居たね。
大きくて奇麗なマンションだった。
ゴミ箱周辺。自転車置き場は別の入り口だと言う。きっと奇麗だろうから見る必要はないな。
オートロック。ポストは、裏から入れるそうで郵便屋さんと会う事もない。
それに、ポストの横には宅配BOXがあり、不在時の宅急便が受け取ることが出来る。
エレベーターも壁が鍵で傷がつけられているとかはなく新しくカメラもある。
そして入り口。
幽霊の出る部屋の入口だけれど、普通に奇麗。
ドアフォンにはカメラ搭載。不在時に押した人を写せる。
「このカメラに何か写るとかあります?」
「いえ。霊現象は、室内でだけです」
そして、ドアを開けた。
部屋は家具が置きっぱなし。という事もあり、他の人の気配が残っている。
部屋の奥のカーテンもそのまま。
家電は高級品。一人暮らしであんなにデッカイ冷蔵庫必要なのかよ。
3口のガス台。奇麗なシンクに大理石風の調理台。
後ろのカウンターには調理家電が幾つか。
えーっと。アメリカのミキサーにエスプレッソマシーン。何故か重厚なトースターにティファールの電気ポット。ミキサーの小さいの。オーブンレンジに、炊飯器。全部高そう。
なんじゃこりゃ?知らない機械を持ち上げ横を見る。炭酸入れ。こんなのまであるのか!
「一通りの家電が揃っています」
「一通り以上ですね」
「そうですね。こだわりのある方の様です。ずいぶんきれいに使っていまたようですね」
微妙に過去形が気になる。
充実しすぎた家電がホテルではない事を必要以上に示している。
そうか、俺はホテルに泊まる感覚で物を見ようとしていたけれど、結局「誰かの家」にお邪魔させてもらっている感覚がなくならないから戸惑っているのだ。
食器棚に白の皿が残っている。枚数が少ないから、誰かを呼ぶことは少なかったようだ。
冷蔵庫を見る。ああ、良かった。何も入っていない。もちろん電源も入っていなかった。
もし入っていたら、俺は家主の許可を得ずに入ってきた泥棒の気持ちになっていた。
キッチンとリビングの間にはカウンターがある。
簡単な食事はカウンターで出来そうだ。
ここからはリビングの大きなテレビと低いソファーが見える。
黒のソファーにガラスのテーブル。白の遮光カーテン。
リビング側に回る。テレビの両脇に縦型のスピーカー。
キッチンもすっきりしている。
そして、カウンターの下あたりに死んだ身体があったはず。
その場所に近づく。
染みなどはない。良かった。
屈んで、フローリングの隙間などから生臭い臭いがないか、顔を近づけ嗅いでみる。
うん。何も臭わない。
「どう、で、しょうか?」
俺は四積んばになったまま、顔を上げた。
顔がこわばっている小林さんが、眼鏡のツルに指を二本添えて聞いて来た。
目はなんとなく、俺の尻あたりを見ている。
尻を見たいのではなく、顔の辺りを直視できないのだろうと察する。
「何も臭わないですね。この場所で合っていますか?」
「はい。ばっちり、その場所です」
小林さんは俺の顔を見ない。
「幽霊が出るのはこの場所ですか?」
「はい。4人でそこのソファーで飲んでいた時に、そこに立っている幽霊を見たそうです」
「時間は?」
「だいたいですが、2時くらい。2時少し前から2時半くらいの間と時間に関しては、まちまちの答えでした」
「飲んでいて、見た時に時計を確認しなかったんですね」
「はい。皆で見て、一斉に逃げ出し一番近い社員の部屋までタクシーに乗ったそうです。タクシーを捕まえるのに時間がかかったため、従業員宅に着いた時間からの想定なので、確実な時間はお伝え出来ません」
「寝室でも出るのかな?」
「さあ。それは判りません」
リビング隣の寝室に入ってみる。
入って、右手に大きなクローゼット。さすがに空だ。左手奥にベッド。ベッドマット付きかぁ。ちょっと嫌かな。あれ?シーリーじゃん。高いベッドマットだ。ラッキー。
入り口に近い側に本棚、奥にデスク。その奥にベッド。
ベッドのヘッドはアイアン。デスクの足も本棚も棚は木だけれど横は黒いアイアン。
俺は知っている。これはブルックリン風のと呼ぶのだ。床屋の雑誌に載っていた。
カーテンは黒。
落ち着いた雰囲気だ。
……って、落ち着いて良いのか?俺。
どうしよう。
「例えばさ、俺がここに住んだとして、何か月かで家賃が高くなったりはしないよね?」
「ええ。それはないです。しかし、更新時期はありませんけれど、2年後にはもしかしたら少し高くなるかもしれませんが、隣のお宅と一緒の値段とかはないです」
「でも、15,000円からいきなり、隣と同じではないって言っても10万になったら、きついよね。それで俺が引っ越しても、あなた方はもう普通の値段で貸し出せるから万々歳だよね」
「しかし、破格の15,000円で2年でも住めるのは、好待遇だと思いますが」
「そうだね。でも、幽霊は居続けて俺が単に慣れただけかもよ?」
「あなたが出られたら心理的瑕疵物件ではなくなり、通常の値段で貸し出せるのです」
「俺が、ちゃんと住めばの事でしょう?」
「まあ、そうですが」
「俺もさ、ちゃんと住めるか分からないけれど、俺が住まなければ、確か3年くらいは告知義務はあったはずだよね」
「……よくご存じで。その通りです」
「ならばさ、3年は今までの値段で、それ以降は、幽霊が居るって事で多少勉強してもらえると有難い。近所の住民は知っているんでしょう?ならば住んでいて、死人が出たって情報は耳に入りやすいんじゃないかな。死亡原因は餓死でしょ。自殺ではなかったとしても「餓死」ってダメージはでかいよ?」
俺は脅している。
この脅しが効果があるだろうと思うのは、従業員が4人ともしっかり見たからだ。
そして、この小林さん自身もこの場所に恐怖を感じている。
誰もマッチョな幽霊と同居は嫌だろう。
「わかりました。決して告知義務が3年と決まっているわけではないのですがね。しかし、「餓死」と考えると3年は妥当かも知れません。3年の家賃の維持をお約束しましょう。
それ以降も、今はお伝え出来ませんが、社の方で検討させていただきます。……まだ見るところはありますか?」
「まあ、もう少しゆっくり見させてくださいよ」
さっき、床にへばりついて臭いを嗅いだ時、気のせいかも知れないが人の気配を感じた。
そして今、「瑕疵」だの「餓死」だのと言う言葉に反応してか、部屋の中が少し暗く感じている。
小林さんはそれに気づいて、早く帰りたがっている。
しかし、俺はまだ細かい場所を見たりない。ついでに彼に恐怖を感じてもらわなければならない。
俺じゃなければ、ここに住むのは無理だろうと思ってもらわなければ、3年後の家賃にかかっている。
まあ、その前に俺が我慢できれば。という前提なのだが。
「じゃあ、ちょっと風呂とか覗いてきます」
「あっ。では私がご案内しましょう。
「やだなぁ。間取りは見ましたから一人で行けますよ」
俺は小林さんを置いてさっさと玄関の方に向かい、リビングダイニングのドアを閉めた。
リビングのドアの向こうに居るのがガラス越しに見える。
少し恐怖を感じてもらいたい。
俺が良い条件で長く住めるようにね。
それと、もしかしたら小林さん以外の人影もあるんじゃないかと思って、外に出て見た。
結果、小林さんだけだった。
トイレは奇麗に掃除されている。
清掃しましたの紙のテープが付けてある。
お風呂は、これも奇麗だ。普段はシャワーで済ませてしまうが、こんなに広くて奇麗な湯船なら湯舟に浸かりたくなるな。
寮の部屋は小さなユニットバスだった。
風呂の鏡、出てから玄関の鏡もチェックするが妙な物は映らない。
玄関入って右手に鏡、左側が天井までのシュークローク。
玄関は広いので、小さな椅子も置けそうだ。
俺は、椅子に座ってピッタリの靴を履きたい派だ。
玄関をよく見て、後ろを振り返った。
すりガラスから小林さんが、こちらを向いている。
いや、小林さんではないな。
影でも分かる肩幅の広さだ。
その人影がこちらを見ている。
そうか、奴か。




