第24話 水族館だけどいいじゃない!!
マンタです!! マンタマンタマンタ!! オニイトマキイェイ!!
「……よし」
駅前にあるビルの窓ガラスを使って、今日何度目かの身だしなみのチェックをする。
ノースリーブのワンピースを着こみ、つばの広い帽子をかぶっている。胸元が少し開き、スカート丈が少々短いような気がしますが……こ、これくらいはしないといけないと思います。
「……ふふっ」
なぜなら今日は優希さんとのデート。本人は分かっていないとは思いますが、デートはデートです。
「雅さーん」
遠くから優希さんが走ってきた。
「待たせちゃった?」
「いえいえ、そんなに待ってませんよ。それにまだ待ち合わせ時間の5分前です」
楽しみにしすぎて待ち合わせの1時間前に来てしまったのは内緒です。
「でもお礼が一緒に遊ぶことでよかったの?」
今日のデートは栗栖さんの同人誌を手伝ったお礼とのことで約束しましたからね。デートという認識がなくても仕方がないのでしょう。
「ええ、構いませんよ。優希と過ごせることは楽しいですから」
「そう? でもお姉ちゃんが一緒に来られなくて残念だなぁ」
「……邪魔をしないように釘を刺しましたからね」
「えっ? なに?」
「なんでもありませんわ」
栗栖さんには『同人誌を手伝ったのですから邪魔はしないでくださいね』とメールを打っておきました。義理固い人ですから約束は守ってくださるはずです。
「とにかく、今日は2人で楽しみましょう」
「そうだね。どこに行くの?」
「ついてくればわかりますよ。さ、どうぞ」
すっと手を差し出す。
「?」
「はぐれないように、手をつなぎましょう」
「ん? うん」
軽く汗で湿った手で握ってきてくれる。本当は腕を組みたかったのですが、それは身長差の関係で出来そうにないので妥協しました。
「少し早いですが先にお昼ご飯にしましょう。お昼時ですと混んでしまいますし」
「いいよー」
「それでは―――」
ゾ ク リ
「!?」
突然、氷柱にでも貫かれたような感覚に陥る。こんなにも暑い日なのに寒気がする。な、なぜ……?
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもありませんわ。行きましょう」
先ほどの寒気はもうない。いったい、なんだったのでしょう……?
- ☆ - ☆ - ☆ -
「ここに入るの?」
「はい。ちょうどチケットを貰ったので」
お昼を済ましてから来たのは水族館。最近開館したばかりのところで、おそらく優希さんも来たことがないであろう場所。
「さっそく入りましょう」
優希さんにチケットを握らせて入館する。中は冷房が利いててとても涼しい。
「わぁ~」
「これはすごいですね」
通路の天井も水槽になっており、魚たちが優雅に泳いでいる。おもわず感嘆の声をあげてしまう。
「あ、カメがいるよ」
「かわいいですね」
「あの群ってマグロ?」
「ええっと、カツオではないでしょうか」
「……おいしそうだなぁ」
「生簀ではないですよ……」
「あ」
優希さんが携帯を確認する。メールでも来たのでしょうか?
「えーと、『いいよ』っと」
「どうかしたのですか?」
「お姉ちゃんが今日の夕食は刺身がいいって」
タイミングがいいのやら悪いのやら……
「あっ!! マンタがいるよ!! マンタが!! マンタだよマンタ!! マンタマンタ!!」
なぜがマンタに対して異常な執心を見せる優希さん。マンタになにか思い入れでもあるのでしょうか?
「落ち着いてください。マンタになにか思い入れでもあるのですか?」
「えっ? えーと……なんでだろう?」
わけがわからないのか、小首を傾げる。いえ聞きたいのはわたくしなのですが。
「先に進みましょうか」
「う、うん……?」
いまだに不思議そうな優希さんを連れて先へ進む。
「あ、触れ合いコーナーだって。行ってみようよ」
水槽の周りに人だかりができている。あそこで魚と触れ合っているのでしょう。ですが、魚は人の体温でも火傷をすると聞きますが大丈夫なのでしょうか?
「わ~、たくさん来た」
さっそく手を突っ込んでいる優希さんに続き、わたくしも手を入れてみる。……ぬるい。なるほど、この水温で生きられる魚と触れ合うのですか。
「ちょっとくすぐったいですわね」
「ナマコはぷにぷにしてるね。この感触、くせになるかも」
「そうなので―――きゃっ」
突然、何かが飛んできたので受け止める。これは―――
「ヒトデ?」
「雅さんどうしたの?」
「いえその、ヒトデが飛んできまして」
「……なんで?」
「さあ……?」
「…………」
「…………」
「……ヒトデって手裏剣みたいだよね~」
「そ、そうですね」
多分、誰かのイタズラでしょう。
- ☆ - ☆ - ☆ -
「楽しかったね~」
「そうですね」
水族館は深海魚や大水槽など様々なコーナーがあり、とても楽しめた。まぁ、一番よかったのは優希さんと一緒にいれたことですけれども。
「お姉ちゃんへのお土産も買えてよかった」
「本当に、それをお土産にするのですか……?」
優希さんが買ったのは海の掃除屋と呼ばれる、世界最大の等脚類であるダイオウグソクムシのぬいぐるみ。正直に言うと、気持ち悪いぬいぐるみです。
「お姉ちゃんなら喜びそうだよ?」
「はあ……」
「あ、クレープ屋さんがある!! 行こうよ!!」
「あ、待ってください」
移動式のクレープ屋を見つけた優希さんが駆けていく。それに遅れないようにわたくしも付いていく。
「チョコバナナ一つと……雅さんは?」
「ええっと……でしたら、ストロベリーを」
「はいよー、チョコバナナとストロベリーね」
しばらくして店主から出来立てのクレープを貰う。ほんのりと温かく、とてもおいしそうだ。近くにあったベンチに座って食べることにする。
「はむ……おいし~」
「おいしいですね」
生クリームの甘みとストロベリーの甘酸っぱい風味が口いっぱいに広がり、思わず顔をほころばせてしまう。
「……あら?」
ふと、優希さんの頬にクリームが付いているのに気がついた。これは、取ってあげたほうがよろしいですね。
「優希さん、クリームが付いていますよ」
「えっ、どこどこ?」
「ここです」
すっとクリームを指で拭う。……あ、これ、どうしましょう?
「ありがとう。……もったいないなぁ」
わたくしの指に付いたクリームを見ながら優希さんが呟く。指を左右に振ってみると視線が付いてくる。本当に甘いものがお好きですね。
「む、なんだか遊ばれてる気がする」
「そんなことありませんよ。ふふふふっ」
「むぅ~~~……はむっ」
「きゃっ」
むきになったのか、優希さんがわたくしの指を咥えた。ザラりとした感触が指を這い、背筋がゾクゾクするような感覚に包まれる。
ちゅぽっと指を抜くと、優希さんの口とわたくしの指が唾液で結ばれる。なんだか、とてもいやらしいことをしているような気分になる。
「……あ」
自分のやったことに気がついたのか、優希さんが赤くなる。
「ご、ごめんね」
優希さんはハンカチを取り出し、わたくしの指をふきふきと拭ってくれる。まだしゃぶっていても宜しかったですのに―――って、わたくしは何を考えているのですか!!
ガサガサッ!!
「わっ!!」
「きゃっ!!」
突然、草むらが揺れるような音がして二人してビクッと反応してしまう。そういえば、ここは公共の場でしたね。ということは周りに今の光景を見られたということに―――
「そ、そろそろ行きましょうか!!」
「そ、そうだね!!」
二人で逃げるようにしてこの場を去っていく。は、恥ずかしいですわ……
- ☆ - ☆ - ☆ -
「ふぅ……」
優希さんとのデートが終わり帰ってきたわたくしは汗を流すためにお風呂に入っている。
今日は楽しかったですね……余計な邪魔も入らず、優希さんを1人占めできましたし。でも、まだまだ優希さんの中では栗栖さんが占める割合が大きいですね。もっとアピールして、わたくしの割合を多くしなくては。
ふと、自分の胸を揉んでみる。……やっぱり大きいですね。今まで邪魔にしか思えなかったですけど、優希さんは大きいほうがいいと仰っていましたし……もっと大きいほうがいいのでしょうか? 栗栖さんのほうが大きいですし。でも、優希さんはチラチラとわたくしの胸とか太ももとか見ていらしたから、これでもいいのでしょうか?
そういえば……優希さんはわたくしの指についたクリームを舐めとっていましたけど、もしも胸に垂らして「どうぞ舐めてください」と言えば舐めたのでしょうか? そして、わたくしにメロメロに―――って、何を考えているのですか!! そんなはしたない真似、できるわけありませんわ!!
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。もしも栗栖さんでしたら、できるのかもしれませんね……
「わたくしも、もっと大胆になればいいのでしょうか……?」
ふと、人差し指が目に入る。優希さんに舐められた、人差し指が。その指を口元に運び、口内に入れる。
「これで間接キスに―――はっ!! わたくしは一体何を!?」
自分の行動に、思わず赤面してしまう。
しばらく悶えてしまい、長風呂になって若干のぼせてしまったのはしょうがないこと……かもしれない。




