恋人形に降りた神様
熱心な狂信徒がいた。我はその者に興味があった。魔術の腕は一流であり、毎晩の祈りを忘れず、美味しい捧げ物をも欠かさない。彼は優秀だ。だが、彼は一つだけ我が許せない罪を犯していた。それは、人形だ。ただの人形を所持するのならまだ許す。だが、死者を模した人形。これが許せない。
死者を人形にするのは、悲しみを「形」で凍結しようとする人間のエゴ。我は「死者を想う心」を尊ぶが、それを「人形に閉じ込める」のは、前に進むべき魂を縛ることになる。だから、今度やつに問いただしてやろうと思った。
「おお!神よ!このような一信徒の前に御姿をお見せ下さるとは!私はなんと幸福なのだろうか!」
彼には一体何が見えているのだろうか。我は物理的な肉体を持たない、故に彼に見える姿などないのに、彼には一体何が見えているのだろうか?いや、それにしても殺風景な部屋だ。あるものと言えば部屋の隅にある大鏡と我を祀っているだろう整われた祭壇のみ。もっと何かあってもいいだろうに。
「そうだ。我こそが神である。我が信徒よ、其方の日々の行いはよく見ておる。我は良き信徒持って鼻が高いぞ……だが、信徒よ。貴様は何故、我が教えを破る?死者を模す人形は魂の旅路を邪魔し、哀しみを偽りの形に閉じ込めてしまう。それだけは許せぬ。」
「ああ、我が神よ。私めは何も教えを破ってはおりませぬ。私が作った人形は今もなお生きております。これは決して死んでなどおりませぬ。」
ふむ、面白い言い訳だ。死んだ恋人を模した人形が生きているだと?我は笑いそうになったが、神たるもの威厳を保たねばならぬ。
「ほう、生きているだと?ならば、その人形をここへ連れて来い。我の目で確かめてやろう。」
そう我が命令すると彼は申し訳なさそうな顔で頼みごとをしてきた。
「神よ、どうか目を閉じてお待ちくださいませ。彼女は何分恥じらう性格でして、直に姿を見せますと、きっと逃げてしまいます。私の呼びかけで、ゆっくりと現れますゆえ。」
目を閉じろ?ふざけたことを。神たる我に、そんな子供じみた真似をさせるのか。だが、面白そうだ。こいつの言い訳を、じっくり聞くのも一興というもの。
「ふん、よかろう。目を閉じて待ってやる。その恋人が生きている証拠を見せてもらおう。」
我はゆっくりと瞼を落とした。そしてまだかまだかと待っていると、目の前に重い物が置かれたような音が響き、暗闇の中で呟きが聞こえる。
「さあ、私の愛しい人よ……神の御前に姿を現すのです。」
しばらくの静寂の後、彼の声が弾んだ。
「連れてまいりました、どうぞ、目をお開きください!」
我は即座に目を開けた。そこにあったのは、椅子に座った美しい女性の姿。長い黒髪、優しい微笑み、柔らかな白いドレス。死んだ恋人を模した人形が、私の目にくっきりと写っているではないか。
「見てください、これが私の恋人です。生きております!」
我は息を呑んだ。なんという鮮明さ。肌の質感まで、生き生きと。緊張しているのか目は瞬き、唇がわずかに震えている。こいつは……確かに生きている。死者を模した人形などではない。私の教えを破ったなど、誤解だったか。
「ああ、私の愛しい人よ。我らが主神はまだ納得いかれていない御様子だ。神の御前ではあるが、どうか私に「愛しています、旦那様。」と言ってはくれないだろうか?人間の生の証たる声を聴けば、神もきっと納得してくれるだろう。」
その言葉を聞いた人形は、口を開いた。
「愛しています、旦那様。」
確かに聞こえた、それも目の前の女が言っているのが確かに見えた。これは生きている、間違いないと私は確信した。私は彼に視線を向け謝罪した。
「疑ってすまなかったな。私が間違っていた。その謝罪のために何か褒美をやりたい。何か望むことはあるか?」
「よ、よろしいのですか!?」
「もちろんだ、信徒よ。これは私のケジメでもある。さあ、叶えたい願いを言うがいい!」
「なら、私は、再び貴女と一緒にいたいです。」
そう言って彼は、私をお姫様抱っこで椅子から持ち上げた。




