第23話 夏コミだけどいいじゃない!!
怒涛の制作日から数日、ボクとお姉ちゃんは夏コミにやってきた。ボクはお姉ちゃんの手伝いとして来た。
「うわぁ、朝早いのに人がたくさんいる」
「そりゃ急がないと人気のもんはすぐ売り切れちまうからな。でも、あんまり早すぎるとペナルティくらうからその辺の見極めが重要なんだ」
「ふーん、ペナルティとかあるんだ。どんなのなの?」
「後から入らされるんだよ。それより優希、ほらこれ」
お姉ちゃんから100ページ以上はありそうな分厚い本を受け取る。
「なにこれ?」
「夏コミのカタログ兼入場証みたいなもんだな。それないと入れないんだよ。まぁ、あたし達はサークルチケットがあるから必要ないんだが一応な」
カタログを裏返してみる。……結構な値段だ。夏コミって会場に入るのにもお金がかかるんだね……
「えーと、ボクたちもあの列に並ぶの?」
「んなわけあるか。あたしたちは売る側だから先に入れる。やることは多いんだ。さっさと入るぞ」
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会場に入ってから、やることは多かった。まずは運営の人に売る本の検閲をやってもらう。それが終わったら与えられたスペースに行って売る準備をする。同人誌の準備や値札の準備、隣の団体さんへの挨拶も忘れない。
「ふにゃぁ……」
「おいおい何バテてんだ。まだ始まってすらいないぞ」
「だってやること多くて疲れたんだもん」
お姉ちゃんは挨拶回りにも行ってたはずなのに、どうして疲れてないんだろう?
「まぁ後は売るだけ―――っと、いっけね。重要なこと忘れてた」
「えっ、な、なに……?」
まだやることあるの?
「それはな―――コスプレだ」
「……えっ?」
「すぐそこにコスプレ会場があるからそこの更衣室で着替えてきな」
「ちょ、ちょっと待って!! コスプレってボクがするの!?」
「あたりまえだろ」
「なんでそこでその言葉が出るのかがわからない!! とにかく、ボクはコスプレなんて嫌だよ!!」
「いいから着てくれよ頼む!! これ作るのに三日徹夜したんだ!!」
「もうちょっと別な努力をしようよ……」
でも、わざわざお姉ちゃんが作ってくれたんだし、それを無碍にするのもなぁ。
「そこまで頼むなら着てくるよ」
「本当か!? よっしゃあ!!」
というわけで衣装を持って会場へ。コスプレするには届け出が必要らしく、用紙に記入する。そして着替えるために更衣室に入る。服を脱いで、貰った衣装を広げる。
えーと、まずはこの濃紺のワンピースを着るのかな? あ、このエプロンもセットみたいだからこれも着よう。あとは白いニーソックスと黒い革靴に履き替えて、最後に纏めていた髪をほどいてホワイトブリムを頭に装着してメイドさんの完☆成。
……って、なんでメイド服!? 全部着るまで気づかなかったボクもボクだけど!!
「お姉ちゃん!!」
「ん? おおっ。よく似合ってるぞ。あたしの見立てに狂いはなかったな」
「ありがとう―――じゃなくて!! なんでこの服なの!?」
「ん? まぁ確かにそのデザインはベタかもしれないが売り子もやるし、オーソドックスなのにしとこうかなと。もっとフリルとかつけといたほうが良かったか?」
「メイド服のデザインに不満があるわけじゃないよ!!」
女装することに不満があるんだよ!!
「まぁ落ち着けって。似合ってるからいいだろ」
「むぅー……」
「あ、実はそのメイド服には、とある機能があるんだ」
「機能?」
「そ。えーと、確かこの辺に……」
「ふにゃあ!?」
いきなりお尻を触られた。い、いったいなに?
「あー、ここだな。普段は見えないようになってるけど、ここに尻尾穴が空いてるんだ」
「尻尾穴?」
「そうだ。前におまえが猫耳尻尾を出したときに思ったんだけど、ズボンだと出せないし、スカートだとめくれないように垂らしてなきゃいけない」
あぁ、うん、ボクも少し大変だなって思ったっけ。
「そこでこの尻尾穴だ。これさえあれば尻尾を出しても大丈夫!! というわけで猫耳メイドになるんだ!!」
「えぇ~」
「頼む!! この設計に四日徹夜したんだ!!」
製作期間と合わせて一週間徹夜したことになるんだね。……うーん、まぁ、毒を食らわば皿までって言うし、
「しょうがないなぁ。あ、でもここで出しちゃってもいいのかな?」
「リアルなアクセサリーって思われるんじゃねぇの? 犬耳とか角とかつけてる奴いるし」
「なら大丈夫かな」
さっそく猫耳尻尾を出す。うん、尻尾穴のおかげでスカートが捲れずに済むみたい。
「うおぉぉぉぉぉっ!! 猫耳メイドキターーーー!!」
お姉ちゃんがパシャパシャと写真を撮る。どこから出したのそのカメラ。
「た、たまんねぇな……ん?」
『ピンポンパンポーン まもなく、コミックマーケットを開催致します』
「やっべ、もう始まるのか。じゃ、行ってくる」
「えっ? 行くってどこに?」
「もちろん買い物にだ。徹夜で周るサークルを考えてたからな。確実に買ってこないと」
お姉ちゃん、徹夜ばっかりだね。
「売るのはどうするの?」
「まかせた」
「えっ!? ちょっと!!」
「大丈夫だ。おまえならにっこり笑って媚売っとけば売れるから。あ、写真を撮られるかはお前に任せるが、お触りはNGだからな。何かあったら係員に言えよ。じゃあな!!」
そう言ってダッシュで離れていく。ボク1人で売らなきゃいけないのかなぁ……
- ☆ - ☆ - ☆ -
「ふぅ……」
どうやらお姉ちゃんはこの業界ではそこそこ名前が知られているらしく、結構な数が売れた。写真のほうは丁重にお断りしている。途中でお姉ちゃんがお昼ご飯を買ってきてくれたけど、食べ終わったらまた買い物に行っちゃった。座りっぱなしで疲れたなぁ。
「……む。優希」
「あれ、愛理沙さん」
両手に大量の同人誌の入った袋を持った愛理沙さんがやってきた。そういえば、同人誌描いてるって言ってたっけ。
「……栗栖は?」
「お姉ちゃんなら買い物に行ってるよ」
「……そう……これ……わたしの同人誌……栗栖に……よろしく……伝えといて」
「うんわかった。こっちのもどうぞ」
「……ありがとう」
一冊貰ったんだし、こっちもあげて大丈夫だよね。
「……ところで……その格好は?」
「あー、これ? お姉ちゃんが作ったの。あんまり熱心にお願いしてくるから着たの」
「……優希が……目覚めたのかと思った」
「不吉なこと言わないで!!」
べ、別に好き好んで着てるわけじゃ……ない……よね?
「……それにしても……いい出来……耳と尻尾なんて……すごくリアル」
「ふにゃあ!? い、いきなり触らないでよ~」
いきなり尻尾を握られたので変な声を出してしまう。慌てて尻尾を振り、愛理沙さんの手から逃れる。もともと体に無い器官だから敏感なんだよね。
「……? 感覚がある……? それに動く……なんで?」
「そ、それは企業秘密だよ」
「……ふーん……手触りよかった……耳……触っていい?」
「えぇ~? ど、どうしよっかな……」
思わず耳をピクピクさせながら考えてしまう。そんなキラキラした目で見られてもなぁ……でも、断っても無理やり触ってきそうだし……
「じゃあ、ちょっとだけなら」
「……ん」
愛理沙さんは両耳を掴み、ふにふにと触ってきた。
「んんっ……ふぅ……」
「……やっぱり……手触りいい」
「あ、愛理沙さん……んっ……まだ……?……ふにゃっ……」
「……もうちょっと」
「うにゃっ……も、もうダメ!!」
「……あー」
愛理沙さんの手を振り切って離れる。これ以上はいけない感じになっちゃうよ……
「……優希」
「はぁ……はぁ……なに?」
「……エロい」
「誰のせいだと思ってるの!!」
- ☆ - ☆ - ☆ -
「……ん……んぅ……あれ?」
ふと気づくと、人がまばらになっていた。帰る支度をしているサークルが多い。
「おっ、起きたか」
隣ではおそらくは戦利品であろう同人誌を読みながらお姉ちゃんが座っていた。
あー、そういえば、同人誌が売り切れてやることが無くなった途端、今までの疲れが出たのかウトウトしだしちゃったんだっけ。で、そのまま寝ちゃったと。
「まったく、こういうとこで無防備に寝るなよ。あたしが戻ってきたからいいものを。危ないだろ」
「ご、ごめん。あ、片付けは?」
「もうしといた。売るのは任せっきりだったからな。これぐらいはしないと」
「そっか。ありがとう」
「礼を言うのはこっちだ。おかげで楽しめた。そうそう、これやるよ」
お姉ちゃんから渡されたのはいくつかの同人誌。どれも表紙にあられもない女性の姿が描かれている。
「えーと、エロ本?」
「エロ本。大変だったぞ、巨乳姉萌え探すの。アルビノ系もあんま無かったし」
「これ渡されても……だいたい、どうやって買ったの? まだ18歳じゃないでしょ?」
「…………」
「…………」
「……なぁに、バレなきゃいいんだよバレなきゃ」
正攻法じゃないのね。
「ま、そろそろ帰るか。遅くなるし」
「そうだね。あ、帰りに晩御飯の材料買ってこよう」
「お、いいな。今日はハンバーグがいい」
「前向きに善処するよ」
「それ政治家とかが誤魔化す時に使うやつじゃねぇか」
ふふふ、リクエストには応えてあげようかな。さ、帰ろ―――あ。
「ボク、メイド服のままじゃん」
「そのまま帰りゃいいだろ」
「嫌だよ!!」




