払われずにいたのだった。
期待していた定食屋ではなく、居酒屋と化していたことなど、このツケ問題に比べたら、ほんの塵芥の如く些細なことだ。
わたしが就職早々に職を失うことも、よく考えれば瑣末的なこととは言えないけど、店が潰れたら一番困るのはおっちゃんだろう。
元騎士団長とはいえ、さすがにあの年で無職になるのはたいへんだろう。おっちゃんにだって老後の生活ってものがあるだろうし。
どう思います? お二人とも。
「ふむ。ミヒャエルが『炎の剣亭』を始めた頃のことを思えば、それは仕方のないことかもしれない」
ルドルフさんが、当時を懐かしむような目をして話を始める。
おっちゃんは地方の中流貴族のご子息だそうで、しかし次男坊であった彼は家督を継げず、剣の才を生かして冒険者となったそうだ。
おっちゃんも地方出身だったんだね。マティアスくんといい、地方の貴族の方々って、みんな苦労人だったんだな。
それで冒険者として腕と名を上げて、遂にはこの王都の騎士団に入団したんだっけ。良く考えるとスゴいな。
そのせいか、貴族出身の方々だけでなく、地方から上京して来た者や、都住みであっても下町出身の者たちのみならず、近郊の農村、漁村出身の者たちに慕われていたそうだ。
当然、慕ってくれる者たちの面倒も良く見ていた。元々冒険者だったせいか、都の冒険者ギルドでも、おっちゃんは慕われており、初心者の指導なんかもしていたそうだ。
なんか刑事ドラマで良くあるキャリアと現場出身者みたいだな。おっちゃん、ノンキャリの出世頭、現場の星だったんだね。今の姿からは想像もつかないや。
わたしは、なんとはなしに窓の外に広がる景色を見つめる。
王都として発展した街並が広がり、そのもっと先には、防衛のための高い壁があるのも見えた。
この町には、お城のみならず町を守るため、それらをぐるりと取り囲むように壁が築かれている。
ここは王都だけあって、城塞都市と言う訳だね。知ってる。ネットで海外の画像を見たことある。
そして、当たり前のことだけど、あの壁の向こう側にだって世界は広がっているのだ。




