第22話 同人誌だけどいいじゃない!!
夏休み編のスタートです。
「ふみゃ~」
今日、ボクはなんとなしに猫になっている。夏休みだし、思いっきりゴロゴロ出来るのは嬉しい。この姿でいるとなぜか無性に眠くなる。なのでお気に入りのクッションの上で丸くなっている。
「ふぅー……お、ネロだ」
お姉ちゃんが来た。なぜだか疲れてるみたいだけどどうしたんだろう?
「みゃーん?」
「あー、いや、ちょっとな」
いつも思うけどなんでお姉ちゃんはボクの言ってることが分かるんだろう? まぁ便利でいいけど。
「夏が近くて大変なんだよ……」
……? 今は夏じゃない。
「〆切が近いってのにまだ30ページくらい残ってんだよ……」
あぁ、夏コミね。お姉ちゃんって同人誌書いてたの? 今まで夏コミに参加してたっけ?
「いつもは参加してなくて委託販売とかしてたんだけど……今回は出ることにしたんだよ。なんか面白そうだし」
へー、そうだったんだ。知らなかったなぁ。
「個人ブースで出るのはいいんだけど〆切がなぁ……ほんと、猫の手も借りたいほど忙し……」
じーっとボクのことを見つめるお姉ちゃん。な、なに?
「猫の手があったー!!」
- ☆ - ☆ - ☆ -
「手伝いって……ボク、マンガなんて描いたことないんだけど」
ヒトの姿に戻り、お姉ちゃんの部屋にきた。部屋はペンや紙が散らかっている。
「別に絵とかはあたしが描くからいろいろと雑用やってほしいんだよ」
「まぁ、ボクが手伝えることなら」
「よし、ならさっそくベタ塗りしてくれ」
「いきなりわからないんだけど……」
ベタって何?
「ベタ塗りってのは指定したところを黒く塗りつぶす作業だ。ほら、バツ印で指定すっから頼んだ」
「う、うん」
えーと、ここを黒く塗ればいいんだよね。ペタペタっと……
「……あ」
「なんだ!? はみ出したのか!? はみ出したんだな!? さっさと修正しろ!!」
「ご、ごめんなさいー!!」
修正液で直していく。うぅっ、お姉ちゃんがいつもより怖い……
「あ、そこのトーン取って」
「トーン?」
「そこの柄の付いてるやつだよ」
お姉ちゃんが床に散乱している様々な柄の付いたものを指差す。あ、これってマンガでよくある柄だ。へー、いちいちペンで描いてたわけじゃないんだぁ。
「えーと、たくさんあるけどどれ?」
あ、隅っこに数字が書いてある。これで種類を分けてるのかな。
「ぐんにゃりしてるやつ」
「……どれ?」
そんなアバウトな説明じゃわからないよ……
「その足元にあるやつ……ああ、もう、これだこれ」
た、確かにぐんにゃりしてる……!!
「ついでにトーン貼りの説明もしとくな」
これも手伝えってことなのね……
「こう、絵に合わせてカッターで切り取って、裏のもん剥がして貼りつけるんだ」
へー、シールになってるんだ。
「じゃ、頼んだ」
えーと、こんな感じかな……?
「……あれ? ……あ」
「原稿切り落としたんじゃないだろうな!?」
「ごめんなさいー!! ちょ、ちょっとだけだからセロテープで貼っとくよ!!」
「ったく……次やったら辱めてやるからな」
「何されちゃうの!?」
戦々恐々としながらもベタ塗りやトーン貼りをやっていく。他にも、消しゴムやワク線描きとかもやっていく。なかなか人使いが荒いなぁ……
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
「ふにゃあ!? えっ、なに、どうしたの?」
「ト、トーンがきれたぁーーー!!」
「落ち着いて!! 買いに行けばいいんだよ!!」
「そ、そうだな。よし頼んだ」
「ボクが行くの?」
「あたしは手が離せないんだ。ほら、財布と買うやつのメモ。文具店で買えるから」
「わ、わかったよ。それじゃ、行ってくるね」
- ☆ - ☆ - ☆ -
というわけで文具店まで来た。大きいところにしか売ってないみたいだから、駅前のデパートまで来なくちゃいけなかったよ。
それにしても、トーンってこんなにたくさん種類があるんだね。探すだけでも一苦労だよ。
……あ、買い物メモってちゃんと数字で書いてあるのかな。ぐんにゃりしてるやつとか花柄とか書いてあったらわからないよ。……あぁよかった。ちゃんと数字だ。
「優希さん、こんにちは」
「あ、雅さん。こんにちは」
「奇遇ですね。お買い物ですか?」
「うん。ちょっとトーンを買いにね。雅さんも?」
「えっ、ええ、少々用事が。(本当は優希さんを見かけたから来ただけですが……)」
「そうなんだ。それにしても、このトーンってどこにあるんだろう? こう種類が多いと探すのが大変だなぁ」
「でしたら、わたくしも手伝いますわ」
「本当? ありがとう」
雅さんに手伝ってもらいながら必要なトーンを買った。いやー、早く終わってよかった。お姉ちゃんをあまり待たせずに済みそう。
「優希さん、ご用が終わったのでしたら一緒にお茶でもいかがですか?」
「ごめんね~、お姉ちゃんの手伝いをしないといけないから早く帰らないと」
「そうですか……」
「うん。やることが多くてなかなか大変なの。人手がほし―――」
ふと、雅さんを見て思う。雅さんって何でもできるからマンガの手伝いもできたりして。
「ねぇ、雅さんってマンガ描ける?」
「いえ、描いたことはありませんね」
「じゃあ細かい作業とかは得意? 塗ったり切り取ったり」
「ええと、人並みには出来ると思いますよ」
そっか……雅さんのことだから難なくこなしそうだなぁ。
「なら、ちょっとお願いがあるんだけど―――」
- ☆ - ☆ - ☆ -
「……で、こいつを連れてきたと」
「うん。人手は多いほうがいいでしょう?」
「そりゃそうだが……」
雅さんを連れ帰ったら、なぜかお姉ちゃんが渋い顔をした。
「……まぁいいか。おい雅、手伝え」
「なぜそう上から目線なんですか……まぁ、優希さんの頼みですし、手伝わせていただきますね」
雅さんが加わり、作業を再開する。さすがというかなんというか、雅さんはすぐに技術をものにした。ほんと、なにをしても習得が早くて羨ましい。途中から、「あれ、ボクいらないんじゃない?」ていうくらいすごかった。
そして―――
「お、終わったーーー!!」
ついに原稿が完成した。最後のほうは、ほとんど二人がやっていた。ボク、あんまり役に立ってないような……
「お疲れさま~」
「おう。とりあえず印刷所行ってくるな」
「今から? 休んだ方がいいんじゃない?」
「大丈夫だ。早くしなきゃ印刷所閉まっちまうからな。さっさと行ってくる」
そう言ってお姉ちゃんは原稿を持って出ていく。足取りがふらふらしてたけど大丈夫かなぁ?
「雅さんは大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫ですよ。ですが、さすがに少し、肩が凝りましたね」
「じゃあボクが揉んであげようか?」
「いえそんな、悪いですわ」
「遠慮しなくていいよ。手伝ってくれたお礼ってことで」
「……でしたら、頼めますか?」
「任せてー……あ」
後ろに回り、肩を揉もうとして気が付いた。思わず、ゴクリと生唾を飲んでしまう。
「どうかされましたか?」
「な、なんでもないよ。それじゃあ始めるね」
さっき気が付いたこと、それはこの位置からだと雅さんのふかーい胸の谷間がばっちり見えちゃうことだ。おまけに、肩を揉むとその動きに合わせて豊満な胸が揺れてとっても眼福―――じゃなかった。目に毒だ。
「……んっ……ふぅ……上手ですね。気持ちいいですよ」
「そ、そうかな?」
「どうしました? 声が上ずってますよ?」
「べ、別にそんなことないよ」
「そうですか。ふふふふっ」
うっ……もしかしてバレてたりして……
「そういえば、突然手伝わせちゃってごめんね」
いたたまれない気分になったので話題を振る。
「いえそんな、お気になさらないでください」
「でもなにかお礼がしたいなぁ。これだけじゃなくて」
「で、でしたら、今度わたくしと一緒にどこかに行きませんか?」
「遊びに行くってこと? だったら皆も誘おっか。皆で行けば楽しいし」
「いえ、そうではなくて……ふ、2人きりで……」
「? 2人だけで? まぁ、別にお礼だから雅さんの好きにしたらいいと思うけど」
「でしたら、わたくしとその……デ、デ___」
プルルルルッ!!
突然、電子音が聞こえてきた。あ、これ、ボクの携帯だ。
「ごめんね。ちょっと電話に出るよ」
「か、肝心なところで……」
え~と、相手は……マサくん?
「もしもし」
『あ、優希、今暇か?』
「とりあえずやることはないけど」
『おまえマンガ描いたことあるか?』
「お姉ちゃんの手伝いくらいなら」
なんだろう。嫌な予感がする。
『お、栗栖は描いたことあるのか。栗栖はいるか?』
「ううん。印刷所に行ってるからここにはボクと雅さんだけ」
『なんで栗栖が嫉妬しそうな組み合わせなんだ? まぁいい。とにかく手伝ってくれ!!』
「えっと……なにを?」
『愛理沙の同人誌だ!! 俺と美奈も手伝ってんだけど終わんないから皆に声をかけているんだ!!』
あぁ、そっちも同じことが……
「あー、うん、いいよ。困ったときはお互い様だし。お姉ちゃんにはボクから連絡しとく」
『助かる!!』
やれやれ、大変なことになったなぁ。
「どうかされたのですか?」
「……もうちょっと、頑張らなきゃなって」
「はい?」
「で、何ページ残ってるの?」
『50ページだ!!』
「お姉ちゃんよりも多いの!?」
まぁ、皆でやればなんとかなる……かな?




