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入学式が終われば、上級生たちは学園祭モードになる。三か月を切った頃から準備が本格的に始まった。
二・三年生たちは授業が減る代わりに準備に追われている。
一年生はしっかりと授業を行いつつ先輩たちの手伝いをする。開催間近になれば、全学年をあげて学園祭の準備のみに集中するらしい。
(あれからリークに会えてない!)
もちろん生徒会副会長のリクスは学園祭の準備で忙しい。校門での出迎えも、実技の授業にも顔を出さなくなった。
今はその実技の授業中で、的当てをやっている。
(せっかく規則正しい生活のおかげで体力もついてきたのに)
エリシアは的を大きく外した魔法を遠目で見ながら、手をにぎにぎとしてみせた。
あいかわらずノーコンのエリシアは、笑われながらも授業を受けている。
「ふふふ、リクス様のお力添えがないと何もできないようね!」
「う~そうかも。リーク成分が足りない」
「な! なんて破廉恥な!」
それでも何かとフィオナが構ってくれるので、エリシアは楽しく授業を受けている。
赤くなりながら後ずさるフィオナを見ながら、やっぱりリクスに会えない状況にしょんぼりする。
学園祭で一年生はメインステージを手伝うことになっている。舞台設営が主な仕事だ。目玉であるダリオン・アメリアコンビがやる魔法ショーの手伝いは特に人気で、フローレンス派の有力貴族が仕切るらしい。エリシアは手出し無用だと言われ、良かったと思っていた。
二人が着る衣装や練習場所の確保、スケジュール管理とメイドばりにやることが多岐に渡る。だから手伝えと言われなくて良かったのだ。
「あ! わたしが学園祭の実行委員になればいいのでは?」
そういえば、実行委員は生徒会とともに活動すると聞いた。名案だと思いつき、口に出す。
「あなた、知らないの?」
「何が?」
呆れたフィオナに首を傾げれば、得意げに説明をしてくれた。
「実行委員は生徒会へ入る足掛かりになるからと人気で、生徒が殺到しますのよ! そして、来年は殿下の弟君、第三皇子のジーク殿下が入学される。もちろんジーク殿下が生徒会長に任命されるわ。そんなお方の周りを固める人選に繋がるのよ。わかるでしょう?」
「……わからない」
ふむ、と考えるふりをしてすぐに降参した。焦れたフィオナが声を荒げる。
「~っ、だから! 今年の学園祭実行委員は、アーセル殿下に人選を託されているということよ!」
「ええ~! 立候補できないの?」
エリシアの落胆する姿に、はあはあと取り乱した姿をぴしりと直し、フィオナがふふんと笑う。
「こればかりは殿下のお心次第! フローレンス家といえど手を回せなくてよ!」
「えっと、わたしには今年しかないからごめん!」
ばばーんと効果音が聞こえてきそうな空気を破り、エリシアが走り出す。
「ちょっと!? 授業中ですわよ? どこへ!?」
叫ぶフィオナの声とともに終業のチャイムが鳴る。
なんだなんだとこちらを見るクラスメイトたちには目もくれずに、エリシアは教室目がけて走っていった。そして制服へと着替えて鞄を持つと、今度は生徒会室を目指して走った。
「リーク!」
勢いよく生徒会室の扉を開ければ、中にはアーセルとリクスが書類を手に話し合っているところだった。
「ここは生徒会役員以外、立ち入り禁止だが?」
「学園祭中は申請書の提出に訪れていいはずよ!」
「へえ、よく調べたね」
リクスのぴしゃりと冷たい声にも負けず言い返せば、アーセルが面白そうに視線を向ける。
「……そもそも一年は申請できない」
「そんな決まり、どこにも書いてなかったけど?」
教室から取ってきた鞄から、分厚い学園祭の要項を取り出す。
「まさかそれ、読んだの?」
驚くアーセルに頷くと、エリシアはリクスの胸元へぐいっと要項を押し付けた。
一年生は入学してすぐに学園祭を迎える。学園に慣れていないこと、先輩の準備から学ぶこととして手伝うのが当たり前になっているし、そういうものだと思う新入生が申請をすることはない。だからこそ一年生が企画を申請してはいけないなどと記載されていないのだろう。
「……まさかと思うが、持ってきたのか?」
要項を押し返し、呆れた顔のリクスがエリシアを見下ろす。
「もちろん!」
えへへと笑いながらエリシアは鞄から申請書を取り出した。
エリシアは入学してすぐ学園祭の要項を読み込んだ。そしてすぐに企画書と申請書作りに取りかかった。毎日帰寮してからコツコツ取り組み、昨日やっと完成したのだ。
エリシアから書類を受け取ったリクスは目を大きく見開いた。その書類は非の打ち所がないほど完璧に作られていたからだ。こんなものを出されては、生徒会としても邪険にはできない。生徒会役員は、生徒の自主性を重んじなければいけないのだから。
どう? どう? とエリシアが期待の目を向ければ、溜息が返ってくる。
エリシアの企画は、リクスとフローレンス・ルミナリエを再現することだ。正式な手順を踏んだのだから、今まで通りの返答にはならないだろう。そう思ったのに、リクスからは期待とはまったく違う言葉が出た。
「お前、噂を知らないのか?」
「噂? わたしがフローレンス家のお荷物ってやつ?」
きょとんと返せば、違うことだとリクスの表情で悟る。
「ああ! 姉の元婚約者に言い寄っているハイエナってやつ?」
フィオナに聞いたばかりの噂を思い出し、エリシアは拳を手の平に落とした。ちなみにハイエナの部分は強そうなところが本当に気に入っている。
「気にならないのか?」
顔を背けて固い表情をするリクスに首を傾げる。
「だって事実だもの」
「なっ!?」
なぜかリクスが怒った表情をしている。エリシアはますます首を傾げた。
「もう俺を振り回すな!」
書類を机に叩き置くと、リクスはそのまま生徒会室を出て行ってしまった。
「リクス!?」
追いかけようとして、目の前にアーセルが立ちはだかる。
「私もいるんだけどな?」
「殿下、そこを通してください」
「ダメだよ。リクスは追わせない」
リクスの姿はとっくに見えない。もう追い付けないだろう。エリシアは仕方なく諦め、アーセルを見据えた。




